4.ハーディネスと挑戦への意欲、失敗に対する認知との関連について

 ハーディネスは、ストレス低減だけでなく、自律性や楽観性とも関連していることが示されている。城(2011)では、ハーディネス全体が高い場合には、自律性と楽観性が高いことが明らかになっている。ここでいう自律性とは、癌に罹患しやすいパーソナリティ傾向を測定する尺度である、Short Interpersonal Reactions Inventory日本語短縮版 (熊野・織井・山内・瀬戸・上里・坂野・宗像・吉永・佐々木・久保木,2000)6下位尺度のうちのひとつに含まれるタイプ4の自律型のことであり、自律型とは、自分の自主性と相手の自主性の共に自分を幸福と捉え、他人との接近や回避がうまくでき、他者の自律的行動が不満や怒りにならない傾向を持ち、非常に健康的なタイプとされている(石原,2013)。このことから、ハーディネスは自律的な行動が伴う挑戦に対して何らかの影響があると推測される。また、城(2011)で扱われる楽観性は、ポジティブ思考のことである。すなわちハーディネスが高い場合、物事の良い面に目を向け、周囲に過剰に同調することなく、また過活動になることもなく、自律的行動をするという特徴を有し、健康的な生活習慣を持ち合わせていることが確認されている。また、物事をポジティブに捉える傾向があることから、失敗に対してもポジティブに捉える傾向があることが推測される。

 

そこで、挑戦への意欲の指標として達成動機、失敗に対する認知の指標として、方略・失敗活用志向と失敗恐怖をとりあげることにする。達成動機を取り上げた理由として、学業場面に限定しない挑戦をとりあげるためであり、方略・失敗活用志向と失敗恐怖をとりあげた理由は、失敗に対するポジティブな捉え方とネガティブな捉え方を測定する必要があると考えたからである。以下、3つの指標について詳しく説明する。

まずは学業場面に限定しない挑戦へ意欲の指標としての達成動機に注目する。達成動機は、McClelland(1953)らによって「ある文化において価値があると認められる達成目標を成し遂げること」と定義されている。その代表的な尺度として、堀野・森(1991)によって開発された達成動機測定尺度がある。この尺度は、価値ある仕事に挑戦し、それを成し遂げようとする傾向の強さを測定するための尺度である。この尺度は、社会的側面と個人的側面の両面から達成動機を捉えることができる。この尺度は2つの下位尺度「自己充実的達成動機」と「競争的達成動機」から構成されている。「自己充実的達成動機」とは、他者・社会の評価にはとらわれず、自分なりの達成基準への到達をめざす達成動機であり、「競争的達成動機」とは、他者をしのぎ、他者に勝つことで社会から評価されることをめざす達成動機である(堀野・森,1991)。この2つの下位尺度のひとつである競争的達成動機が強い者は、学習場面において、失敗を恐れ、過程より結果を求め、学習方法への改善への取り組みに消極的であるという結果が出ている(小林, 2009)。この結果から、本研究の挑戦への意欲の指標には適さない。自己充実的達成動機は、人がよりよい状態へ向かうための潜在力や資源活用力に影響することが明らかにされている(山口, 2003)。このことから、本研究では自己充実的達成動機を挑戦への意欲の高さの指標としてあつかう。挑戦するということは、自主性が問われ、自律的な行動が必要となることが考えられる。また自身の潜在力が試されるものである。そこで本研究では特に、自己充実的達成動機を高める要因に注目することにする。

 

次に、失敗に対する認知の指標として、「失敗恐怖」と「方略・失敗活用志向」に注目する。

「方略・失敗活用志向」については、市川・堀野・久保(1998)および植木(2002)の学習観質問紙を、瀬尾(2007)が再検討し作成した学習観尺度の下位尺度を使用する。瀬尾(2007)では、市川(1998)の「失敗に対する柔軟性」について、失敗を学習改善材料としてより積極的に捉える考え方を強調し「失敗活用志向」とし、因子分析の結果、「方略活用志向」と「失敗活用志向」がひとつにまとまる結果となり、「方略・失敗活用志向」となっている。ハーディネスが物事の良い面に注目するという特徴をもつことから、失敗を積極的にとらえていることが推測される。本研究では、ハーディネスが失敗をポジティブに捉えることへの影響があるかを検討する必要がある。以上のことから、ハーディネスと失敗に対する認知の関連をみるひとつの指標としてとりあげる。

 

「失敗恐怖」については、Lang & Fries2006)が開発したRevised 10-item version of Achievement Motives ScaleAMS-R)を光浪(2010)が翻訳した達成動機尺度の下位尺度から取り上げる。「失敗恐怖」とは達成動機尺度の2つの下位概念に含まれるもののひとつである。ここでの達成動機とは、動機づけの傾性であり、成功を収めることへの願望を表す「達成欲求(hope of success)」と、失敗を避けることへの願望を表す「失敗恐怖(fear of failure)」の2つが位置づけられている(Elliot & Church, 1997)。達成動機と目標指向性の関係を検討したElliot & Church1997)は、達成目標は達成欲求から、遂行回避目標は失敗恐怖から、そして遂行接近目標は両方から予測されることを示した。このことから、失敗恐怖が、挑戦への意欲に負の影響を与えることが推測できる。失敗恐怖が高い場合、遂行回避目標が高まり、挑戦への意欲にはつながらないと考えられる。このことから、失敗恐怖が自己充実的達成動機に影響を与えると推測できる。また、ハーディネスがポジティブ思考と関連しているという先行研究の結果から、ハーディネスが失敗恐怖を低減すると推測できる。以上のことから、失敗に対する認知の指標のひとつとしてとりあげる。

 

5.ハーディネスと楽観性の関連について

 楽観性にはいくつもの定義が存在する。これまでの楽観性研究では、Scheier & Carver(1985)の作成したLife Orientation Test(LOT)やその改訂版を用いたものが多い。この尺度では将来に対する予測に限定され、肯定的期待のみを扱っており、狭義の楽観性を扱ったものである。このような定義とは異なる楽観性を扱った研究も見られる。例えば、Seligman(1991)は、楽観性を帰属スタイルの観点から捉えている。ここでは楽観的な傾向を、望ましい出来事は自分の実力による結果であり、望ましくない出来事は自分の関与しない偶発的な原因に帰属する傾向と定義している。また南・田上(2002)では、物事の明るい面を見る傾向である「楽天主義」を取り上げている。水野・山口(1996)では、楽観性をポジティブな方向へのバイアスに限定しない立場で、望ましい出来事を経験できる可能性としての積極的楽観性と、望ましくない出来事を避けられる可能性としての消極的楽観性の区別を提唱している。

 

以上の研究で提唱された概念はすべて楽観性と呼べる概念であり、楽観性はいくつもの概念が存在するものであると言える。

(2011)で、ハーディネスと楽観性の関連について明らかにされているが、城(2011)で検討された楽観性はポジティブ思考とネガティブ思考の2下位尺度にとどまっている。楽観性とはポジティブ思考とネガティブ志向の側面だけではないと考え、本研究では、ハーディネスと楽観性の関連をより詳細に見るために、中西ら(2001)で作成された多面的な楽観性を測定することができる尺度である多面的楽観性尺度4下位尺度版(Multiple Optimism Assessment Inventory 4-subscale version; 以下MOAI-4)をとりあげる。本研究ではハーディネス獲得のための一つの観点として楽観性に注目するが、MOAI-4はポジティブ思考とネガティブ思考にとどまらない様々な楽観性の概念を測定することができるという点で、先行研究よりもハーディネスと楽観性の関連をより詳細にみることができるという点でMOAI-4を取り上げる意義があると考える。

 

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