【考察】


  本研究では、知的活動に分類されるパズル解決課題において、フロー体験に影響を及ぼす要因について検討した。また、パズル解決課題においてフロー体験を頻繁に経験する性格特性といわれている自己目的的パーソナリティの要因を検討するために、自己効力感とBig Fiveとの関連を検討した。
  この目的をふまえて、本研究では以下の仮説を検討した。
1.課題自由選択群のほうが課題易群よりもフロー状態になりやすいだろう。
2.パズル解決課題中のフロー状態を測る得点(以下、フロー得点とする)が高い人の方が,パズルに対する課題固有の自己効力感(SSE)が上昇するだろう。
3.特性的自己効力感(GSE)が高い人は、パズル解決課題中のフロー得点が高かった場合、GSEが低い人よりもSSEが上昇するだろう。
4.パズル解決課題においてフロー得点が高い人は、内向的な傾向があるだろう。

1.フロー体験に影響を与えている要因の検討



  仮説1の検証のために、各群のフロー状態の違いについて検討した。その結果、フロー状態を測定する尺度として使用したフロー体験チェックリストの下位尺度の一部のみ課題易群のほうが高いことが示された。しかし、この尺度は3つの下位尺度から構成されている。あとの2つの下位尺度においてほとんど差がみられなかった。そのため、群によるフロー状態にはほとんど差がないといえるだろう。以上のことから、仮説1は支持されなかった。
  Csikszentmihalyi(1997)では、フロー体験は、課題に対する挑戦のレベルと能力のレベルがともに高いレベルで釣り合っている時に生じると述べている。瀧沢(2010)は、テスト教示されなかった場合では、難しい課題を提示された方が簡単な課題を提示されるよりも課題を楽しいと感じていたと示されている。しかし、本研究において課題のそのものの難易度によるフロー状態の違いは見出されなかった。このような違いが生じた可能性として、被験者の目標設定の違いが考えられる。課題後の感想から、課題易群では問題の回答数に関する記述が多く見られた。そのため、課題易群では課題そのものの難易度だけに着目していたわけではなく課題が簡単なものなら簡単なものなりに違う目標を設定していたと考えられる。課題選択群では、難易度に関する目標や挑戦の記述が見られたことから、「難しい課題に取り組む」ということが目標設定されていたと考えられる。Dweck & Leggett(1988)は目標の志向にはおもに2つの目標が想定されていると述べている。それは、遂行目標と学習目標である。遂行目標の内容は、高い能力を誇示し、低い能力を示すことを避けることであり、学習目標の内容は、有能さを伸ばすことである。このような目標の志向性の違いにより、課題の難易度に応じて被験者たちはそれぞれ適切な目標を設定していた可能性がある。そのため、群ごとにフロー状態による差はみられなかったのではないかと考えられる。
  フロー状態に影響を与えている要因としてほかに、問題の回答数に着目して検討を行った。フロー体験チェックリスト下位尺度と問題の回答数との相関係数を算出したところ、3つの下位尺度のうち2つの下位尺度との関連がみられた。詳しく検討するために、問題の回答数の平均値を算出し、平均値より多く回答していた人たちを問題数多群、少なく回答していた人たちを問題数少群とし検討を行った。その際、課題易群と課題選択群では、問題の回答数の平均値が大きく違ったため、群ごとに検討を行った。その結果、被験者が少ないこともあり、有意な結果はそれほど得られなかった。しかし、下位尺度得点の平均値を比較すると課題易群、課題選択群ともにすべての下位尺度において問題数多群のほうが高いことが示された。したがって、フロー体験には問題の回答数が関連していることが示唆された。1問回答するたびに、被験者は達成感を得ているということが考えられる。被験者にとって何問回答できるかということが達成目標となっている。達成目標とは、有能でありたい人が具体的に達成を試みる結果の認知的表象のことである(Elliot, 1999)。Elliot & Church(1997)は、達成動機づけの階層モデルの実証図において達成動機づけが学習目標に影響を与え、学習目標が内発的動機づけに影響を与えていることを明らかにした。達成動機づけとは、有能さを希求する動機づけと定義されている(Dweck & Elliot, 1983; Schutz, 1994, 上淵・川瀬, 1995)。以上のことから、問題数を多く答えようとすることは、課題に対しての有能さを求めている状態となる。そして、問題を回答するという具体的な目標を達成することにより、有能さを感じ達成感を得ていると考えられる。このときに感じた達成感が次の内発的動機づけにつながるといえる。達成感を得るごとに、それがフロー体験の要素である能力への自信につながりフローを経験することにつながっている可能性がある。そのため、問題の回答数が多い者ほど、フロー得点が高くなったのであろう。
  フロー体験に影響を与えている要因として考えられる、パズル解決課題に取り組んだ経験の有無に着目した。その結果、フロー体験チェックリストのすべての下位尺度において差はみられなかった。また、パズル解決課題に取り組むのが好きか嫌いがによってフロー状態に差がみられるか検討を行った。その結果、経験と同様フロー体験チェックリストのすべての下位尺度において差はみられなかった。以上のことから、本研究の予備調査でも示されたとおり、パズル解決課題に取り組んだ経験やパズル解決課題に取り組むのが好きか嫌いかはほとんど関係がないことが示唆された。飯田・小熊(2013)の研究では、太極拳の上級者と初心者によってフロー値は上級者のほうが有意に高いという結果であった。本研究では、パズル解決課題という誰しもが簡単に取り組めるものであったため経験の有無や好き・嫌いには差がみられなかったと考えられる。

2.フロー体験と自己効力感の関連の検討



  仮説2の検証のため、課題前後のSSEとフロー状態を測る得点との関連について検討した。まず、フロー体験チェックリストの下位尺度と事前の各SSE尺度との関連をみた。その結果、SSE-TとSSE-Rにおいて3つの下位尺度のうち【能力への自信】に関連がみられた。以上のことから課題に対してどの程度できるかという効力感が、フロー体験に一部影響を与えていると考えられる。また、フロー体験チェックリストの尺度得点の高低群によって事前と事後のSSEに違いがみられるかを検討した。その結果、すべてのSSE項目において、得点の高低によってSSEの上昇する幅の違いはみられなかった。しかし、SSE-Tではフロー得点が高い群はもともと事前のSSEも高く、事後のSSE-Tの得点も同じように高いことが示された。そして、postのSSEはどのような要因の影響を受けているのかを検討した。その結果、すべてのSSEにおいてフロー体験チェックリストの下位尺度である【能力への自信】が影響していることが示された。このことから、postのSSEの得点にはフロー体験時の心理状態の影響が一部示唆された。フローを構成している心理状態の中でも、能力への自信がpostのSSEに影響を与えている。SSE-Rにおいては、【肯定的感情と没入による意識経験】が負の影響を与えていることが示された。【肯定的感情と没入による意識経験】の質問項目は、行っている活動に対して没入しているか、もしくは肯定的感情を示しているかを測定する項目である。そのため、フロー状態の没入は外的没入となる。高橋(2005)によると、外的没入傾向が高い人は、ネガティブなできごとの後にその対象への注意を強め、ネガティブな感情状態になると述べている。このことから、没入傾向が高い人はパズル解決課題の取組中に問題の回答を間違えてしまったりした場合に、SSE-Rの低下を導いたのではないかと考えられる。SSE-Rは相対的な評定を求める項目である。そのため、没入傾向が高い人ほど間違いをしてしまった場合に他の人と比べると自分はできないのかもしれないと感じ、SSE-Rの得点に負の影響を与えたのではないかと考えられる。以上のことから、仮説2は一部支持されたといえる。
  また、仮説3の検証のためGSEとSSEの関連、GSEとフロー体験チェックリストとの関連を検討した。その結果GSEはすべてのSSEとの関連が示されなかった。三宅(2000)では、GSEの高い者はネガティブな意味をもつフィードバック情報が与えられても、絶対的な評定を求める項目であるSSE-Aにおいて上昇傾向がみられたと述べている。しかし本研究では、フィードバックによる操作を行わなかった。そのため、GSEはSSEの変容に関連がみられなかったと考えられる。そして、GSEとフロー体験チェックリストとの関連を検討したところ、フロー体験チェックリストのすべての下位尺度において関連がみられなかった。以上のことから、GSEはフロー体験には特に関連がみられないと考えられる。よって、仮説3は支持されなかった。

3.フロー体験とBig Fiveとの関連の検討



  仮説4の検証のため、フロー状態を測る尺度得点とBig Five尺度得点の関連を検討した。その結果、フロー体験チェックリストの下位尺度である【能力への自信】において、【外向性】、【調和性】と正の相関、【情緒不安定性】と負の相関がみられた。また、【目標への挑戦】において、【外向性】、【開放性】、【調和性】と正の相関がみられた。このことから、フロー体験においてBig Five尺度で測定可能な性格特性と関連があるのは【能力への自信】と【目標への挑戦】ということが示された。石村(2014)では、内向的な人たちは知的活動において経験されやすいと述べている。しかし本研究のパズル解決課題においては外向的な人ほどフロー状態になっていることが示された。よって、仮説4は支持されなかった。 
  石村(2014)の研究では、個人それぞれがフロー状態に入っていると思われる活動を自由記述し、活動を分類していた。そのため、スポーツに特にフローを感じている人はスポーツしているときのこと、知的活動に特にフローを感じている人は知的活動のときのみのことを答えている。そのため、スポーツと知的活動を比較することができる。しかし本研究では、被験者たちが日常でスポーツに特にフローを感じるのか、知的活動のときにフローを感じているのかは考慮されていない。すなわち、Zuckerman(1979)が指摘するように、外向傾向者は活動的・冒険的であり、多様な活動を好む傾向にあるため、様々な活動においてフローを経験することができる可能性が考えられる。よって、今回の研究ではフロー体験は知的活動の分野においても外向性を持つ個人によって促進されるということが明らかになった。
  石村(2014)の研究では、調和性はフロー体験に影響を与えていなかったと述べている。しかし、本研究では調和性がフロー体験の促進させている可能性があることが見出された。調和性は向社会的な因子であり、社会的な関係を優先すると考えられている。Big Fiveにおける調和性は、「短気」、「怒りっぽい」、「素直な」といった項目から構成されている。本研究で取り扱ったパズル解決課題などの知的活動において、取り組んでいる最中にわずかなミスでイライラしてしまったりすることによってフロー状態に抑制的な影響を与えていることが考えられる。そして、課題に対しても素直に取り組む姿勢というのがフロー体験を促進している可能性がある。そのため、調和性を持つ個人によってフロー体験は促進されると考えられる。
  石村(2014)は、情緒不安定性はフロー体験に抑制的な影響を与えていると述べている。本研究においても、情緒不安定性とフロー体験には負の関係性が見出されている。そのため、フロー体験に抑制的な影響を与えているといえるだろう。この結果は先行研究を支持する結果となった。石村(2014)は内発的な報酬を伴う活動でさえも、課題に対する自信の欠如からフロー状態に至ることができない可能性が考えられると述べており、本研究のパズル解決課題においても同様のことが考えられる。パズル解決課題の達成感が内発的な報酬であり、そのパズル解決課題に対する自信の欠如がフロー状態になることを抑制している可能性がある。
  開放性とは、探索的欲求や柔軟性を指し、知的側面や遊戯性が含まれた項目で構成されている。本研究では、開放性を持つ個人によってフロー体験は促進されることが明らかになった。これは、石村(2014)を支持する結果となった。Csikszentmihalyi, et al. (1993)が新たな挑戦へ開放されているレディネスが備わっていると指摘しているように、フローを経験している活動への開放性はフロー体験を促進させているといえる。すなわち、パズル解決課題において回答を模索することができる能力がフロー体験を促進させる重要な要因であると考えられる。
  以上のことから、外向性、調和性、開放性は知的活動においてフロー体験を促進させる個人特性であり、情緒不安定性はフロー体験を抑制する個人特性であることが明らかになった。

【総合考察】へ