【総合考察】


・本研究で明らかになったこと

  日本の現代の若者はうまくいくかわからないことに対し意欲的に取り組むという意識が低く、つまらない、やる気が出ないと感じる若者が多いという現状である。こうした無気力の症状を改善するために、正反対の状態像であるフロー体験に着目した。フロー体験は日常生活のなかで経験する生きがいや充実感と密接な関係をもつと考えられている概念である(浅川, 1999)。そのため、フロー体験することにより無気力に関連した不適応問題を改善する予防因となると考え、本研究の課題とした。
  本研究は、学習場面に応用されると考えられることから、知的活動のフロー体験に焦点を絞って研究をおこなった。よって本研究では、知的活動に分類されるパズル解決課題においてフロー体験に影響を及ぼす要因について検討することを目的とした。要因の一つとして課題の難易度に焦点をあてた。
  また、簡単な難易度のものばかりに取り組む課題易群と、難易度を自分で選択できる課題選択群の2つの群を設定し、実験を行った。しかし、群分けによるフロー体験の差はみられなかった。すなわち、パズル解決課題においてフロー体験に影響の与えている者は課題そのものの難易度だけではなく、他の要因も影響を与えている可能性が考えられる。その他の要因として問題の回答数に着目し、検討を行ったところ、数多く問題の回答を行っている者たちの方がより高いフローを経験していることが明らかになった。以上のことから、知的活動においてフロー体験をするためには問題をなるべく数多く行い、達成感を得てから自分にとって最適な難易度を選択し、取り組むことが重要であるといえる。
  これらのことを学習場面に応用するためには、学習する本人である児童生徒にとって達成感をより多く得られる課題設定をする必要がある。達成感を得ることで活動そのものに取り組む価値を見出し、次のやる気につながるきっかけとなり、内発的動機づけにつながると考えられる。子どもたちが達成感を得て、夢中になり内発的動機づけられて行っているものとして「テレビゲーム」がある。子どもたちはなぜあれほどまでにテレビゲームに「ハマる」のかを考えたところ、やはりクリアしたときの達成感というものがある。テレビゲームはステージをクリアするという小さな達成感を繰り返し経験することにより、子どもたちはゲームに「ハマる」状況を作り出している。このようなゲーム開発のノウハウのことを「ゲームニクス」という(サイトウ, 2007)。本来飽きっぽい子どもがゲームにハマるには、直感的な操作と段階的な学習の2つが重要であるとされている。「ハマる」という感覚は本研究のテーマとなっていた「フロー」ととても似ている感覚である。そのため、「ゲームニクス」というノウハウはフロー状態に至るまでにも重要なプロセスとなっている可能性がある。そして、「ゲームニクス」のノウハウを学習の場面に応用することによって、児童生徒はよりフロー状態を経験することができるのではないかと考える。
  本研究では、パズル解決課題において、フロー体験を頻繁に経験する性格特性といわれている自己目的的パーソナリティの要因を検討するために、自己効力感とBig Fiveとの関連を検討することを目的とした。
  今回では、事前調査としてGSE、課題前にBig Five尺度、課題前後にSSEの測定をそれぞれ行った。まず、フロー体験がSSEの変容に影響を与えていたかの検討を行ったところ、フロー体験の要素の一部が影響していることが明らかになった。また、GSEに関しては本研究では関連がみられなかった。このことから、個人の性格特性としての自己効力感は知的活動においてフロー体験には影響を与えていないことが示唆された。そのため、性格特性としての自己効力感は自己目的的パーソナリティの要因ではないと考えられる。フロー体験は自己効力感に伴う楽しい経験(浅川, 1999)とあるが、この自己効力感は特性的なもの(GSE)ではなく、課題に対して固有にもつ自己効力感(SSE)に近い可能性がある。そして、フロー体験とBig Five尺度の関連を検討したところ、外向性、調和性、開放性が知的活動においてフロー体験を促進させる、情緒不安定性が抑制させる個人特性として明らかになった。これらのことから、自己目的的パーソナリティの要因として外向性、調和性、開放性が当てはまる可能性が示唆された。
  以上のことから、知的活動においてフローを経験することにより、その活動そのものに対しての自己効力感が高まり、次の活動に対しての自信につながると考えられる。また、Big Five尺度においてポジティブな側面がフロー体験を促進させることが明らかになった。そのため、物事においてポジティブに考えられる人ほどフロー体験しやすいことが示された。
  知的活動という誰しもが取り組みやすいものでフローを経験することは、日常的にもフローを気軽に経験しやすくなるということである。フロー体験することにより、その活動を通して充実感や満足感を得ることが出来る。一度そういったことを経験すると、人はもう一度そのような経験をしたいと感じる。そうすることでやる気や意欲につながり、無気力状態が改善されていくのではないかと考えられる。また、充実感や満足感を得ることによって生活の質の向上にもつながるのではないかと推察される。
  児童生徒にとっての日常というのは、学校で過ごす時間が大半を占めている。学校で過ごす時間を充実したものにするためにはこれらのことを教育場面に応用していく必要がある。学校現場において児童生徒がフローを経験しやすい環境にするためには、教師側からの児童生徒への働きかけというものが重要になってくる。個人の特性としての違いはあるとしても、教師からの働きかけにより児童生徒のモティベーションというものは大きく左右される。ネガティブな認知様式を備えている者であっても、教師の働きかけによりポジティブな認知をすることもある。また、その逆も考えられる。教育現場で児童生徒がフローを経験することで、充実感や学校生活に対しての満足感も得られる可能性がある。また、Kiili & Lainema (2008)によると、教育ゲームを利用した実験を行ったところ、フロー状態を経験したあとには学習と探索的行動が強化されることが示されたと述べている。このことから、教育現場の学習場面においても、フローを経験することにより成績の向上につながる可能性がある。 児童生徒にとって、成績の向上というのは学校生活の充実。満足感に直接つながってくる。そのため、教育現場にとってもフローという概念は重要なものとなってくるだろう。

・今後の課題

    一方で、これらの考察では慎重にならなければいけない点がある。本研究では、実験を行う際1人〜4人単位で行っていた。被験者のスケジュールの都合上、1人で実験する場合もあれば、4人で一斉に実験することもあった。他者の存在が被験者にとってフローを経験することを阻害してしまう恐れが考えられる。本研究では、他者の影響を考慮できなかったため、より明確に検証するためには1人ずつ実験を行うのが望ましいと考えられる。
  また、問題の難易度についてもっと考える必要がある。本研究では、課題に取り組む時間を30分とした。被験者の負担や、集中力が持続する時間などを考えて設定した。しかし、問題の難易度が高くなるにつれて1問にかかる時間も長くなる。そのため、難易度が高い問題に挑戦すると自動的に回答する問題数も減ってしまう。時間設定と問題の難易度の設定にはもっと慎重に考えるべきである。

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