【問題と目的】


1.はじめに


  近年、人間の暮らしやすさや幸せ、充実、満足度などを評価する概念として「生活の質(Quality of Life:QOL)」が取り上げられる。実際、内閣府(2011)では「幸福度に関する研究会報告」を発表するなど、QOLについて論じられる機会が数多くある。また、内閣府(2014)の平成26年度国民生活に関する世論調査によると、現在の生活に満足している人の割合は70.3%であり、不安を感じている人は29%である。そして、日頃の生活に充実感をどの程度感じているかの調査において充実感があるとする人の割合は73.1%であり、感じていない人は25.7%である。充実感があるとする人たちに、主にどのようなときに充実を感じているのか調査したところ、「家族団らんの時」と答えた人たちが最も多く、4番目には「趣味やスポーツに熱中している時」という結果であった。
  一方で、日本の現代の若者は諸外国に比べて自己を肯定的に捉えている割合が低く、さらにうまくいくかわからないことに対し意欲的に取り組むという意識が低く,「つまらない」,「やる気が出ない」と感じる若者が多いという現状である(内閣府, 2014)。こうした無気力などの症状を改善するための方策として生活の質を高める予防モデルが重要視されている(Seligman & Csikszentmihalyi, 2000)。Veenhoven(2006)は生活水準が向上すると人々は選択肢が拡大し、生活の中身に興味を持つようになることから、生活の質により興味を持ち、生活の質が高いことが人々の感じる幸福につながるとしている。このことから生活の質が向上することにより、同時に幸福度も向上するといえる。将来の苦難を乗り越えるときの活力として強力に作用し,無気力と正反対の状態像とされる幸せや生きがいと密接にかかわる心理資源として,フロー体験に高い関心が向けられている(Nakamura & Csikszentmihalyi, 2002)。以上のことから、本研究では生活の質を高め、幸福度の向上にもつながると考えられるフロー体験について着目する。


2.フロー体験


2-1.フローとは

  日常生活において何かに取り組んでいるとき、夢中になり時間があっという間に過ぎてしまうといった経験をしたことはないだろうか。誰しもが経験したことのあるこのような状態をCsikszentmihalyi(1975)は、“フロー”と名付けた。フローとは,内発的に動機づけられた自己の没入感覚を伴う楽しい経験のことを指し、それは人の最適経験である。また、浅川(1999)はフローとは行為者が行為の場を高い集中力をもって統制し、効果的に環境に働きかけているときに感じる「自己効力感にともなう楽しい経験」を指し、それは、日常生活のなかで私たちが経験する生きがいや充実感と密接な関係をもつと考えられると述べている。
  Csikszentmihalyi(1997)は、知覚された挑戦と能力という観点からみた現象学的風景を課題の困難さと個人の能力のバランスによって覚醒、フロー、統制、くつろぎ、退屈、無関心、心配、不安の8つの状態に分類し、図式化した(Figure 1)。フローは知覚された挑戦と能力が行為者の挑戦と能力の平均的水準を超えるときに経験され、それらが平均水準より低いと無関心が経験される。また挑戦が行為者の挑戦の平均水準を超え、能力が行為者の能力の平均水準を下回ったときに不安が経験され、挑戦が行為者の挑戦の平均水準を下回り、能力が行為者の能力の平均水準を超えたときくつろぎが経験される。行為者にとってその活動の経験の強さは同心円で示されている。つまり同心円が大きくなるほど、その状態をより強く経験しているということである。フローの経験の強さは、行為者の挑戦と能力の水準が高くなるとともに、増大していく。また、無関心の経験の強さは、行為者の挑戦と能力の水準が低くなるとともに増大していく。フロー体験はFigure 1でも示されているように、目の前にある課題の困難さと対処できる個人の能力の高さが釣り合うときに生じるとされる(Csikszentmihalyi, 1990)。この考え方の基となっているのは、1970年代までの最適覚醒(optimal arousal)や最適不適合(optimal incongruity)のアプローチから応用されている(石村, 2014)。Ellis(1973)は個人にとって最適な覚醒レベルを維持しようとするための行動は楽しさを感じるため、最適な覚醒レベルを維持しようとする欲求があることを支持した。このことから、Csikszentmihalyi(1975)は現在行っている課題の困難さとその課題を遂行する能力の高さの関係という具体的な状況に置き換えて、人は最適な覚醒レベルであるフロー状態を維持しようとする欲求があることを提唱してきた。以上のことから、フローは誰しもが経験しうることであり、それによって充実感や満足感が高まることから、フローを経験するということは、個人にとって最適な経験であるといえる。
フローモデル八分図

2-2.これまでのフロー研究

  日常生活におけるフロー体験の多さは、無気力や抑うつに関連した不適応問題を改善する予防因とされ、その科学的根拠が蓄積されつつある(石村, 2014)。桾本・金城(2009) も、「自分の能力よりもやや高いレベルの挑戦に相当する多様な活動を行うことでフローを頻繁に経験することが、自我の総合・統合機能の向上に寄与する」と示唆している。以上のことから、フローを経験することは有効であると考えられる。しかし、フロー体験による心理的恩恵に関する理論や論説のほとんどは根拠が証明されておらず、実証的な検討がされていない。このことから、どのような要因がフロー体験を生み出しているのか、またフロー体験によってどのような心理的利得があるのかを検討することは意義がある。これまでの研究ではフローの状態像や操作的定義のみが注目され、フロー体験を支える個人差の解明は後回しにされてきた(Nakamura & Csikszentmihalyi, 2002)。また、石村・河合・國枝・山田・小玉(2008) は、フロー体験のプロセスが解明されていないことから窺えるように、フロー概念の有用さの検証が遅れていると述べている。また、浅川(1999)によるとフローは「自己効力感にともなう楽しい経験」とされているにも関わらず、フローと自己効力感に関する実証的な検討が詳しくされていない。
  従来のフロー研究において、Jackson(1992)はフロー概念がスポーツ選手にも適用できるかについて調べるために、オリンピックあるいは世界選手権の金メダリスト2名、銅メダリスト6名を含む16名のフィギュアスケート選手を対象にフローに関する面接調査を行った。その結果、フロー特性とスポーツ競技選手の経験の記述との間に一致が見られたと報告している。また、杉山(2013)では世界大会にも出場する女性トップアスリートを対象に面接調査を行った。その結果、フローの基本要素であると考えられる“注意の集中”だけでなく、“動きの自動化”、“知覚変容”、“自己超越感”を経験していると考えられると報告している。
  小島・野村・来田(2012)は、ダンスでのフロー体験について調べるため、高等学校の体育祭でのダンス発表について質問紙調査を行った。その結果、ダンスの活動自体に楽しみを感じ没入状態であるフローを体験することは,「もっとうまくなりたい」「上手に踊りたい」という意欲が内発的動機として原動力となると報告している。このように従来のフロー研究では、スポーツやダンスの分野での研究は数多く行われおり、これらの分野においてフロー体験は有用であることが示唆されている。
  しかし、フローは競技スポーツ、趣味のスポーツだけでなく、学習、サークルやボランティアといった社会的活動やゲームなどさまざまな活動領域においても経験されるものである(チクセントミハイ・ナカムラ, 2003)。そのため、スポーツなどの全身を使った身体的活動の領域だけでなく、学習などの知的活動の非身体的活動の領域でも実証的に研究する必要がある。学習など知的活動のフローというのは、教育の現場において最も応用すべきところである。児童生徒が自ら興味をもって課題に取り組み、フロー体験をすることは児童生徒たちの今後の学習意欲の向上につながるのではないのだろうか。スポーツやダンスの研究において、フロー体験をすることにより、内発的動機づけの原動力となることが報告されているため、これが知的活動においても次のやる気につながると考えられる。
  教育の現場においてフロー概念を直接的に応用する実験がインディアナポリスにあるキー・スクール(Key School)で行われた(チクセントミハイ・ナカムラ, 2003)。ここでは環境と個人の双方に働きかけることによって促進しようと努めている。この学校は、@フロー経験を促進する学習環境をつくり、A児童生徒に興味をもたせフローを経験するための能力と欲求の発達を支援する試みを続けてきた。教員は子どもたちの課題の選択と課題への取り組み、子どもたちに挑戦をしかけ、彼らの能力を伸ばす活動の楽しさを支援し、能力が高まるにつれて彼らが新しい挑戦を選び出す援助を行う。Whalen(1999)はこの活動が効果的に「真剣な遊び」(Csikszentmihalyi, Rathunde & Whalen, 1993)をうながすとともに、フローと内発的動機づけの価値を学校という生活の場に広く取り入れてきたと結論づけた。さらにフローの教育的意味は、モンテッソーリ教育の教員たちによってフローが指導法を裏付けるということが認められた。しかし、この研究では学習などの知的活動におけるフローの個人特性や、フローがどのような能力の促進に直接的につながっているのかが明らかにされていない。知的活動のフローをより経験し、内発的動機づけにつなげるためには、知的活動におけるフロー体験についての個人特性や要因について明らかにする必要がある。

2-3.内発的動機づけ研究においてのフローの位置づけ

  フロー状態について近年では、ポジティブ心理学という心理学の新しい潮流の一部をなすものとして、注目されている。ポジティブ心理学とは、楽観性、積極性、健康さ、幸福感など、人間の持つポジティブな側面を中心に扱っていこうとする、心理学の新しい展開の1つである(島井, 2006)。フローという状態はまさに人間の活動のポジティブな様相の1つである。しかし、もともとフローについての研究は、内発的動機づけについての研究として出発したものである(石田, 2010)。
  内発的動機づけとは、外的な報酬を得るために活動が動機づけられるのではなく、それ以外の目的によって活動が動機づけられることである。たとえば、賞金がもらえるという外的な報酬のためにレースに挑むのではなくそれ以外の目的によってレースに挑むということである。外的な報酬以外の目的で考えられるのは、活動によって得られる内的な報酬や活動を行うことそれ自体が目的となっている内発的動機づけのことである。内発的動機づけを駆動する心的要因として、様々なものが考えられているが、その1つとしてチクセントミハイは活動を行うことによって得られる「楽しさ」に着目した。これらのことから、フローについての研究は、内発的動機づけについての研究の一部となっていた。
  Csikszentmihalyi(1975)によると、「名声を得る方法はほかにいくらでもあるのに、ロック・クライミングのような生命の危険を冒す行為にあえて挑む人がいるのはなぜか」、「人に見せるためでもないのに若者たちが音楽に合わせてダンスに興じるのはなぜか」といった素朴な問題意識がフローについての研究の出発点であった。そしてその答えがそれらの活動によって得られる「楽しさ(enjoyment)」という内発的な報酬にあると考え、その楽しさをもたらすものとして見出されたのが諸活動において発生するフローという状態なのである。
  内発的動機づけの概念化において、鹿毛(1994)では5つに分けて概観している。@認知的動機づけ、A手段性―目的性、B自己決定、C感情、D包括的の5つである。その中でもフローはC感情による概念化として位置づけられている。そして、フローは自己目的的な活動における一過性の状態をとらえたやや特殊な研究と見なされている(鹿毛, 1994)。
  フロー理論は確かに、「楽しさ」や「没入」など内発的動機づけにおいて感情面を扱っているともいえるし、自己目的的な活動における一過性の状態をとらえているともみることができる。しかし、石田(2010)はフロー理論が内発的動機づけ研究において特殊な理論であるかのようにみなされるのは、必ずしも妥当ではないと考えられると述べている。フロー理論で述べられている事柄はむしろ、人間の内発的活動全般にわたるもので、しかも他の内発的動機づけ論では述べられていない、活動の最中に生じている心理状態が論じられているのである(石田, 2010)。そのため、内発的動機づけ論としても活動の最中の心理状態において検討する意義がある。
  瀧沢(2010)は、内発的動機づけ研究の一つとしてテスト教示の有無と課題の難易度が内発的動機づけに及ぼす影響について研究を行っている。結果として、テスト教示された場合には簡単な課題を提示された方が難しい課題を提示されるよりも課題そのものを楽しいと感じたのに対し、テスト教示されなかった場合では、反対に難しい課題を提示された方が簡単な課題を提示されるよりも課題を楽しいと感じていたと示されている。「楽しさ」というのは、フロー理論において重要なものである。フローとは、内発的に動機づけされた自己の没入感覚を伴う楽しい経験のことである。そのため、「楽しさ」を感じていることから、課題に取り組んでいる最中の心理状態としてフロー体験をしているのではないかと考えられる。また、フロー体験というのは難しい課題に挑戦しているときに経験するものである(Csikszentmihalyi, 1990)。そのため、難しい課題に対して楽しさを感じたことから、テスト教示がされなかった場合のときのほうがよりフロー状態に入っていたのではないかと考えられる。しかし、先ほども述べた通りこの研究ではフロー状態については測られておらず、課題に取り組んでいる最中の心理状態については詳しく検討されていない。
  内発的動機づけ研究において、活動の最中の心理状態を論じられているフロー体験について詳細に検討することは、前項で述べた精神的健康の向上だけでなく、心理学的知見においても意義があると考えられる。

3.自己効力感


  フロー体験は「自己効力感に伴う楽しい経験」と述べられている(浅川, 1999)にも関わらず、自己効力感に関する研究がされていないことから、本研究では自己効力感に焦点をあてる。
  自己効力感とは、社会的学習理論を体系化したBandura(1977)によって提唱された概念である。社会的学習理論において、人間の行動を決定する要因として、「先行要因」、「結果要因」、「認知的要因」の3つを挙げ、それらの要因が複雑に絡み合って、人と行動と環境という三項間の相互作用の循環が形成されると説いた。「先行要因」には生理・情動反応や学習の生得的機制、「結果要因」には外的強化や自己強化、「認知的要因」には認知に基づく動機づけや随伴性の認知的表象などがある。Bandura(1977)は、個人の「認知的要因(予期機能)」を重要視し、それが行動変容にどのような機能を果たしているかを明らかにしようとした。
  行動変容の先行要因としての「予期機能(認知的要因)」には、「結果予期」と「効力予期」の2種類がある(Figure 2)。「結果予期」はある行動がどのような結果を生み出すかという予期を指し、「効力予期」はある結果を生み出すために必要な行動をどの程度うまくできるかという予期を指す。つまり、「結果予期」は環境の出来事についての予期であり、「効力予期」は自己の行動についての予期であるといえる。Banduraは「効力予期」をself-efficacyとして概念化した。self-efficacyの訳語はさまざまあり(例:自己可能感、自己効力感、自己革新、自信等)、統一された訳語はない。そのため本研究では『自己効力感』とする。
  自己効力感には、2つの水準があることが知られている(Bandura,1977; 坂野・東條, 1993)。1つは臨床・教育場面における研究でよく取り上げられている、課題や場面に特異的に影響を及ぼす自己効力感である(task-specific self-efficacy:以下SSEとする)。これは、人格特性ではなく課題そのものに対して感じるものであるため課題固有の自己効力感とも呼ばれる。もう1つは具体的な個々の課題や状況に依存せずに、より長期的に、より一般化した日常場面における行動に影響する自己効力感である(generalized self-efficacy:以下GSEとする)。この自己効力感は、人格特性に関わることから特性的自己効力感とも呼ばれる。
  これらの2つの水準の自己効力感がどう影響しあっているのかについて研究しているものがある。三宅(2000)では、「特性的自己効力感(GSE)が課題固有の自己効力感(SSE)の変容に与える影響」について検討している。この研究では、課題成績のフィードバックの操作を用いた調査を行った。SSEの3種類の指標のうちの1つである絶対的な評定を求める項目であるSSE-A(「次の問題では、前回と同じ時間内にいくつの誤表記を見つけることができると思いますか」)において、ネガティブなフィードバックを行ったときにGSE高群では上昇傾向がみられたのに対し、低群では低いまま、ほとんど変容はみられなかったとある。すなわち、GSEの高い者は、ネガティブな意味をもつフィードバック情報が与えられてもその後のSSE、特にTaylor(1989)のいう内的なパフォーマンスに基づくpersonal self-efficacyにあたるような部分や課題の遂行量が抑制される可能性はGSEの低い者よりも少ないと考えられる。以上のことから、課題成績のフィードバック操作の違いにおいてGSEの高低はSSEの一部にしか変容に影響を与えておらず、そのほかの要因が関わっている可能性が示唆される。
  細木・山口・山口(2004)は、大学生を対象に中学時代に受けた授業で楽しい、没入できる授業は何がよかったのかを自由記述で収集した。そして、「没入感」を生み出す要因について検討したところ、緊迫感、ストーリー性、連帯意識、創意工夫する気持ち、自己効力感の5つの因子が抽出されたことを示している。また、自由記述でのアンケート調査において、「『解けた』『わかった』という感動がある」や「すぐ解ける単純な内容を扱っている」などといった課題そのものに対しての自己効力感と思われる記述がいくつかみられる。また、「自分が知りたいと思う知識欲に答えてくれる」(原文まま)など、特性的な自己効力感と思われる記述もみられた。したがって、フロー体験が構成される要素の一つとされている没入感と自己効力感は関係があるのではないかと考えられる。

自己効力感

4.Big Five


  従来のフロー研究の問題点として、フロー状態に関心が向けられ、フロー体験を経験する個人傾向に関する検討が数少なかったことが挙げられている(Asakawa, 2004; Nakamura & Csikszentmihalyi, 2002)。フローを頻繁に体験する人々の特性を自己目的的パーソナリティという(Csikszentmihalyi, 1997)。自己目的的とは、その活動や体験自体が目的であり、それ自体のためにものごとを行うことである。フローを頻繁に体験しやすいといわれている自己目的的パーソナリティは、高い挑戦レベルで活動を楽しみ、個人の能力を高めることができる。しかしながら、Nakamura & Csikszentmihalyi(2002)は、自己目的的パーソナリティとは具体的にどのような個人特性を持つ人たちを指すのかほとんど検討されてこなかったと振り返っており、フロー研究において自己目的的パーソナリティを探索的に検討することは重要な研究課題であることが指摘されている(浅川, 2006)。
  石村(2014)では、フロー体験のしやすい人がどのような性格特徴を備えているかをフロー体験とBig Five性格特性との関連を検討している。Big Five性格特性とは、外向性、情緒不安定性、開放性、誠実性、調和性の5因子から形成される尺度である。フロー体験の活動の種類を【スポーツ】、【芸術・音楽】、【社会活動】、【知的活動】、【趣味・娯楽】の5種類に分類し検討している。その結果、内向的な人たちは【知的活動】や【趣味・娯楽】などの個人活動に従事しうることが確認されたと述べている。フロー体験がどのような個人において経験されやすいのかということを検討したところ、外向性と開放性を持つ個人によって促進され、情緒不安定性はフロー体験に抑制的な影響を与えていることを明らかにした。しかしながら、これらの研究はフロー体験をしていると思われる活動を想起してもらい、その活動直後に調査を行っているわけではないため、記憶をたどっての調査となっている。フロー体験した直後に調査を行った方が、より正確な結果が得られるのではないかと考えられる。そのため、本研究ではフロー状態を経験した直後に調査を行って検討する。

5.本研究の目的


  以上のことから本研究の目的を2つにまとめる。
  第1の目的として、パズル解決課題においてフロー体験に影響を及ぼす要因について検討する。要因の1つとして課題の難易度に焦点をあてる。フロー体験は、課題に対する挑戦のレベルと能力のレベルがともに高いレベルで釣り合っている時に生じるとされている(Csikszentmihalyi, 1997)。以上のことから、個人の能力のレベルによってフロー体験が生じる課題のレベルは異なってくると考えられる。そのため、フロー体験が生じる課題のレベルというのは一人一人違っているだろう。本研究では、パズル課題を行うとき、簡単な課題ばかり行う課題易群と自分で課題の難易度を選べる課題選択群の2つの群に分ける。瀧沢(2010)では、テスト教示がされなかった場合のときには、難しい課題のほうが楽しさを感じたと示している。本研究の課題易群では簡単な課題しか取り組むことが出来ないが、課題選択群では課題が難しいものにも取り組むことが出来る。そのため、課題選択群のほうが楽しさは高くなり、楽しさはフローを構成する要素の1つであるためより高くフロー体験をしていると考えられる。
  第2の目的として、知的活動に分類されるパズル解決課題において、フロー体験を頻繁に経験する性格特性といわれている自己目的的パーソナリティの要因を検討するために、自己効力感とBig Fiveとの関連を検討する。浅川(1999)では、フロー体験を「自己効力感に伴う楽しい経験」と述べており、細木・山口・山口(2004)では、フローを構成する要素の1つである没入感と自己効力感の関連が示唆されている。自己効力感とは、ある結果を生み出すために必要な行動をどの程度うまくできるかどうかの予期を指す。自己効力感が高いほどうまくできると感じているといえる。第1の目的でも述べたが、フロー体験は、課題に対する挑戦のレベルと能力のレベルがともに高いレベルで釣り合っている時に生じるとされている(Csikszentmihalyi, 1997)。そのため、自己効力感が高い方がフロー体験を頻繁に経験するのではないかと考えられる。自己効力感には2つの水準があり、この2つの水準がそれぞれどう影響しあっているのかも検討したい。また、石村(2014)では内向的な人は知的活動などの個人的活動に従事すると示唆されている。したがって、外向性が低い人のほうがパズル解決課題においてよりフローを経験すると考えられる。

6.本研究の仮説


  以上のことかから本研究では以下の4つの仮説を検討する。
1.課題自由選択群のほうが課題易群よりもフロー状態になりやすいだろう。
2.パズル解決課題中のフロー状態を測る得点(以下、フロー得点とする)が高い人の方が,パズルに対する課題固有の自己効力感(SSE)が上昇するだろう。
3.特性的自己効力感(GSE)が高い人は、パズル解決課題中のフロー得点が高かった場合、GSEが低い人よりもSSEが上昇するだろう。
4.パズル解決課題においてフロー得点が高い人は、内向的な傾向があるだろう。

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