【考察】


  本研究の目的は,青年期におけるレジリエンスに,これまでのいじめ被害経験と,子どもにとって多大な影響を及ぼすと考えられる身近な人物である親のパーソナリティと関わり行動がどのような影響を及ぼしているのかについて検討し,レジリエンスを後天的に高めるための具体的な方法を明らかにすることであった。

  この目的を踏まえ,本研究で立てられた仮説は以下の3つであった。
仮説1:いじめ被害を継続的に受けていた人は,現在のレジリエンスに負の影響があるだろう。
仮説2:親の楽観性が高ければ子どもの資質的・獲得的レジリエンスは高いだろう。
仮説3:親の共感性が高ければ子どもの獲得的レジリエンスが高いだろう。

1.いじめ被害経験について


  まず,いじめ被害経験の実態を把握する。問題にも述べたように,文部科学省(2014)の調査によると,高校でのいじめ認知件数よりも小学校,中学校におけるいじめの認知件数が多い。本調査においても,いじめ被害経験得点は高校期よりも小学校期・中学校期での得点が高いことが示された。このことは,いじめ被害経験の割合を示した坂西(1995)の調査結果や,水谷・雨宮(2015)の調査結果とも一致している。以上のような先行研究や今回の結果から考えても,いじめの被害件数は高校よりも小学校・中学校で多いと言えるだろう。
  次に,いじめ被害経験の継続性について検討する。小学校期におけるいじめ被害経験と中学校期,高校期におけるいじめ被害経験,中学校期におけるいじめ被害経験と高校期におけるいじめ被害経験には有意な正の相関が見られた。この調査結果は先行研究(水谷・雨宮,2015)とも一致しており,いじめ被害を受けやすい者はその後の学校生活においても継続的にいじめ被害を受けやすい可能性が示唆された。

2.いじめ被害経験とレジリエンスの関連


  いじめ被害経験とレジリエンスの関連についてクラスタ分析を行った結果,いじめ被害経験得点高群といじめ被害経験得点低群において,レジリエンス「社交性」得点にのみ有意な群間差がみられた。レジリエンス「社交性」において,いじめ被害経験得点高群よりもいじめ被害経験得点低群の方がレジリエンス得点が高かった。この結果から,小学校から高校までの期間において,いじめ被害を受けた経験が多いほど青年期におけるレジリエンス「社交性」が低下する可能性が示唆された。以上より,仮説1は支持されたと言えるだろう。
  レジリエンス「社交性」における下位尺度として,「交友関係が広く,社会的である」「自分から人と親しくなることが得意だ」などの項目が含まれている。いじめを受けた経験が多いほど,交友関係を広げることや社会的に振る舞うことに対して消極的になることが明らかになった。坂西(1995)はいじめが被害者に及ぼす影響の1つに「人とのつき合いが消極的になった」が含まれるとしている。また,野中・永田(2010)は,中学校期のいじめ体験の影響として「他者評価への過敏」がその後の友人関係に影響を及ぼすとしており,このことはいじめが日常生活と隣り合わせにある現代において,いじめ体験を持つことで周囲の反応に敏感になりやすく他者からの評価を気にするようになるという可能性を示唆している。これまでの先行研究をふまえて考えると,いじめを受けたことで人づきあいに消極的になりやすく,そのためにレジリエンスとしての社交性が低下してしまったものと考えられる。また,本研究の調査結果より,いじめ被害経験得点が高かった者,すなわち小学校・中学校・高校において継続的にいじめ被害を受けてきた者の青年期におけるレジリエンス「社交性」は低くなるということが明らかになった。このことから,いじめ被害経験を受けてから長期間が経過し,大学生になった現在でも心理的にいじめ被害経験の影響を受けている可能性が示唆された。このことは,先行研究(坂西,1995,水谷・雨宮,2015)における,いじめの長期的影響に関する指摘を支持していると推察出来る。これは,いじめ被害経験によってもたらされる長期的な影響と考えることが出来るだろう。

3.親の楽観性と子どものレジリエンスの関連


  親の楽観性を独立変数,子どものレジリエンスを従属変数として重回帰分析を行ったところ,親の楽観性は子どものレジリエンス「統御力」に有意な正の影響を与えていることが明らかになった。この結果から,子どもが日常生活において,自分の親は楽観的であると捉えていると,子どものレジリエンス「統御力」を高めるということが示された。よって,仮説2は一部支持されたと言える。
  親の楽観性を測定した楽観性尺度(外山,2012)には,項目に「将来に対して,前向きに考えている」や「悪いことよりも良いことが起こると思う」,「何かに取りかかる時は,成功するだろうと考える」のような,肯定的で未来志向なものが多く含まれている。二次元レジリエンス要因尺度(平野,2010)のレジリエンス「統御力」を測定した項目には,「嫌なことがあっても,自分の感情をコントロール出来る」「つらいことでも我慢出来る方だ」のような項目が含まれている。ネガティブな出来事に遭遇し,ネガティブな感情を持ってもそれをコントロールすることが出来るということは,物事に対して悲観的にならず,自分を制御することが出来るためであると考えられる。ストレスや傷つきをもたらしうる状況下でも,感情的に振り回されないように自分をコントロールする統御力の背景には,不安を感じにくくさせることで物事を楽観的に捉えようとしているということが存在すると考えられる。これらのことから,普段から自分の親が肯定的で未来志向であり,楽観性が高いと捉えていると,その子どもも物事に関して悲観的に捉えすぎることなく楽観的に物事を捉える傾向にあると考えられるためであると考えられる。
  肯定的で未来志向であることは,平野(2010)の二次元レジリエンス要因尺度以外にもレジリエンスを測定するためのさまざまな尺度の下位尺度に含まれている。井隼・中村(2008)が作成したレジリエンスの4側面を測定するための尺度のなかには「楽天家である」や「なにごとにも前向きである」という項目を含んだ「楽観的思考」という因子が存在している。また,山岸・寺岡・吉武(2010)の作成したレジリエンスの尺度には肯定的未来志向の下位尺度と楽観性の下位尺度が1因子となって抽出されている。これらの先行研究を参考に,親のレジリエンスが高いと子どもが認知していると,その子どものレジリエンスも高くなるという葛西・藤井(2013)の指摘をふまえて考えると,子どもにとって身近な存在である親の楽観性が高いと認知している,すなわち親の持つ楽観性の存在が,子どもの資質的レジリエンスに影響を及ぼしているということが示唆された。

4.親の共感性と子どものレジリエンスの関連


  親の共感性としての「親からの共有経験」を独立変数,子どものレジリエンスを従属変数として重回帰分析を行ったところ,親の共感性としての「親からの共有経験」から子どもの資質的レジリエンス「楽観性」「社交性」「行動力」に有意な正の影響がみられた。以上より,仮説3は支持されなかったが,親の共感性としての親からの共有経験は子どものレジリエンスを高めている可能性が示唆された。
  本調査において使用した共感経験尺度改訂版(角田,1994)の共有経験を測定する項目には,「私の親は,何かに苦しんでいる私の気持ちを感じとろうとし,同じような気持ちになることが出来る」「私の親は,私が何かを期待している時に,そのわくわくした気持ちを感じとることが出来る」などが含まれている。また,二次元レジリエンス要因尺度(平野,2010)のレジリエンス「楽観性」には「どんなことでも,たいてい何とかなりそうな気がする」「困難な出来事が起きても,どうにか切り抜けることが出来ると思う」などの項目,レジリエンス「社交性」には「交友関係が広く,社交的である」「昔から,人との関係をとるのが上手だ」などの項目,レジリエンス「行動力」には「自分は粘り強い人間だと思う」「決めたことを最後までやりとおすことが出来る」などの項目がそれぞれ含まれている。これらの分析結果から,日頃から自分の親は自分の気持ちを理解してくれていると認知していると,子どもは物事に対して楽観的に考えるようになったり,他者との関係を上手く持つことが出来たり,自分に対して肯定的に考えられるようになる可能性が示唆された。
  平木(2011)は,子どもは親が共感してくれたと感じることで,生きていく自信や自分が存在する価値を見出すことが出来るとしている。これは,子どもにとって身近な存在である自身の親から,日常的に共感してもらえることで子どもの自信や自尊感情の発達につながっていると捉えることが出来るだろう。共感されることで受け入れられたと感じるということは臨床の世界でも指摘されており,一般的に,共感されることで被受容感を感じ,自分に自信を持つことが出来るようになることで自分のことを話すことが出来ると言われている。平野(2010)は,レジリエンス「楽観性」を「将来に対して不安をもたず,肯定的な期待をもって行動出来る力」,レジリエンス「行動力」を「目標や意欲を,もともとの忍耐力によって努力して実行出来る力」であると捉えており,これらの背景には自信や自尊感情が存在しているのではないかと考えられる。親からの共有経験,すなわち親の持つ共感性の存在は,自信や自尊感情を介して子どものレジリエンスに影響を与えているのではないだろうか。
  これまで,レジリエンスと強い関連が示されている概念として自尊感情が挙げられている(Grotberg,2003)。斉藤・岡安(2014)は,自尊感情がレジリエンスと強い関連を持ち,高い自尊感情によってレジリエンスが促進されることを明らかにした。また,山下・石・桂田(2010)は親からの共感が子どもの自尊感情を育てることを明らかにしている。これらの先行研究をふまえると,親からの共感は子どもの自尊感情を高め,その高められた自尊感情によってレジリエンスが促進されたと考えることが出来るのではないだろうか。
  また,本調査の結果において,子どもにとって身近な存在である自身の親から,日常的に共感経験を受けていることはレジリエンス「社交性」にも影響を及ぼすことが明らかになった。日頃から自身が被共感経験を持つことで,自分も他者の気持ちを理解しようとし,社交的になるのではないだろうか。
  先行研究(菅,1975)において,自尊感情が高いと対他者関係が良好になる傾向が示されている。これは,自尊感情が高いと自分に自信を持つことが出来,その結果積極的な行動を起こしたり,社交的になったりしやすい傾向があるためであると考えられる。山下・石・桂田(2010)の指摘から,日常生活における親からの共感の存在が子どもの自尊感情を高めることが示唆されており,以上をふまえて本調査の結果を考察すると,親からの共感は子どもの自尊感情を介してレジリエンス「社交性」を高めている可能性が示唆されたと考えることが出来るだろう。
  これまでの研究(石毛・無藤,2005)において,周囲の共感性の存在はソーシャル・サポートとして子どものレジリエンスに影響をもたらしていることが明らかにされていたが,具体的にレジリエンスのどの部分に共感性が影響をもたらしているのかについては明らかにされてきていなかった。本調査の結果によって,親の共感性が子どもの獲得的レジリエンスに与える影響はみられなかったが,親の共感性の存在は子どもの自尊感情を介して子どもの資質的レジリエンスを高めることが出来る可能性が示唆された。

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