【総合考察】


  本研究では,青年期におけるレジリエンスに影響をもたらす要因について明らかにすることを目的としていた。これまでの研究において,レジリエンスを後天的に高めるための具体的な方法についてはまだ明らかにされてきていなかった。そこで本研究では,過去のいじめ被害経験と親の楽観性,共感性に着目し,それらが青年期のレジリエンスにどのような影響を与えているのかについて検討することでレジリエンスを高めるための具体的な方法を明らかにしようとした。そのために本研究において,大学生を対象に現在のレジリエンスと過去のいじめ被害経験の有無,親の楽観性と共感性をどのように認知しているかについて調査し,過去のいじめ被害経験と親の楽観性,共感性それぞれが現在のレジリエンスにどのように影響を与えているのかについて検討した。その結果,以下のことが明らかになった。
  1つ目は,大学入学以前におけるいじめ被害経験と青年期におけるレジリエンスには関連があるということである。いじめ被害経験は特にレジリエンス「社交性」と関連があった。このことは先行研究(坂西,1995,野中・永田,2010)からも指摘されているように,いじめ被害を受けることで人間関係に対して消極的になり,その結果としてレジリエンス「社交性」が低下してしまったと推測することが出来るだろう。したがって,大学入学以前に継続して受けたいじめ被害経験が,青年期のレジリエンス「社交性」を低下させることにつながったと言える。また,このことは,いじめ被害経験がもたらす長期的影響の1つでもあると捉えることが出来るだろう。本研究においては,いじめ被害経験を多くもつ者に比べ,いじめ被害経験が少ない者の方がレジリエンスが高いことも示された。これらのことから,いじめ被害はその後のレジリエンスを低下させてしまう恐れがあることが考えられる。いじめ問題を理解し,解決することは決して容易なことではないが,その後のレジリエンスを低下させてしまわないためにも,いじめ問題を早期に解決することが必要なのではないだろうか。
  2つ目は,親の楽観性の存在が子どもの資質的レジリエンスに影響を与えるということである。子どもが自身の親を「楽観的である」と捉えていることが,子どものネガティブな感情をコントロールする力に影響を与えることが明らかになった。このことから,親が楽観的であることは子どもの持つレジリエンスを高めることが出来ると推察出来る。これは,子どもにとって身近な存在である親が楽観的思考を持っていると,日常生活のなかで親と関わるうちに子どももその影響を受けるためであると考えられる。小玉(2008)は,子どもが自分の親がポジティブな態度であると認知していると子どもの共感性が高まることを示した。また,水野(2004)は,親の性格や養育態度が子どもの情緒に影響をもたらしていることを明らかにした。これらの先行研究を考慮すると,親のパーソナリティや子どもに対する態度は子どものパーソナリティや心理特性に影響を与えることが出来るだろうと考えられる。
  3つ目は,親の共感性としての親からの共有経験が,子どもの資質的レジリエンスに影響を与えるということである。日常生活において,親は自分の気持ちを理解してくれていると子どもが感じることで子どものレジリエンスを高めることが出来るということが明らかになった。先行研究(山下・石・桂田,2010)において,親からの共感は自尊感情を高めることが明らかにされており,自尊感情が高くなることでレジリエンスを促進する(斉藤・岡安,2014)という指摘をふまえて考えると,親の共感性は子どもの自尊感情を高め,その結果,レジリエンスを高めることが可能になるということが推察出来る。
  レジリエントな子どもを育てるためには親がレジリエントな人間でなくてはならず,また,教師のレジリエンスも子どもに影響をもたらすと町田(2016)は述べている。これはつまり,身近な大人のレジリエンスの存在が子どものレジリエンスに影響をもたらしうるということである。直接的な関わりでなくとも,日頃から周囲の大人がレジリエントな姿勢を示していれば,子どものレジリエンスを高めることが出来るのではないだろうか。そのレジリエントな姿勢の具体的な側面として,親が楽観的であること,親が共感的であることが挙げられる。
  以上より,本研究ではいじめ被害経験がレジリエンスにもたらす影響と,親の楽観性と共感性としての親からの共有経験が子どものレジリエンスに影響をもたらしていることが明らかにされた。いじめを早期発見し,解決することで子どものレジリエンスが低下してしまうことを未然に防ぐことが出来,また,親が子どもに対して楽観的に振る舞うことと,子どもに対して共感的に振る舞うことで子どものレジリエンスは高めることが出来ると考えられるだろう。
  現代のストレス社会において,年齢にかかわらずレジリエンスは高めていくべき心理特性であると考えられる。しかし,パーソナリティや心理特性は容易に変えられるものではない。従って,性格が形作られていく段階でレジリエンスを高めていくことが重要であるだろう。そのために,子どもにとって身近な存在である親が,子どもに対し楽観的・共感的に振る舞うことで子どものレジリエンスを高めることが出来るだろう。

【本研究の限界と今後の課題】

    本研究の調査結果において,親の楽観性と親の共感性としての親からの共有経験が,「資質的レジリエンス」に影響を与えていることが明らかになった。平野(2010)は,後天的に身につけやすいレジリエンスは「獲得的レジリエンス」であると述べているが,今回の研究結果から親のパーソナリティや関わりが影響していたのは「資質的レジリエンス」の方であった。平野(2010)は,「資質的レジリエンス」はもって生まれた気質と関連が強いとしているが,資質的レジリエンスとして示されているレジリエンス要因も,後天的に高めることが可能であると示されたということである。これは,「資質的」「獲得的」というレジリエンス要因の分け方が本当に妥当であったのかについて再度検討する必要性があるのではないかと考えられる。また,レジリエンスには遺伝的要因も影響しているとも考えられている。本研究は縦断的研究ではないため,いじめ被害経験を受ける前と受けた後でのレジリエンスの変化や遺伝的要因については検討することが出来なかった。我が国におけるレジリエンス研究はまだ数が少なく,今後も引き続き丁寧にレジリエンスを構成する要因を見ていくことが重要であるだろう。
  た,本研究ではいじめ被害経験の多さとレジリエンスの関連について検討したが,いじめの内容(言動によるいじめ被害や,暴力によるいじめ被害,仲間外れとしてのいじめ被害など)と深刻さについても検討し、いじめ被害経験がどのようにレジリエンスに影響をもたらしているのかについてはさらに検討していくことが必要であろう。

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