【問題と目的】


1.はじめに


  人は普段,周囲の人との関わり合いの中で生活している。したがって,他者との関わりをなくして生きていくことは困難であり,他者と関わりながら健康的に生きていくことが重要であると考えられる。しかし,周囲の人々と関わるなかで,楽しいと感じる出来事に遭遇することもあれば,つらい,悲しい,いやだと感じるようなネガティブな出来事やストレスフルな出来事に遭遇することも少なくはないだろう。ネガティブな出来事に遭遇したとき,その出来事が個人の精神的健康に深刻な影響を与えることがこれまでの多くの研究において指摘されている。人は自分の精神的健康を保ちながらよりよい生活を送ろうとしているが,現在の日本の社会はストレス社会とも言われているため,そのなかで精神的健康を保つことは決して容易なことではないと考えられる。また,ネガティブな出来事やストレスフルな出来事が個人の精神的健康に与える影響には個人差が見られ,ストレスフルな出来事を経験しても,すべての人が抑うつやその他の不適応状態に陥るわけではない。一時的には精神的に不健康な状態に陥っても,それを乗り越え,精神的・社会的に良好な状態を維持し,適応的な生活を送っている者も存在する。一方で,精神的に健康な状態に復活することが困難な人も存在する。現代のようなストレスを受けやすい社会において,精神的に不健康な状況に陥っても,精神的健康な状態を保ったり,再度精神的健康な状態に復活出来たりする心理特性を持つことは非常に重要であると考えられる。
  また,現代のストレス社会の風潮は子ども社会をも浸食しようとしている。学校におけるいじめの存在は,子どもにとって多大なストレスを感じる要因の1つである。現代のいじめは,大人社会の反映であると指摘されており,現代の学校が抱える深刻な問題と言われて久しい。2015年だけで,7月に岩手県で中学2年生の男子,10月に沖縄県で小学4年生の男子,11月に名古屋市の中学1年生の男子,12月に奈良県で高校1年生の男子がいじめを苦にして自殺している。このように我が国ではいじめ被害による子どもの自殺が後を絶たない。さらに,いじめや友人関係のトラブルをきっかけにして,ストレッサーを受けたことにより不登校や引きこもりの事態に陥ってしまう場合も少なくはない。このように,年齢を問わず現代を生きる人にとってストレスフルな出来事との遭遇は身近なものであると考えられる。特に思春期の子どもたちは,いじめを受けていても自尊心の発達から周囲に助けを求めることをしにくい傾向があり,周囲の人に相談をすることが容易ではない。そのため,教師や保護者の見えないところでいじめを受けていても,被害者が自分の力でいじめによってもたらされるストレスを跳ね返す能力を持つことが重要であると考えられる。ストレスフルな出来事を受け,一時的には精神的に不健康な状態に陥っても,自分だけの力で回復することが出来る心理特性を持っていれば,精神的健康を維持あるいは回復させることが出来,社会へ復帰することが出来るのではないだろうか。 このようにネガティブな心理状態に陥っても重篤な精神病理的な状態にはならない,あるいは回復出来るという個人の心理面の弾力性をレジリエンスといい(無藤・森・遠藤・玉瀬,2004),近年その概念が注目されている。


2.いじめ


  日本でいじめが社会問題として取り上げられるようになったのは1980年ごろであり,現在の大学生,短大生である者の過去にはいじめが身近に存在していたと考えられる(香取,1999)。文部科学省(2014)によると,平成25年度にいじめを認知した学校数の割合は,小学校で48.4%,中学校で65.5%,高校で44.4%であった。この割合はいじめを,「児童生徒に対して,当該児童生徒が在籍する学校に在籍している等当該児童生徒と一定の人的関係のある他の児童生徒が行う心理的又は物理的な影響を与える行為(インターネットを通じて行われるものも含む。)であって,当該行為の対象となった児童生徒が心身の苦痛を感じているもの。」と定義した調査で得られている。したがって,本研究においてもこの定義を適用することとする。いじめは通常,教師や親の見ているところでは行われないために表面化しにくい。さらに,被害者の多くはいじめを受けていることを誰にも告げられないことが多いため,周囲からの対処を得ることは決して容易ではない。その結果,助けを求めることが出来ず,悩み苦しんだ末に自殺を選択してしまう児童生徒の数は決して少ないとは言えない。
  荒木(2002)は,いじめ(bullying)は学校内で多くの児童・生徒が直面する最も深刻なストレッサーの1つであると指摘している。小杉(2006)は人間関係におけるストレッサーは2種類に分類出来ると考え,「イベント型ストレッサー」と「慢性型ストレッサー」を挙げている。慢性型ストレッサーは,職場や学校などのある程度一定の役割や生活環境を有している状況で長期的に生じる,要求の開始と終了が不明確なストレッサーのことを指す。いじめは要求の終了が不明確であるため,いじめ被害経験が「いつまで続くのか」という不安を被害者にもたらし,そのことが余計に絶望感や悲壮感を生み出すことにつながっていくのではないかと考えられる。本研究では小学生や中学生,高校生が学校で経験するいじめを慢性型ストレッサーと考え,ストレッサーの中でも慢性型ストレッサーに着目することとする。
  これまで,いじめに関する多くの研究が行われてきた。過去のいじめ体験が青年期に及ぼす影響,いじめ被害者への対処の仕方,いじめの停止に関連する要因といじめ加害者への対応,いじめ体験によってもたらされた心の傷の回復方法に関する研究など,さまざまな切り口からのアプローチがなされている。
  いじめ被害者は,いじめ被害をきっかけとして,パーソナリティの発達や数年後の精神状態になんらかの悪影響が表れるということがこれまでにいくつかの研究で報告されている。荒木(2005)は,当事者にとっていじめは,終息したからといってそれで終わるような問題ではないと指摘している。坂西(1995)は,大学生を対象としたいじめに関する回顧的調査を行い,その結果,いじめ被害体験者は当時の心理的苦痛が大きいほど活動意欲の減退や抑うつ等を強く感じていることを報告している。いじめ被害経験によってもたらされうる不適応状態(抑うつや不安など)は少なくとも青年期後期まで長期にわたって持続し,その強さはいじめ被害体験の程度に一定の影響を受けるものと考えられる。また,野中・永田(2010)は,過去のいじめ体験が青年期に及ぼす影響について検討し,中学校時期におけるいじめ体験と,複数時期におけるいじめ体験の影響として生じる「他者評価への過敏」はその後の友人関係に影響を及ぼすことを示している。
  その一方で,坂西(1995)はいじめられた体験がマイナスの影響ばかりを与えているわけではないことを示唆している。坂西(1995)は,いじめの被害者を,いじめ被害を受けていた当時の苦痛の大きさをもとに3群に分類して検討した。その結果,苦痛中群と苦痛大群は,苦痛小群と比較して「相手の気持ちをよく考えるようになった」の項目得点が有意に高いことが示された。また,苦痛小群と比較して苦痛中群は,「負けず嫌いになった」「我慢強くなった」の項目が有意に高いことが示された。坂西(1995)は,負けず嫌いになったり,我慢強くなったりすることなどは,逆境にも負けないという積極的な意味を見出そうとする被害者の心理の表れであることを指摘している。香取(1999)はいじめによる心的影響と心の傷の回復方法について検討した。その結果,いじめを経験して変わったこととしてあげられた6因子のうち,情緒的不適応を示す「情緒的不適応」,周囲への同調を示す「同調傾向」,他者からの評価を気にする「他者評価への過敏」の3因子はマイナスの影響であり,相手の尊重を示す「他者尊重」,精神的な力の向上を示す「精神的強さ」,将来の職業選択や大学の選択に影響を与えたということを示した「進路選択への影響」の3因子はプラスの影響であると考えられるとしており,いじめの影響にはマイナスの影響のみならずプラスの影響も存在することを示唆している。さらに,いじめの影響に違いを生じさせる要因のひとつにいじめによる心の傷の回復方法に違いがあることを明らかにした。また,いじめ被害経験から生じるプラスの影響を高くするためには,心の回復方法として信頼感を回復させること,いじめの体験をプラスに考えること,いじめられた経験について心の整理をすることが有効であるとしている。このように,いじめ被害経験がもたらす影響は,マイナスの影響とプラスの影響の両方があることが,これまでにいくつかの研究において明らかにされてきている。水谷・雨宮(2015)は,小学校から高校時代におけるいじめ経験が大学生のWell-Beingに与える影響について検討し,その結果,過去のいじめ被害経験と継続して経験したいじめ被害経験は,大学生時における自尊感情とWell-Beingに影響をもたらしていることを示した。このことから,いじめの長期化はその後の心的状態にマイナスの影響があることが想定されるが,具体的にどのような影響があるのかということについてはまだ十分に研究されてきているとは言いがたいだろう。


3.レジリエンス


  近年,精神的健康に必要な要因としてレジリエンスという概念が注目を浴びている。レジリエンスは日本語で,「弾力性」や「心のたくましさ」,「生きる力」などと訳されているが,最近の研究においてはそのまま「レジリエンス」と用いられることが多い。研究により使用されているレジリエンス尺度が異なるため一概に述べることは出来ないが,レジリエンスは総じて精神的健康を良好に保つための要因となっていると考えられている(中村・梅林・瀧野,2009)。
  レジリエンス研究は1970年代に始まったとされている。レジリエンスとは,精神的な脆弱性,および精神的健康に負の影響を及ぼすリスクに関する研究の流れで生まれた概念である(平野,2012)。これまでに欧米におけるレジリエンス研究は活発に行われてきたが,我が国での研究はまだ少ない(庄司,2009)。小塩ら(2002)は,レジリエンスとは「困難で脅威的な状態にさらされることで一時的に心理的不健康の状態に陥っても,それを乗り越え,精神病理的を示さず,よく適応している」状態のことを指す概念であるとしており,また,石毛・無藤(2005)は,レジリエンスを「ストレスフルな状況でも精神的健康を維持する,あるいは回復へと導く心理特性」と定義している。このように,日本語での表記のしかたも統一されておらず,定義も様々である。本研究では,石毛・無藤(2005)の掲げている定義を使用することとする。
  レジリエンスには個人差があるとされており,またこのレジリエンスは,さまざまな要因によって導かれる力であるため,誰もが保持し高めることが出来ると言われている(Grotberg,2003)。レジリエンスを高める臨床心理学的アプローチを行う上で,個人がレジリエンスをどのようにして身につけていくことが出来るかを考えていくためには,レジリエンスの生得的な側面と後天的な側面を考慮する必要があった。そこで平野(2010)は,それらの区別に注目するためにレジリエンスをパーソナリティであると考える立場をとり,レジリエンスを導く多様な要因,すなわちレジリエンス要因の中には後天的に身につけやすいものと,そうでないものがあると考えた。そして,レジリエンス要因を,持って生まれた気質と関連の強い資質的レジリエンス要因と,発達的に身につけやすい獲得的レジリエンス要因の2つに分けて捉えるために二次元レジリエンス要因尺度(BRS)を開発した。その結果,資質的レジリエンス要因は「楽観性」「統御力」「社交性」「行動力」の4因子から構成され,獲得的レジリエンス要因は「問題解決志向」「自己理解」「他者心理の理解」の3因子から構成されていることが示された。資質的レジリエンス要因の4因子に関して,「楽観性」は「将来に対して不安をもたず,肯定的な期待をもって行動出来る力」,「統御力」は「もともと不安が少なく,ネガティブな感情や生理的な体調に振り回されずにコントロール出来る力」,「社交性」は「もともと見知らぬ他者に対する不安や恐怖心が少なく,他者との関わりを好み,コミュニケーションをとれる力」,「行動力」は「目標や意欲を,もともとの忍耐力によって努力して実行出来る力」と捉えられている。これら4因子を総称した「資質的レジリエンス要因」のことを「ストレスや傷つきをもたらす状況下で感情的に振り回されず,ポジティブに,そのストレスを打破するような新たな目標に気持ちを切り替え,周囲のサポートを得ながらそれを達成出来るような回復力」と定義している。また,獲得的レジリエンス要因の3因子に関して,「問題解決志向」は「状況を改善するために,問題を積極的に解決しようとする意志をもち,解決方法を学ぼうとする力」であり,「自己理解」は「自分の考えや,自分自身について理解・把握し,自分の特性に合った目標設定や行動が出来る力」,「他者心理の理解」は「他者の心理を認知的に理解,もしくは受容出来る力」であると捉えている。以上3因子を概観して「獲得的レジリエンス要因」とは「自分の気持ちや考えを把握することによって,ストレス状況をどう改善したいのかという意志をもち,自分と他者の双方の心理への理解を深めながら,その理解の解決につなげ,立ち直っていく力」と定義している。
  羽賀・石津(2013)は,平野(2010)の作成した二次元レジリエンス要因尺度(BRS)を用いて研究を行った。その結果,「資質的レジリエンス」と「獲得的レジリエンス」がどちらも高い場合に最もストレス反応が低くなることが示された。さらに,比較的「資質的レジリエンス」の影響力の方が大きく,「獲得的レジリエンス」は「資質的レジリエンス」のはたらきをサポートするように作用していることが明らかになった。
  近年のパーソナリティ研究からは,レジリエンス要因にも遺伝的影響や生物学的影響の強いものがあることが示唆されており,レジリエンスの持って生まれた生得的な側面は容易に変えにくい可能性が考えられる。しかし,Grotberg(2003)の指摘からレジリエンスは後天的に変容していくものであり,高めていくことも出来ると考えられる。平野(2010)はレジリエンス要因のうち比較的獲得しやすい要因を明らかにすることで臨床心理学的介入の具体的方向性を見出しうると考えており,今後,獲得的レジリエンス要因のような後天的なレジリエンスを高めるための方法を探求していくことが個人のレジリエンスを高めるために必要であると考えられるが,どのような具体的な取り組みによってレジリエンスが後天的に高めることが出来るのかということについてはまだ明らかにされていない。


4.レジリエンスを促進する要因


  レジリエンスは,個人的な要因のみで説明出来るものではなく,環境的な要因も影響を及ぼしていると考えられている。現在,これまでの多くの研究によって個人を取り巻く環境的要因と個人の持つレジリエンスの間には何らかの関係があることが示されてきた。そのなかで,レジリエンスに影響を与える要因として,特に友人や家庭の存在が関連していることがこれまでの研究で示されている。山岸(2010)は,レジリエンスを促進する要因として「適切な環境」を挙げ,安定した家庭環境や親子関係,家庭外でのサポートや安定した学校環境などが含まれると述べている。また,則定(2007)によって,レジリエンスに影響を与える要因として親や親友に対する心的居場所感が自己受容を高め,自己受容がレジリエンスを高めることが示されている。
  これまでの研究において,親の養育態度などの直接的な関わりが子どもの性格形成や精神的健康に及ぼす影響については検討されており,子どもにとって身近な人物である親の存在は,子どものレジリエンスに対して何らかの影響を与えていると考えることが出来るだろう。
  葛西・藤井(2013)は回想された両親像に注目し,大学生を調査対象にレジリエンスの形成に関する研究を行っている。葛西らは子どものころの親子関係や幼少期における子どもの落ち込み経験に対する親の養育態度が青年期のレジリエンスに与える影響について検討し,その結果,子どもが捉える両親の立ち直る心の強さとレジリエンスはその子どものレジリエンス形成過程において重要であることを示している。しかし,具体的に親のレジリエンスのどの部分が子どものレジリエンスに影響をもたらしているのかについては明らかにされていない。また,野津(2014)は,親の養育態度が子どものレジリエンスにどのように影響をもたらしているのかについて,平野(2010)の二次元レジリエンス要因尺度を用いて検討した。その結果,親の受容的で肯定的なあたたかな姿勢が子どもの資質的レジリエンスを高めることが示唆された。このことから,子どもがどのように親の関わりやパーソナリティを認知しているかが子どものレジリエンス形成に影響を与えていることが推測される。一般的にも,「親の背を見て子は育つ」ということわざが存在しているように,親の存在は子どもに大きな影響を及ぼすことが推測されるだろう。
  以上より,本研究ではレジリエンスを促進する要因として特に親のパーソナリティと関わりに焦点を当て,子どものレジリエンスにどのように影響を与えているのかについて検討する。


5.楽観性


  楽観性に関する研究は,これまで主に2つのアプローチから行われてきている(伊澤,2011)。一方は,期待をその概念の中心に据えた属性的楽観性に関する研究であり,他方は楽観性を説明スタイルの観点から捉える楽観的説明スタイルに関する研究である。属性的楽観性は,将来の事象全般に対してポジティブな期待を抱く傾向を持つことを示すため,属性的楽観性が高い個人は自身が発揮しうる能力や保持している資源に対してもポジティブな期待を抱く傾向にある。また,楽観的説明スタイルとは,すでに生じた過去のイベントの原因をどのように帰属するかという点に着目した楽観性である。伊澤(2011)は,楽観性を属性的楽観性と楽観的説明スタイルの2種類にわけ,対人ストレス過程における楽観性について検討している。その結果,属性的楽観性が高い人は,対人ストレスイベントを経験した際の対処効力感が高く,楽観的説明スタイルを持つ人は,実際に対人ストレスイベントに遭遇しても自身の置かれた状況の脅威を低く判断していることが示された。以上をふまえ,楽観性の存在はストレスイベントに遭遇した際のストレスを低下させると考えられる。
  楽観性は平野(2010)の研究以外に,石毛・無藤(2005),井隼・中村(2008),山岸・寺岡・吉武(2010)からも,レジリエンスを構成している因子の1つであると示されている。石毛・無藤(2005)はストレス反応の抑制にはレジリエンスの中でも「自己志向性」と「楽観性」が寄与していることを示している。また,「楽観性」という名称は使われていないものの,竹田・山本(2013)が作成した日本人大学生用のレジリエンス尺度に含まれている因子の1つに「思考・感情の切り替え」があり,その下位尺度には「何とかなるさと思う」「ポジティブに考える」などの項目が含まれている。この下位尺度の内容は平野(2010)が示すレジリエンス「楽観性」に通ずるものがあるだろう。レジリエンスを高めるためには安定した家庭環境が必要(山岸,2010)であり,中村・小林・瀧野(2009)は発達段階別における日本のレジリエンス研究の動向をまとめており,小花和(2002)の提唱しているレジリエンスの因子「楽観」は家庭内外のサポートにより発達する因子に相当するとしている。
  また,これまでにさまざまな研究において,親のパーソナリティが子どもの発達に影響を及ぼすことが示されてきた。町田(2016)は,レジリエントな子どもを育てるためには親がレジリエントな人間でなくてはならないとしており,親が子の鏡となると言っている。このことから,子どもが自分の親を楽観的であると認知していると子どもも楽観的な考え方を習得していくのではないだろうかと考えられる。そのことがレジリエンス要因としての「楽観性」に影響をもたらし,親が楽観的であることは結果として子どものレジリエンスを高めるのではないだろうか。
  以上のことをふまえ,子どものレジリエンスを高める要因の1つとして親の楽観性に着目することとする。


6.共感性


  澤田(1998)は,共感を「他者の感情の理解を含めて,他者の感情を共有すること」と定義している。共感性とは人と人とが互いに助け合い,支えあい,理解しあって気持ちよく社会生活を送るのに役立つ重要な特性(登張,2003)であり,対人行動の成功が精神的健康に肯定的な影響を及ぼす(牧野・田上,1998)とされる。人間関係が希薄になりやすく,他人に無関心といわれている現代において,共感性の存在は無視出来るものではないと考えられるだろう。他者に共感出来るということは,年齢や役割に関係なくどんな人にとっても重要な意味を持つと考えられる。
  長谷川・下田(2012)は,共感性とソーシャル・サポートの関連について検討している。ソーシャル・サポートはストレスを感じ困難な状況にある他者に対する支援という行動であることから,他者の感情を共有しようとしていること,すなわち共感性が背景に存在すると考えられる。長谷川・下田(2012)は,他者の状況や感情体験に対して自分も同じように感じ,他者志向のあたたかい気持ちをもつこと,つまり共感的な関心をもつことは,他者への気遣いの傾向とも一定の関連性があると推察している。これらのことから,共感性の存在がソーシャル・サポートを行うことに対して影響を及ぼしている可能性が考えられる。
  植村ら(2008)は,共感性と向社会的行動の関連について検討している。その結果,他者の感情に対する他者志向的な反応が向社会的行動を導くことが明らかになった。これはつまり,共感性が高いと向社会行動を行いやすいということを示唆している。向社会的行動とは,他者が困っているときに,自分も他者のその感情を感じ,それによって相手を援助すること(無藤・森・遠藤・玉瀬,2004)である。以上の研究結果から,共感性を持つことが他者へのサポートや援助につながることが示唆された。
  石毛・無藤(2005)では,ソーシャル・サポートはレジリエンスの規定要因であることが示唆されており,受験期の学業場面で生じるストレスを克服するためには,個人の持つレジリエンスと身近な人々のサポートが必要であると述べている。また,葛西・藤井(2013)はレジリエンスの形成過程には周囲の人々のソーシャル・サポートが深く関連することを示している。これらの先行研究から,身近な人のサポートや関わりが子どものレジリエンスに影響をもたらしていることが示唆されており,そのなかでもとりわけ身近な人物の共感性が子どものレジリエンスに影響をもたらしている可能性が推測出来るだろう。
  また,斉藤・岡安(2014)によってレジリエンスは自尊感情の高さと関連があることが明らかにされている。自尊感情は親の共感によって高められる(山下・石・桂田,2010)との指摘もあることから,親が子どもに対して共感的であると,子どものレジリエンスを高めることが出来るのではないだろうか。そこで,本研究では子どもにとって身近な人物である親の共感性に着目することとした。
  しかし,共感性はパーソナリティであり,子どもが自身の親について回答する際に共感性を測定する尺度を用いて測定すると,回答が困難になることが予測出来る。たとえば,鈴木ら(2000)が作成した多次元共感性尺度には,下位尺度に「まわりの人がそうだといえば,自分もそうだと思えてくる」という項目や,「友達が喜んでいるのを見ると安心する」という項目などが含まれている。しかし,子どもが自分の親について,これらのことを親がどのように感じているかを推測することは困難であると考えられる。
  そこで,親の行う子どもに対する共感的な関わりに着目することで親の共感性が測定することが出来るのではないかと考えた。
  角田(1994)は共感経験尺度改訂版(EESR)を作成し,共有経験と共有不全経験を測定している。この共感経験尺度改訂版を調査に用いることで,子どもが認知している親からの共感経験を測定し,親の共感性が子どものレジリエンスに与える影響について検討する。

7.本研究の目的


  いじめを受けている場合は周囲の人に助けを求めることが困難であり,自分の力で回復することが必要であるのではないかと考えたため,その回復するための力として本研究ではレジリエンスに着目する。いじめ経験からの回復にはレジリエンスが必要であるということがこれまでの研究において指摘されている。荒木(2002)では,リジリエンシー尺度の作成を試み,その中で「愛他的信念」と「人生の肯定」の2因子がいじめ被害からの回復を促進する要因であることを示している。また,荒木(2001)は短大生を対象に,いじめられた経験があっても「負けず嫌いになった」などその後のパーソナリティの発達や自己肯定感とレジリエンシーとの間に正の関連があることを明らかにしている。坂西(1995)は,いじめられ経験によってもたらされる肯定的な影響は,逆境にも負けないという積極的な意味を見出そうとする被害者心理の表れかもしれないとしている。いじめ経験としての苦痛を受け一時的に精神的健康が損なわれても,レジリエンスがあれば精神的に健康な状態を保つことや,回復することができるのではないだろうか。レジリエンスを高め,保持することでいじめ被害を受け悩み苦しんでも,自殺してしまう児童生徒の数を減らすことが出来るのではないかと考える。また,いじめの被害を経験したと感じていない生徒は,いじめ被害を経験したことがあると認知している生徒に比べてレジリエンスが高かった(菱田,2012)。レジリエンスが高いと自分がいじめ被害を受けていると認知しにくい,すなわちいじめ被害を受けにくい(菱田ら,2012)という指摘より,レジリエンスを高めることでいじめ被害を深刻なものと受けとめにくくさせる可能性があると考えられる。Grotberg(2003)によって,レジリエンスは誰もが高めることが可能であるとされているため,後天的にレジリエンスを高めていくための具体的な方法を明らかにすることでいじめ被害を受ける子どもの数を減らすことが出来るのではないだろうか。
  いじめ被害経験がもたらす長期的影響や,継続的にいじめ被害を経験することがその後の心理状況に影響をもたらすことはこれまでの研究において示唆されているが,長期化したいじめ被害経験がレジリエンスに与える影響についてはまだ検討されていない。
  そこで,本研究では,いじめ被害経験を小学校から高校までの間に経験したことがある青年に着目し,小学校期・中学校期・高校期におけるいじめ被害経験が子どものレジリエンスに与える影響について検討することを第一の目的とする。また,子どもが自身の親の楽観性,共感性をどのように認知しているのかを調査し,その親の楽観性と共感性が青年期における子どものレジリエンスにどのように影響しているのかについて検討することを第二の目的とする。
  以上より,本研究ではいじめ被害経験とレジリエンスの関連について検討し,親のパーソナリティとしての楽観性と,親の共感性としての親からの共感経験が子どものレジリエンスに与える影響について検討することを目的とする。



【仮説】

【仮説】



  仮説1:いじめ被害を継続的に受けていた人は,現在のレジリエンスに負の影響があるだろう。
  仮説2:親の楽観性が高ければ子どもの資質的・獲得的レジリエンスは高いだろう。
  仮説3:親の共感性が高ければ子どもの獲得的レジリエンスが高いだろう。


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