9 自己認知の歪み
先述したように人は、自分が経験したことをもとに自己に関する知識を体系化し、自己概念を形成していくが、その過程では現実に忠実に沿っているわけではなく、情報を自分に都合の良いように歪めると考えられている。「得意な分野では自分は他の人よりも優れているだろう」、「自分に限って詐欺に遭うことはないだろう」など、自分のことや自分の未来のことを肯定的に捉えてはいないだろうか。
Taylor & Brown (1988) は、通常の人間の思考には、自分に対する肯定的な評価や、自分の統制力に対する大げさな自信や、現実とはかかわりのない楽観主義などの特徴がみられることが、数多くの調査結果から証明されていると述べている。Taylor & Brown (1988) は、「実際に存在するもの・ことを、自分に都合よく解釈したり想像したりする精神的イメージや概念」のことをポジティブ・イリュージョン(以下、PIとする)と呼んだ。PIは、自己認知と精神的健康との関連を扱う研究の中で、近年注目が集まっている領域である。テイラー(1989)によると、以前は多くの研究者たちの間で「現実を正しく知るのが健康な心である」という考え方が支持されていた。しかし、自己の研究が進むにつれ、今では「精神的に健康な人は、自分の都合の良いように情報を歪めている」という考え方が多くの研究者の間で支持されているのだ。
PIの内容については3つのカテゴリーに分類される。テイラー(1989)によると、1つ目は、「自己高揚 (self-enhancement) 」であり、これは自分の過去や特性などについて肯定的に認識することである。2つ目は、自己のもつ統制力への非常に強い肯定的な認識であり、自分は未来に起こる悪いことを回避し、望ましい結果をもたらすことができる力があると信じていることである。3つ目は、現実とはかかわりのない楽観主義であり、将来に悪いことなど起こるはずがなく、自分の将来にはチャンスが次々と待ちかまえているという認識である。
PIは、主に海外で多く研究されているが、近年は日本でも研究がされるようになってきている。外山・桜井(2000)は、PIと精神的健康との関連を検討し、日本人でも自己を相対的に肯定的に捉える人たちの方が精神的に健康であることを明らかにした。さらに、外山(2008)が小学生に対して行った研究では、高すぎるPIを持つ児童は、自己評定では精神的健康、適応が高かったが、他者評定では攻撃性が高く、クラスメイトから受容されていないという結果が出ていた。
このように、自己卑下や自己批判傾向、消極的自己肯定をみいだす(遠藤, 1995)といわれる日本人についても、近年の研究ではPIが精神的健康や行動と関連していることが明らかになっている。
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