【考察】

 1.フローパーソナリティについて

 

 1-6.フローパーソナリティの有無について  

 これまで,フローパーソナリティについて検討をしてきた。しかし,本研究では実際のフロー経験とパーソナリティに関係性があるとは言えなかった。そのことについて,二つの可能性を示したい。  

 第一に,調査方法に問題があった可能性がある。本調査では,ESM調査をSNSを用いて一日5回の回答,二日間で最大10回の回答で行っている。ここに,三つの問題点が挙げられる。一つ目はESM調査期間が土曜日と日曜日の二日間と少なかったことである。そして,二つ目として,一日の回答回数が5回と少なかったことである。確かに,浅川(2003)や佐橋(2003)が行った調査では,一日に8~9回の合図で一週間に渡り調査が行われており,これらの調査と比較するとESM調査の回数は少なかったのかもしれない。しかし,Csikszentmihalyi & Graef(1975a)の調査は二日間,自分の行った活動を記録するというESM調査と酷似した実験を行っており,その調査からマイクロフローの型の分類を試みている。そのため,本調査期間であった二日間という日程に問題があった可能性は少ないだろう。また,桾本・金城(2009)の調査では一日に3回の合図,計7日間でESM調査を実施していた。この調査は,確かに調査期間は長いが一日あたりのESM回数が極端に少ないため,サンプリングの偏りがあった。この調査と比較すると,一日に5回の合図を送る調査方法は,8~9回に比べると少ない可能性もあるが,サンプリングに偏りはなく適正であったといえる。そして,調査方法の問題点の三つ目はESM調査をSNSで行った点である。ESM調査で多く用いられている方法はESMレポートと呼ばれる小冊子を渡し,合図を出した時点でそれに記入してもらうという方法であった。しかし,本研究はSNSという拘束力のない媒体での調査であったため,記入率が下がった可能性がある。そのため,被験者において回答数のバラつきが大きかった。二日間で1回も回答していない者もいれば,10回回答している者もいる。このバラつきが研究結果に大きく影響を与えている可能性も考えられた。しかし,本研究で行った分析ではclearデータという1日に3回以上それぞれ回答している被験者だけを集めたデータでの分析が多く,SNSを用いたことによる影響は少ないと考えられる。そのため,実際のフロー経験とパーソナリティに関係性が見られなかった要因として考えた,調査方法には大きな問題はなかったといえる。しかし,フローの調査方法としてESM調査を用いて検討することに限界がある可能性は示されたともいえる。  

 そして,第二の要因といて考えられることは,そもそもフローパーソナリティが存在しないという可能性がある。本研究では従来,行われてこなかった質問紙とESM調査を合わせた調査を行った。そもそも,オートテリック・パーソナリティという概念の研究が行われ始めたのは1990年代以降である(チクセントミハイ,2003)。そもそも,フローを経験しやすい人とフローを経験しづらい人がいるという考えから始められた研究であった。そしてその当初は,ESM調査で得られたデータをもとにオートテリックパーソナリティを測定するという方法が用いられており,オートテリックパーソナリティを測定する指標としてフローに入った時間が用いられていた(Adlai-Gail, 1994; Hektner, 1996)。つまり,ESM調査で集めたデータからより多くフロー経験をしていた人をオートテリック・パーソナリティと呼んでいたということである。しかし, ESM調査で得られたデータは瞬間瞬間のデータであるため,各個人の環境内に偶然存在した,取組可能な行為の機会に左右される (チクセントミハイ・ナカムラ,2003)。そこで,質問紙で日常生活において熱中する頻度を尋ねる方法が取られてきた。本研究では,これまでされてこなかったESM調査とフローパーソナリティ尺度の整合性について検討を行ってきた。その結果,質問紙で測定したフローパーソナリティと実際の活動やフローとの間に整合性は見られなかった。つまり,質問紙調査,ESM調査で測ることが出来るフロー状態やパーソナリティには,それぞれ限界があることが見出されたといえる。質問紙調査では,自己が知覚するフロー状態について測定し,ESM調査では日常生活での実際のフロー体験を測定している。そして,質問紙でパーソナリティを測定した上でフローとの関係性を見ると,同時点同士(質問紙内)の関係性は見られたが,ESMとの関係はなかった。つまり,フローとパーソナリティの関係性は見られたものの,実際の体験とパーソナリティには関係が見られなかった。これは, ESM調査で抽出したフローという経験が深いフロー経験なのか,マイクロフロー経験なのかを区別しづらいことと関係している可能性がある。すなわち,フローパーソナリティが存在し,フローとフローパーソナリティの関係はあるものの,マイクロフローとの関係はない場合,ESM調査ではどちらの経験を即定しているのか判断ができない。そのため,質問紙調査で測定したフローパーソナリティとESM調査で抽出した経験の整合性が見られなかったと考えられる。  

 そして,ESM調査を用いてフローパーソナリティを議論することについても検討する必要がある。なぜなら,ESM調査で得られるデータはすでに指摘されてきた通り,一日のある瞬間を切り取ったデータに過ぎないからである。つまり,その人がその時点で置かれている状況や環境に大きく影響された経験となっている。そのため,もしフローパーソナリティが存在するならば,年齢に関わらずフローパターンは変わらないだろう。しかし,佐橋(2003)は中年期の女性において積極的レジャーはフローを促進するものの,これらの機会は極めて少なく,フローに入りづらい消極的レジャーの経験が多いと述べている。これより,年齢によってフロー経験の多さが異なると考えられる。そして,その原因として考えられることとしては,年齢による活動経験の機会の差である。つまり,フローパーソナリティがフローへ入りやすくしているのではなく,活動中の環境や状況がフローに入りやすいか,入りにくいかでフロー経験の多さが異なってくるといえる。そしてCsikszentmihalyi(1975,1990)は,発見の感覚,人を新しい現実へと移行させる創造的感情を内包し,その感情が人の能力をより高い水準へと押し上げ,自己を成長させる活動をフロー活動と呼んでいる。これより,フローに入りやすいフロー活動とそうでない活動でフロー経験のしやすさは異なり,どちらの活動を行う機会が多いかということがフロー経験の多さへと影響を与えていることが示唆される。  

 本研究ではオートテリック・パーソナリティの分類を試みたものの,そもそもフローに対するパーソナリティは存在しない可能性が示された。しかし,あくまでもESM調査は一日の瞬間を切り取ったデータにすぎないため,抽出した経験のランダム性に大きな影響を受けている可能性も見逃せない。そのため,本研究でフローパーソナリティの有無について断言することは難しい。また,実際に質問紙上でフローパーソナリティと活動種の経験の質には違いが見られたことも踏まえると,“活動の種類によって価値の見出しやすさが異なる”というフローパーソナリティの一端が見えたともいえる。本研究では,パーソナリティの分類と実際の活動の合致性について検討するため,新たに日常生活におけるフローパーソナリティ尺度を作成し,ESM調査との整合性について検討をしてきた。先述した通り,質問紙調査のみでフローパーソナリティの存在について断言することはできないが,本研究より,身体的活動に価値を見出しやすいK-AP者,社交的活動に価値を見出しやすいS-AP者,どちらの活動にも価値を見出しやすいKS-AP者が存在するという可能性が示されたといえる。また,ESM調査においてフローとマイクロフローの区別が難しいということを踏まえると,フローとフローパーソナリティに関係はあるものの,マイクロフローとパーソナリティには関係がないという可能性も考えられる。  

 以上より,本研究では質問紙とESM調査からフローパーソナリティと実際の活動やフロー経験との関係性は見られなかったものの,同じ時点での質問紙調査の結果からK-AP者,S-AP者,KS-AP者というフローパーソナリティが存在する可能性が見出された。また, ESMでパーソナリティとフローに関係が見られなかった原因として,ESMで抽出した経験は深いフローかマイクロフローなのかを区別しづらかったことが考えられる。すなわち,フロー経験とパーソナリティは関係しているものの,マイクロフローとパーソナリティは関係していなかったために,どちらのフロー経験か区別できなかったESMとパーソナリティには関係が見られなかったと考えられる。以上より,マイクロフローとフローパーソナリティには関係がない可能性も示された。そのため,従来のオートテリック,ノン・オートテリックというパーソナリティではなく,“活動の種類によって価値の見出しやすさが異なる”というフローパーソナリティや,マイクロフローと深いフロのーパーソナリティとの関係,もしくは,マイクロフローにおけるパーソナリティとの関係について,今後のフロー研究でさらに明らかにされる必要があるだろう。



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