考察


4. 音楽速度と楽観性が課題前後の変化に及ぼす影響

4-1 精神テンポ
 音楽速度と楽観性の高さが精神テンポの変化にどのように影響しているのかについて,課題前ごという時期の要因を含めた3要因分散分析を行った.結果はTable23に示した通りである.
 まず2次の交互作用が見られたことから,音楽と楽観性と課題の前後という時期の要因は精神テンポに何かしら影響しているということが示された.これをグラフにしたものがFigure4である.このグラフを見ると,楽観性の高さによる精神テンポの差があること,課題前後の精神テンポの差について,速い音楽群の比較を行うと楽観性低群と高群では異なる変化をしていること,その中でも楽観性低群において速い音楽を聴いた群での課題前後の差が大きいことが読み取れる.まず,楽観性の高さによる精神テンポの差については,「2楽観性と精神テンポについて」の考察の際に述べたように楽観性が高いと精神テンポが速く,楽観性が低いと精神テンポが遅いという結果と同じものである.次に課題前後の差について詳細に考察していく.
 まず課題前後の速い音楽群における楽観性の高さの違いでの変化の違いについて,速い音楽群において,楽観性の高さと課題前後の変化による単純交互作用がみられ,速い音楽群において,楽観性が低いと精神テンポはすごく遅くなるのに対し,楽観性が高いと精神テンポは多少遅くはなるがそこまで変化しないことが示された.つまり,楽観性の高さにより精神テンポの変化のしやすさが違う可能性が考えられ,楽観性が高い人は精神テンポが変化しづらいが,楽観性が低い人は精神テンポが変化しやすいということが示唆された.また,精神テンポは恒常性が高く大きく変わることがないため,精神テンポが変化しやすいパーソナリティに関する論文はあまりないが,楽観性が一時的な精神テンポの変化のしやすさに関わっている可能性を示す結果がでたと考えられる.しかしながら,テンポが速い音楽を聴いたときのみの結果であることから,楽観性の高さと音楽のテンポの組み合わせによる影響によって精神テンポの変化は起こるのではないだろうか.
 グラフから,テンポが速い音楽群以外の2群は課題前後で精神テンポが遅くなることが読み取れる.これらについては,音楽がない群には課題前後という時期による単純・単純主効果が見られ,音楽がない場合,課題後に精神テンポが有意に遅くなることが示された.
 遅い音楽群の楽観性高群と速い音楽の楽観性低群においても同様に課題後精神テンポが遅くなっていた.すなわち楽観性高群はテンポが遅い音楽,楽観性低群はテンポが速い音楽を聴くことで精神テンポが遅くなるということである.これは,楽観性高群は精神テンポが速く,楽観性低群は精神テンポが遅いということを考慮すると,自分の精神テンポと違う音楽を聴いたとき課題前後の精神テンポの差に有意な差があるということであるため,同テンポの音楽を聴いたときのほうが精神テンポがあまり変化せず,比較的一定に保たれているということが考えられるのではないだろうか.精神テンポが落ち着いて一定であるということは普段通りその場に居られているということになるため,同テンポの音楽を聴くと,落ち着くので無いかと考えられる.これは,同テンポの音楽を聴くことでリラックス効果を高めることが出来るという市川ら(2011)と関係する結果と考えられる.
 また,課題後の楽観性の高さによる精神テンポの差について,課題前の差よりも課題後の差が有意であり,さらに大きな差があることから(Figure5),楽観性が低いの人の精神テンポが課題前の精神テンポよりもさらに遅くなることによって差が開くことから,上記で述べたように,楽観性が低い人はテンポの速い音楽の精神テンポへの影響が大きいという可能性が高いことが考えられる.
 また,全ての群において課題前後で精神テンポは変化し,事前よりも事後の方が精神テンポは遅くなることがグラフから読み取れる.これについて課題前後の変化による主効果において5パーセント水準の有意な結果が得られ,課題後に精神テンポが遅くなる傾向があることが示された.全ての群に共通しているものとして,課題を行ったことと実験室にいたことの2つが考えられる.そのため,この2つが精神テンポの差に影響したのではないかと考えられる.まず,課題による影響として,塗り絵を行ったことで精神テンポが変化したことが考えられる.これについては,塗り絵はストレス解消のための作業として利用される場合があることから,この後に考察する感情の変化とも関係してくるのではないかと考えられる.また,実験室にいたことというのは,初めて来た場所では緊張したり,課題をすると言われたら出来るか不安になったりする感情が出てくることがあるのではないだろうか.これによって精神テンポに差が出たのではないかと考えられるため,精神テンポが課題前後で変わり,課題後は精神テンポが遅くなることについてはネガティブ感情と共に後ほど考察することとする.
 また,実験参加者は,課題前緊張している人が多く,課題後は少し安堵している様子がみられ,実際に課題前よりも課題後の方がゆっくりと落ち着いてアンケートに答えている様子が見られた.また,課題前に「1分だと思うタイミングで手を叩いてください」と言われて驚いている参加者が多かったのに対し,二回目(課題後)の時はあまり驚いている様子は見られなかった.さらに実験終了時,精神テンポ測定について以下のように述べている参加者がいた.速い音楽群の実験参加者は,課題後の精神テンポ測定について「少し早めの音楽だったから,音楽のテンポにつられないようにしないといけないと思って,ゆっくりめに数えた」と述べていた.また,遅い音楽群の実験参加者からは「数えてたら,聴いていた音楽のテンポくらい遅くなってしまった」などの声があった.
 これらのように,音楽のテンポは精神テンポにいくらか影響するのではないかと考えられる.

4-2 ネガティブ感情
 音楽速度と楽観性の高さがネガティブ感情の変化にどのように影響しているのかについて課題前後の時期の要因を含めた3要因分散分析を行った.結果はTable24に示した通りである.ネガティブ感情については,課題前後の変化による主効果のみが見られ,課題後にネガティブ感情は低下する傾向があることが示された(Figure6).音楽の有無やテンポによる差はみられず,ネガティブ感情の低下に音楽は影響しなかった.このように音楽なし群もネガティブ感情が下がっていることから,仮説3の音楽聴取後ネガティブ感情が低下するという一部は支持されなかった.課題後にネガティブ感情が低下する理由として,課題が終わったことによる安堵感や緊張感の低下や,実験室に慣れたこと,課題による影響などが考えられる.先ほど4-1の精神テンポが下がる理由の一つとして述べた様に,塗り絵はストレス解消のために利用される場合があり,それはネガティブ感情を下げる役割を担っていたという可能性が考えられる.また,塗り絵は緊張や不安を低下させることが示されており(埜ア・宮ア・中館,2014),塗り絵による効果があったことが考えられる.このネガティブ感情の減少と精神テンポが遅くなることについて関連があるのではないだろうか.板垣・野崎(2016)は快いテンポを聴取したとき,脈拍や呼吸数のような生理的観点から見ると落ち着いているということを述べている.つまり,音楽で心地よいと思ったとき精神テンポは落ち着くと考えられる.このように音楽聴取を行うとネガティブ感情が減少し,精神テンポが落ち着くという流れが成り立つ可能性があるのではないだろうか.
 また,グラフを見ると,楽観性低群・高群共にテンポが遅い音楽を聴いて塗り絵を行った時,テンポが速い音楽を聴いたときと音楽なしのときよりもネガティブ感情が下がることが読み取れる.このことから,テンポが遅い音楽を聴きながら塗り絵を行うことでネガティブ感情を低下させることが可能であると考えられる.テンポの遅い音楽を聴く事で,活動的な快気分(活気あるなど)が低下すると内藤(2006)は示している.ネガティブ感情は快気分とは反対に当たるものと捉えるとすると,遅い音楽はネガティブ気分をも下げてしまう可能性があるということが示唆された.

4-3 ポジティブ感情
 音楽速度と楽観性の高さがポジティブ感情の変化にどのように影響しているのかについて課題前後の時期の要因を含めた3要因分散分析を行った.結果はTable25の通りである.
 まず2次の交互作用が見られたことから,音楽と楽観性と課題の前後という時期の要因はポジティブ感情に影響しているということが示された.このことから,グラフを比較してみると(Figure7),楽観性低群では音楽を聴いた群の課題前後のポジティブ感情は上がっているが,音楽がなかった場合課題前後のポジティブ感情が下がっているのに対し,楽観性高群では,音楽を聴いた群は課題後ポジティブ感情が下がっており,音楽が無かった場合,課題後にポジティブ感情が上がったことが示された.これに関連して有意な結果が出たのは,速い音楽群における楽観性の高さと課題前後のポジティブ感情の変化についての単純交互作用のみであった(Figure8).これによって,テンポの速い音楽を聴きながら塗り絵を行った時,楽観性が高い人は課題後にポジティブ感情が下がるのに対し,楽観性が低い人はポジティブ感情が上がることが示された.そのため,楽観性が低い人はテンポが速い音楽を聴くことでポジティブ感情を高めることが出来る可能性があると示唆された.さらに,有意な結果は得られなかったが,先に述べたように,テンポが遅い音楽を聴いた場合もテンポが速い音楽を聴いたときと同様に,楽観性高群はポジティブ感情が下がるのに対し,楽観性低群はポジティブ感情が上がることから,楽観性が高い人は音楽を聴きながら作業をしてもポジティブ気分は上がらないが,楽観性が低い人は音楽を聴きながら課題を行うとポジティブ気分が上昇する可能性が高いことが示された.つまり,楽観性が低い人は音楽を聴きながら作業を行うとポジティブ感情が増えるため,楽観性が低い人は音楽を聴くと良い影響がある可能性があると考えられる.それとは逆に,楽観性が高い人は音楽がない環境で作業をした方がポジティブ感情を上げるためには良いだろう.内藤(2012)が音楽聴取後に快感情が生起されると述べていたり,辛島ら(2012)も同じように音楽聴取後はポジティブ感情が喚起されると述べていたりしたのに対し,本研究ではポジティブ感情が喚起されない人がいたことにより先行研究とは少し異なる結果となり,楽観性が高い人はポジティブ感情が喚起されない可能性があることが考えられる.
 また,課題後のポジティブ感情については楽観性の高さによる単純・単純主効果が見られたことから,楽観性が高いとポジティブ感情が高く,楽観性が低いとポジティブ感情が低いと言うことが示された.これは,外山(2013)が,楽観性はポジティブ感情を予測する要因となり得ると先行研究で述べていたものと同じ結果であると考えられる.



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