考察
3. 音楽速度と楽観性が作業認識・課題評定・課題態度・作業時間に及ぼす影響
音楽速度と楽観性が作業にどのように影響しているのかについて検討するため,音楽速度と楽観性を独立変数として,従属変数に作業認識,課題評定,課題態度,作業時間とした2要因分散分析を行った.
3-1 音楽速度と楽観性と作業認識について
音楽速度と楽観性が作業認識にどのような影響を及ぼしているのかについて検討するために,音楽速度と楽観性を独立変数とし,作業認識のそれぞれを従属変数として2要因分散分析を行った.結果はTable5~9に示した通りである.
音楽速度と楽観性が作業認識に影響しているのかにおいて,有意な結果は得られなかった.つまり,音楽速度や楽観性による作業認識への影響はあまり無かったということであり,仮説1,2の楽観性が高い人はテンポが速い音楽を聴いたとき,楽観性が低い人はテンポが遅い音楽を聴いたときに作業認識得点が良くなるという部分が支持されなかったと考えられる.しかしながら,平均値を見ると,もう一度行いたいか,無意味,作業感において,遅い音楽群では楽観性高群よりも楽観性低群,速い音楽群では楽観性低群よりも楽観性高群の方が良い数値が示された(Table5~7).これは,楽観性が高いと精神テンポが速く,楽観性が低いと精神テンポが遅いと捉えると,精神テンポと合っている音楽を聴いたときの方が精神テンポと違うテンポを聴いたときよりも作業認識がよくなるということであると考えられる.もう1度行いたいかにおいては,遅い音楽群の方が速い音楽群よりも得点が高いことが示された.これにより,仮説7の遅いテンポの音楽を聴いたときの方が速いテンポを聴くよりも得点が高いという一部が支持された.これは吉野(2003)が示した,遅いテンポの音楽を聴きながら作業を行ったときその印象が良いという先行研究と類似した結果である.しかしながら,無意味だと思うかどうかについての項目では,テンポが速い音楽を聴いたときの方がテンポの遅い音楽を聴いたときよりも得点が低く良い結果であると認識出来る.これは速い音楽を聴いたときの方が無意味ではないと思う人が多かった結果だと考えられる.そのため,仮説7のテンポの遅い音楽を聞いたときの方がテンポの遅い音楽を聴いたときよりも無意味得点が低いという一部の仮説が支持されなかったと考えられる.これについて,無意味かどうかに関しては,研究協力を依頼している時点で意味があることだと思って行っている人が多いことも考えられる.そのため,全ての平均が近い数値となったのではないだろうか.
さらに,速さと正確さのどちらを重視するかにおいて,楽観性高群では速い音楽を聴くと速さを重視する傾向が見られるが,楽観性低群は速い音楽を聴くと正確さを重視する傾向が見られる.これについて,遅い音楽を聴くと全く逆の結果が表され,楽観性低群はどちらかというと速さを重視する傾向にあり,楽観性高群は正確さを重視する傾向にあることが示された.これらのことから,精神テンポとは違う音楽を聴くと速さを重視する傾向をもち,同じテンポの音楽を聴くと正確さを重視する傾向がある可能性があると考えられる.これによって,速さと正確さのどちらを重視するかによって聴く音楽を変化させると良いということが示唆されたため,自身のパーソナリティに合う音楽を行う作業によって使い分けると良いのではないだろうか.
また,体感時間について,遅い音楽>音楽なし>速い音楽の順で長いと感じていたことが示されたが,作業時間が関わってくることが考えられるため,作業時間とともに後程考察を行う.
3-2 音楽速度と楽観性と課題評定について
音楽速度と楽観性が課題評定にどのような影響を及ぼしているのかについて検討するために,音楽速度と楽観性を独立変数とし,課題態度のそれぞれを従属変数として2要因分散分析を行った.この結果についてはTable10〜15に示した通りである.
音楽速度と楽観性による課題評定への影響については,境界線において音楽速度による主効果が見られ(Table13),速い音楽群よりも遅い音楽群の方が境界線に関する得点が低いことが示された.課題評定においては,得点が低い方がより丁寧であるため,遅い音楽群の方がより丁寧に境界線を書いていることが分かる.これにより,音楽によって課題への影響があった事が示された.しかしながら,楽観性による差が見られなかったため,仮説1の楽観性が高い人は速い音楽を聴くと遅い音楽群と音楽なし群よりも課題評定が良い結果となるという部分と,仮説2の楽観性が低い人は遅い音楽を聴いたときは,速い音楽群と音楽なし群よりも良い結果となるという部分が支持されなかったといえる.ただ,音楽による主効果が見られたことから,音楽の有無やテンポの違いによって作業の出来高に影響があるとは言えそうである.
速い音楽を流すと境界線が雑になってしまうことに関して,阿部ら(2010)の研究において,テンポが速すぎるとミスが増発する結果が示されている.境界線についても同じようにテンポが速すぎたために雑になってしまったことが考えられる.また,平均値差から,すきま,はみ出した数においても得点が遅い音楽よりも速い音楽の方が高く,境界線と同じような傾向がみられた(Table10,11).このことから,遅いテンポの音楽を聴きながら作業をすると丁寧に行うようになる可能性があるのではないかと考えられる.
3-3 音楽速度と楽観性と課題態度について
音楽速度と楽観性が課題態度にどのような影響を及ぼしているのかについて検討するために,音楽速度と楽観性を独立変数とし,課題態度のそれぞれを従属変数として2要因分散分析を行った.課題態度とは,課題を行っている姿を録画し,その録画を観察することで得られたデータである.この結果についてはTable16〜21に示した通りである.
音楽速度と楽観性による課題を行っているときの態度への影響について,確認作業について音楽なし群の方が速い音楽群よりも数値が高いことが示された(Table16).これについて,今回の課題では,速い音楽があることによってミスが増えることを課題評定での考察の際に述べたが,確認作業についてもこれが関わっているのではないかと考えられる.さらに,「速さと正確さのどちらを重視するか」において,速い音楽群の楽観性高群に限りではあったが,「速さ」を重視する傾向がみられた.つまり,速い音楽は速く終わらせようという正確さよりも速さを選択してしまう傾向があり,時間のかかる確認作業をしないという行動を促してしまう可能性が考えられる.これらのことから,なにか作業を行う際ミスをしないほうがいい場合は速い音楽は聴かないほうが良いのではないだろうか.
また,塗る速さに関して楽観性の高さによる主効果において10パーセント水準の有意傾向がみられ,楽観性高群の方が楽観性低群よりも塗る速さが速い傾向があることが示された.つまり,楽観性が高い人の方が,楽観性が低い人よりもペンを動かす速さが速いということである.このことから,楽観性が高い人の方が短い時間で作業を終わらせたいと思っているのではないかと考えられる.「速さと正確さのどちらを重視するか」においても,遅い音楽群以外の平均値の比較では,楽観性高群の方が楽観性低群よりも少し速さを重視していることが示されている.これらのことからも,楽観性が高い人は速さを重視する傾向があると考えられる.また,楽観性高群はt検定の結果から,楽観性低群よりも精神テンポが速いことが示されている.このように,楽観性高群の人は作業を自分のテンポと同じように速く行う傾向が強いのではないだろうか.そもそも精神テンポとは日常に表出される様々なテンポのことである(杉之原ら,1993)ため,作業を行う速さ自体も精神テンポの影響を受けると考えられる.つまり,ここで見られた,楽観性が高いと塗るスピードが速い傾向にあるということは,精神テンポの速さを裏付ける結果とも言えるのではないかと考えられる.
3-4 音楽速度と楽観性と作業時間について
作業時間については,個人差を統制するために事前に小さめの色塗りをさせている.そのため,共変量に事前色塗りの時間を入れて分析を行った.音楽速度と楽観性が課題態度にどのような影響を及ぼしているのかについて検討するために,音楽速度と楽観性を独立変数とし,課題態度のそれぞれを従属変数として2要因分散分析を行った.その結果はTable22の通りである.
作業時間について,音楽速度と楽観性における有意な結果は得られなかった.しかしながら,平均値を比較してみると遅い音楽群において他の音楽群よりも時間がかかっていることが示された.これは,吉野(2003)の遅いテンポを聴くと作業が遅くなってしまうという結果と同じである.
有意な結果は出なかったが,平均値差から,遅い音楽群では楽観性低群,速い音楽群では楽観性高群の方が作業時間は短いことが示された.このことから,仮説1の楽観性が高い人は遅い音楽を聴く時よりも,速い音楽を聴いた時の方が作業時間は短くなるという一部と,楽観性が低い人は音楽が無い時と速い音楽を聴いた時よりも,遅い音楽を聴いた方が作業時間は短くなるという一部は支持される可能性があると考えられる.しかしながら,楽観性が高い人は音楽を聴かないときが最も作業時間が短いため,仮説1の楽観性が高い人は音楽が無い時よりも速い音楽を聴いた時の方が作業時間は短くなるという部分が支持されないと考えられる.これらのことから,楽観性が高い人は音楽が無い環境,楽観性が低い人はテンポが遅い音楽が流れている環境がもっとも作業を早く終わらせることができる可能性があることが考えられる.
また,平均値を比較すると音楽がない群においてのみ,楽観性高群の方が楽観性低群よりも時間がかかっていないことが示された.これは,楽観性が高い人の方が,楽観性が低い人よりもパフォーマンスが高いという内藤(2012)と同じ傾向だと考えることが出来る.課題態度で測った塗るスピードの結果とも一致し,楽観性が高い人は速く終わらせる傾向がある可能性が示唆された.
作業時間と作業体感時間について,平均値を見比べてみると,全ての群において実際にかかった時間よりも短い時間を答えている結果が示された.作業時間が最も長い遅い音楽群は体感時間も最も長く感じていることが分かる.また,音楽なし群でさえ実際の時間よりも短く答えられていることから,音楽による時間感覚の変化はなかったと考えられる.遅い音楽を聴いて作業を行うと,作業が遅くなり,体感時間も長くなると考えられるため,仮説6のテンポの遅い音楽を聴いたとき,作業の印象が良いということが考えられるため,テンポが速い音楽を聴いたときや音楽がない環境よりも体感時間は短いという考えは支持されなかった.
また,全ての群において体感時間が短いということは,塗り絵に集中していたため,時間の変容が起こったのではないだろうか.Csikszentmihalyi,M.(1990)は, フロー理論を提唱しており,フロー状態に陥ることで時間変容が起こり,実際にかかった時間よりも短い時間しか作業していないような感覚になることがあることを述べている.そもそもフローとは,一つの活動に深く没入していて他のものは問題にならない状態であり,だんだんと没頭していたもの自体が楽しく,そのものをするために多くの時間や労力を費やす状態であるとCsikszentmihalyi,M.(1990)は述べている.これらのことから,実験参加者は多くの人が塗り絵課題においてフロー状態に陥ったことが考えられる.つまり,音楽や楽観性という要因ではなく,塗り絵に集中したことによる時間変容が起こったと考えられる.
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