考察
1.歴史的ノスタルジア感情を喚起させる要因
仮説(1)〜(4)について,写真評価に関する記述統計と合わせて考えると写真から受け取る「メッセージ性」が歴史的ノスタルジアの喚起を促進させることが推測される。
1-1.仮説(1) 「松」の景観は歴史的ノスタルジア感情を喚起させる
まず,白砂青松という言葉で表されるような「砂浜と松」の写真提示では,ノスタルジア感情が高いものの,歴史的ノスタルジアは「松なし」に比べ高くないことから,仮説(1)は支持されなかった。しかし,万葉集の歌からも読み取れるように昔から親しまれてきた「白砂青松」の風景を見ることで「思いにふける」「しみじみとする」「切なくなる」といった“bittersweet”の感情は喚起されることが示された。
本研究で用いた「松」の景観の写真によって歴史的ノスタルジアが喚起されなかったことについて,歴史的ノスタルジアの喚起のメカニズムを考慮する必要があったのではないかと考える。たとえば,Barrett et al.(2007)は,脳を絶え間なく外界の感覚情報と内界の体性内臓情報といったコアアフェクト,そして事物または状況に関する既存の知識を処理・統合して,特定の意味と特定の仕方で行為する傾向,すなわち感情状態を生みだしているという。概念知識として得ることで過去を美化する感情が生起され,これがノスタルジア感情だと感じるのではないかと考えられる。つまり,その場所の歴史的な遺産や背景的な説明の知識を持つことで,それぞれの刺激を見たときに生じた生理的変化をノスタルジア感情だと認知したのではないかと憶測される。「松あり」の写真についていうと,「心地よい」,「メッセージ性」,「構図バランス」,「よい風景」,「好きだ」の写真の評価が高く,良い写真だという感覚を抱き「思いにふける」といった項目がノスタルジア感情を喚起させたのではないか。一方で,歴史的ノスタルジアについて,今回の実験参加者の大学生が白砂青松といった松に関する詳しい歴史的な説明や知識を持っていなかったために歴史的ノスタルジアが喚起されなかったのではないかと予想される。
1-2.仮説(2) 「砂浜」の景観は「磯」の景観よりも歴史的ノスタルジアを喚起させる
仮説(2)は支持されなかった。「松」と同様に,白砂青松といった知識から砂浜が日本古来の海であるということを実感しておらず,さらに実験対象者の所属する大学は,砂浜に隣接しているため,むしろ「砂浜」を通常のありふれた景色(実験参加者の大学隣接の砂浜は,実際のところ歴史的名勝指定の場所ではない)として見ている可能性もある。したがって,歴史的ノスタルジア感情及びノスタルジア感情があまり喚起されなかったのではないかと考えられる。
1-3.仮説(3) 「朝日」の海の景観は「昼間」の海の景観よりも歴史的ノスタルジアを喚起させる
「朝日」は歴史的ノスタルジアを喚起させることから仮説(3)は支持された。この点については,「朝日」の写真がコアアフェクトを意識化させたと考えられる。「朝日」というのは,古典や万葉集でもたくさんの記述があり,さらには観光地の写真の中で日本の原風景の写真や懐かしい写真としてもよくとりあげられている。こうしたこともあり,コアアフェクトは朝日を見ることで歴史的ノスタルジア感情・ノスタルジア感情だと方向づけられたのではないだろうか。
1-4.仮説(4) 海岸にある「人工物」は歴史的ノスタルジアの喚起を妨げる
仮説(4)は支持されなかった。「港」や波消しブロックといった「人工物」は一概に歴史的ノスタルジアの喚起を妨げるとはいえないと示唆された。「港」については仮説とは反対の結果が得られた。「港」についていうと,小中学校で学習した内容である『工業と公害』において,「港」の写真を「歴史的な昔の写真」として学習したことが背景にあるのかもしれない。「港」をみて「少し嫌な感じ」や「なんとなく良い感じ」といった主観的感情であるコアアフェクトを意識化し,港を教科書で見たものであると知識で方向づけることにより,歴史的ノスタルジアが喚起されたのではないかと予想される。仮説とは反対の結果であるので,あくまでも一つの可能性を示唆する程度にとどめておき,今後の研究すべき点とする。 また,今回実験対象とした波消しブロック「中空三角ブロック」については,面基調の構成が幾何学的で美しく,とくに層積は景観・美観に優れた消波構造物として高い評価を得ていると言われていることから海の景観を崩すことはなく,ノスタルジアの感情の喚起を妨げる要因にはならなかったのではないかと推測される。
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