1.はじめに
人は自分のことを指して「わたし」や「うち」,「ぼく」や「おれ」など様々な呼び方をしている。「わたし」「あたし」「ぼく」「おれ」といったものは一人称と呼ばれる。他にも自分を指す例として,父親が子どもとの会話で使用する「お父さん」「パパ」は親族名称,教師が児童・生徒に語り掛ける際に使用する「先生」は地位職業名称と呼ばれている。また,幼い子どもや女性が自分のことを名前やあだなで示すこともある。これらすべての「話し手が自分自身に言及することばのすべてを総括する概念」を鈴木(1973)は自称詞と定義した。
個人がどの自称詞を使用するかは基本的には自由であるが,我々は自然と様々な自称詞を使い分けて生活している。例えば筆者は,フォーマルな場では「わたし」,友人との会話では「うち」,家族と話す際には「自分の名前」,アルバイト先では「先生」と使い分けをしている。井出(1979)は,自称詞の使い分けは@話し手が置かれているフォーマリティの度合A話し手と聞き手の相対的上下関係B話し手と聞き手の親しさの3要因に従って行われると述べた。さらに鈴木(1973)は,どの自称詞を選択し使用するかよって,相手から見た自分の位置や話し手と相手の具体的な役割,相手との権力関係や疎外度などを示すことができると指摘している。筆者の自称詞の使い分けにもみられるように,我々はある程度の年齢になると話す相手との関係性から適切な自称詞を選択することや,公的・私的という場面を配慮して自称詞を使い分けることが可能になるのである。そこで本研究では社会に出ていないため比較的自由に自称詞を使用できる大学生と,職場など公的な場に身を置く時間が長いため,公的な自称詞の使用をより求められる社会人を比較することで,自称詞と立場が大人になることへの意識に影響しているのかについて検討していく。また,自称詞を使い分ける機会として,個々の大学生によって所属の有無が異なる学部,学年,性別,部活・サークル,アルバイト,住まいの形態を調査し,使い分けの機会が大人になることへの意識に影響するのかを検討していく。
本研究の対象である大学生は,職業選択を目前にし,大人になることを最も意識する時期であると考えられる。上述したように自称詞は公的な場であるか,私的な場であるかによって使い分けられるものであり,将来的に就職先では公的な自称詞の使用が求められるだろう。大学生のうちから公的な自称詞を日常的に使用している者は私的な自称詞を使用している者に比べて,大人になることをより意識しているのではないだろうか。本研究では大学生の使用している自称詞を公的・私的に分け,それぞれの使用者の大人になることへの意識を検討していく。
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