2.自称詞


2−1. 日本語における自称詞の使い分け

 鈴木(1973)は自称詞の機能について,相手から見た自分の位置を明らかにする,話し手と相手の具体的な役割を示す,相手との権力関係や疎外度などを示すとしている。また西川(2003)は,どの自称詞を用いるかによって,相手に自分が相手との相対的位置をどのように捉えているかを伝えることができると述べている。つまり我々日本人は話す相手との関係性から適切な自称詞を選択して使い分けていることが分かる。さらに,国立国語研究所(2002)によると,敬語を使うか否かは上下関係や疎遠関係といった相手との関係によってなされるということからも,自称詞は敬語と同じような形で使い分けがされていることは明らかである。よって普段使用している自称詞を公的・私的に分類し検討を行う必要があることを提案できるだろう。


2−2. 海外における自称詞

 鈴木(1973)は,日本語の自称詞は一人称や親族名称,地位職業名称など様々であるが.ヨーロッパ語の自称詞は殆どの場合Iとjeだけであるという。さらに,日本語の自称詞はまず相手がどのような立場であるのか規定し,それに沿って自己を規定するという対象依存型であるのに対し,ヨーロッパ語の自称詞は相手の立場など無関係で「今喋っているのは他でもないこの俺だ」というように「自分が話者であることを明示する機能」があるという。日本語の自称詞のように相手の立場や状況に合わせて自己規定を変える言語は稀だという。日本人は他者がいないと自己規定できないということからも,どの自称詞を使用しているかというのは各個人の特性を見ることができるのではないだろうか。

2−3.自称詞への意味づけ

 我々が自称詞を時と場合によって使い分けて生活していることは実生活を振り返れば明らかである。榎本(1998)によると,日本語における一人称の使い分けはただ単に使用する一人称が変化するだけではなく,その都度自分らしさが変化するものであるという。つまり,我々は話す相手によって自己の自称詞を変化させ,それによってその都度本来の自己の特性も変化しているのである。また大和田(2010)は,若者に焦点を当て,敬語不使用や若者言葉など対人場面における言葉の使用や選択が若者らしさを表現するとしている。言葉の中でも大和田(2008),(2011)は一人称を取り上げ,一人称は「自己の表出」「アイデンティティの一部」と捉えており,ある状況における個人の「自己の表出」を安定的に測定することができる「一人称への意味づけ尺度」を作成した。本研究でもこの尺度を使用して,対象者が自称詞をどう捉えているか測定していく。

2−4. 自称詞に関する先行研究

 自称詞に関する研究は言語学的側面や日本語教育の観点,心理学的な分野など多様な側面から行われてきた。小嶋(2017)によると,日本語の自称詞使用は,使用する人間の対人関係を示す指標となり得る可能性があるために,心理学的側面からの研究では,自己の発達や対人関係の文脈でなされているという。そこで本研究では自己の発達の1分野として,「自身が大人になることに対してどのような意識をもっているか」に焦点を当てる。さらに,学生が所属している集団を複数挙げ,その集団への所属の有無がどのような影響をもたらすのか,対人関係の面からも検討していく。 自称詞研究の対象を概観すると,自称詞を使い始める3歳児頃から大学生を対象にしていることが多い。大学生を対象にした自称詞研究は,女子大学生の使用している自称詞とその選択基準を調査した研究(有松・皆川,2011)や,高校生と大学生の自称詞の使い分けを比較したもの(長田,2019)や,対人場面とSNS上での一人称使用の実態を調査した研究(野原・松田,2015)など,その使用実態や使い分けに焦点を当てた研究が多く行われてきた。大学生は大和田(2008)が列挙したように,所属専門学校のメンバー,所属ボランティア団体のメンバー,所属サークル・所属県人会のメンバー,同じクラスや同じ授業のメンバー,遊びや食事などを共にする仲間,高校・中学時代からの仲間,地元の仲間,バイト先・実習先のメンバー,趣味の仲間,家族など多くの集団に所属している。このように若者の所属する集団は多様で,その集団内で関わる人々も教授や先輩,同期や後輩など様々であるため,その都度自称詞を使い分けていると考えられる。また,岩淵・久光(2007)は様々な集団の中でも,大学での部活・サークルでのタテ・ヨコの関係が「成熟した大人」(木下,1999)になることに影響していることを明らかにしている。よって,本研究では個々の学生によって所属の有無が異なる集団を複数挙げ,どの集団に所属していることが,自称詞を使い分けることに影響し,結果的に大人になることへの意識に影響しているのかを検討する。 さらに,自称詞を複数使用しているということは,それぞれの自称詞によって使用頻度が異なるということである。また,学生と社会人という立場によっても選択される自称詞の使用頻度は異なっているだろう。そこで本研究では自称詞の使用頻度による検討も行っていく。  

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