3. 大人になることへの意識
3−1. 大人になることへの意識について
大学生はハヴィガーストのいう青年期に位置付けられる。青年期の課題は向後・豊川・神谷(2011)によると,「学校時代を終え,一人前の“おとな”として社会に出ていく時期に達すること」である。また,斎藤・杉山・井上(2019)によると,大学生は就職や結婚,出産など今後の人生をも左右する重要な決定を迫られる時期であり,より一層自身のアイデンティティを選び取る機会が増える時期であるという。このように大学生は“おとな”になるための重要な準備期間であり,最も大人になることを意識する時期といえるだろう。向後他(2011)は,大学生に大人と見なすために必要だと思われること34項目に対して,どの程度達成されている必要があると思うか5段階で尋ねた。その結果,「自分の子どもの世話ができること」「自分の行為の結果に対して責任を持つ」「万引きや器物破損といった小規模な犯罪を犯すことを避ける」「親から経済的に自立している」「家族を経済的に支えることができる」の5項目が評価点4を上回り,達成の必要性が高いと評価された。よって大学生は責任感・倫理観・価値観を身に付けること,手に職をつけ家庭を築き,子どもを育てることといった成熟に対して前向き,肯定的な項目を重要だと評価していることが分かる。
一方小此木(1978)は,Eriksonの「心理社会的モラトリアム」を発展させ「新しいモラトリアム心理」について検討した。「新しいモラトリアム心理」は日本の青年期後期の特徴で,いかなる職業的役割も得ていない,自己選択を全て先延ばしにする,社会的出来事を当事者としてではなくお客様感覚で捉えているといったものであるという。従来のモラトリアムの時期には,青年は修行・見習いの立場とされ,社会的な責任や義務を猶予されていた。だが現代の青年期では,半人前であるという劣等感は全能感に,見習いの立場は薄れ遊び感覚に,自立への意識が無気力やしらけに取って代わっているという。さらに,中島(2003)は「おとなになること」自体を青年期の課題とし,自身が大人になりつつあることへの意識や成熟に対する不安について検討している。
以上のことから,大学生の大人になることへの意識を調査するには大人になることへの肯定的な意識だけでなく,無関心や不安感という否定的な意識も含めた測定が必要であると考えられる。
3−2.大人になることへの意識に関する先行研究
下山(1992)は小此木(1978)の「新しいモラトリアム心理」に着目し,モラトリアム尺度を作成した。下位尺度には「回避」「拡散」「延期」「模索」の4つがある。「回避」「延期」には「できることなら職業決定は,いつまでも先延ばし続けておきたい。」「就職については,まじめに努力しなくても何とかなると思っている。」といった項目が含まれており,小此木(1978)が提起した「新しいモラトリアム心理」に合致する内容となっている。「拡散」には「私は,あらゆるものになれるような気持ちになる時と,何にもなれないのではないかという気持ちになる時がある。」といった項目が含まれており,Marciaのアイデンティティ・ステイタスにおける「拡散」に合致する。「模索」には「これだと思う職業がみつかるまでじっくり探っていくつもりだ。」といった項目が含まれ,Eriksonの「心理社会的モラトリアム」に合致する。
杉山・田村・井上(2004),杉山・日下・井上(2006),斎藤他(2019)は下山(1992)のモラトリアム尺度を参考にしつつ,大人になることへの不安と社会生活に欠かせない対人関係に関する要素を追加し,新・大人になることへの意識尺度を作成した。
本研究では斎藤他(2019)の新・大人になることへの意識尺度を用いて,対象者の大人になることへの意識を測定していくこととする。この尺度は対人関係の要素が加えられており,本研究のテーマである「自称詞」は話し手だけでなく聞き手が存在して成り立つという対人場面で成立する概念であるため使用することとした。また,この尺度は大学生を対象として作成されたものであるため,項目の語尾を過去形や言い換えることで社会人にも適用できるように変更を行った。
本研究では大学生と比較して,「社会人は既に大人である」ということを前提として行っている。そこで,本研究での社会人の定義を行う。ハヴィガースト(1997)は早期成人期の発達課題として「就職すること」「配偶者を選択し家庭を築くこと」「子供を養育すること」などを挙げている。このことを尾形(2014)は,成人期にはまず「働く」ことが求められており,「大人」とは手に職を付けていることが1つの基準であると述べた。また向後他(2011)が行った,大学生が「成人(おとな)である」と考える年齢の平均は21.8歳であるとしていることからも,本研究では既に就職し仕事をしている社会人は大人であると定義して調査を行った。
また,本研究の調査では自身の大人度はどの程度であるか,自身を客観的に評定する質問を組み込んでいる。上原・竹内・渡邉(2003)の研究によると,校種・年齢・所属学科専門領域によって自身の大人度の評定に有意差がみられている。本研究でも学生の所属する集団の違いによって大人度に有意差が見られると予想されるため,自由記述にて自身の大人度を問うこととした。さらに,新・大人になることへの意識尺度と自身の大人度を含めて,本研究では「大人になることへの意識」として扱うこととする。
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