1.はじめに
昨今,LGBTに対する関心が高まってきている。なかでも,同性婚やパートナーシップ制度など,同性愛に関する社会的な議論が活発になされている。
世界でも,オランダやスペイン,アメリカなど28ヵ国で同性婚が認められ,そのうち21ヵ国が2010年以降に成立している。日本でも,2015年に東京都渋谷区で同性カップルを「結婚に相当する関係」と認めて証明書を発行する条例案が可決されたのを皮切りに,現在全国49つの自治体で同性カップルを公的に認めるパートナーシップ制度が導入されている。さらに,筆者の住む三重県でも,2020年に都道府県での導入としては全国3府県目,中部地方では初めてパートナーシップ制度の導入が決まった。
メディアでも,テレビ番組などで同性愛をテーマとした作品やLGBTであることを公言している人をよく見かけるようになった。さらに,SNS上で同性愛に関するエッセイの掲載や投稿が多く見られるなど,同性愛に対する認知も高まっていると考えられる。
一方で,同性愛者が生きやすい社会になったのかと言えば必ずしもそうではない。日本の同性愛者の知人を持っているとする割合は10〜20代で2割に満たず(17.6%),年長になるほど割合が減少していく(原田,2004)。日本の多くの人は現実の同性愛者を知らず,メディアでのみ同性愛者を認識し,「(同性愛者が)「見える」と思い込んでいたのは錯覚で,実は何も「見えていない」(市川,2004) というのが現実だと思われる。
公益財団法人京都市男女共同参画推進協会・特定非営利活動法人虹色ダイバーシティが青年を対象に行ったLGBT等性的マイノリティに関する意識調査(2015)がある。「あなたの身近な人(家族,友人,知人)などから,LGBTなどの性的マイノリティであると打ち明けられた場合,あなたの気持ちに近いものにチェックをしてください」という設問において,過半数が「おどろくが,話を聞く」「理解したいと思う」「今まで通り接する」であった。「理解できない」「距離をおきたい」等の否定的な反応を選択する人は10%未満であり,受け身ながら受容の姿勢が多数派であった。全年代対象のものよりも,「LGBT」などの言葉の意味の理解度も高かったことから,若年層の知識や理解が進んでいると考えられる。しかし,一方で「LGBTなどの性的マイノリティの人たちにとって日本社会は暮らしやすい社会だと思いますか?」という設問においては,「思わない」「あまりと思わない」が当事者・非当事者で8割を超えており,当事者が困難な状況におかれていることは多くの人が感じている。当調査では,「わからない」と回答している非当事者が無関心層とならないために啓発を進める必要性を示していた。
石丸(2004)は,同性愛者の特殊なストレス状況について述べており,同性愛者には友人・知人や家族からの拒否的な反応を受けることや,それを避けるために同性愛を隠し異性愛者の役割をとって生活する努力をしなければならないといった不利益が存在すると指摘している。それに関連して,ゲイやレズビアン,バイセクシャル,トランスジェンダーなどのLGBTに対して,本人の了解を得ずに,他の人に公にしていない性的指向や性同一性等の秘密を明かすアウティング(暴露)も問題となっている。実際,2015年に一橋大学法科大学院において,同性愛の恋愛感情を告白した相手によるアウティングをきっかけとしてゲイの学生が投身自殺したとされる事件(朝日新聞デジタル,2019)も起こっている。同性愛者は,周囲の人間に同性愛を隠さなければならないストレスや,ばれてしまう恐怖を抱えながら生活せざるを得ない社会であると言える。また,社会的にタブーとされることの多い話題であるためにサポートが得られにくく,メンタルヘルスが悪化する場合も多いと考えられ (石丸,2004),異性愛者にはない苦悩がうかがえる。
このような現状にありながら,同性婚を認める国が増加し,性的指向を理由とした差別を禁止するイギリスの平等法など,同性愛者を含むセクシャルマイノリティを保護する法令が世界で増加する傾向にある中で,日本ではそういった法令は現状としてほとんど存在しない。日本は未だ,同性愛者にとって生きづらい世の中だといえるだろう。
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