3. 経験価値について


3−1. 経験価値の定義

 ところで,消費者自身が消費行動をする際に,消費者自身が知覚する「価値」に着目したものとして「経験価値」という概念がある。「経験価値」とは,一般に消費者が製品やサービスの利用経験を通じて知覚した好ましい事柄のことである(Charla&Naresh&Edward,2001)。
西口(2015)によると,ライブ・コンサートにおける経験価値について述べており,「審美性」,「フロー」,「サービスエクセレンス」,「投資効果」の4つの上位概念がある。「審美性」とは,ライブ・コンサート参加者の五感に訴える審美的な経験であり,演出,アーティストのパフォーマンス,会場の雰囲気などがこれにあたる。「フロー」とは,自分の行為に完全に没入している時の意識状態であり,心と身体が自然に作用し合う調和のとれた経験のことである。ライブ・コンサートの非日常感,気持ちの高揚感がこれにあたる。「サービスエクセレンス」とは,ライブ・コンサート自体の運営にかかわるものであり,会場内でのスタッフの対応や物販などがこれにあたる。「投資効果」とは,時間や資金的な投資によって,ライブ・コンサート参加者が満足感などの利益を得ることである。
また,この4つの経験価値のほかに,ライブ・コンサートで,ファン同士のコミュニケーションを楽しみにしている人も存在する。これは,1つのファン対象をファン同士で共有することに喜びを見出しているファンであり,熱狂的なファンに多い傾向とされている(小城,2004)。スポーツ観戦をするファンにおいても,熱狂的ファンが他の分類と異なる点は,彼らの行動が自己表現的かつ社交的であることだと述べられている(中澤・吉田,2015)。熱狂的ファンはファンであることを象徴する衣装,応援歌,振り付け,フェイスペイント,更にはサッカーのビッグフラッグやプロ野球のタオル回しなどの集団行動に傾倒することで自己(ファンであること)を表現する(Hunt&Bristol&Bashaw,1999)。これを鑑み,「ファン・コミュニケーション」というファン同士の交流を,経験価値に追加することとした。


3−2. フロー経験について

 経験価値の一つである「フロー」について,Csikszentmihalyi(1975=2000,1990=1996, 1997)は,金銭的な報酬や周囲からの称賛など,外発的に報いられることのないさまざまな異なった活動から引き出されてくる,内発的報酬とは何かということに焦点をあてることによって研究をはじめ,フロー理論へと発展させた。日常生活の中で人びとがどのように余暇を過ごすのかが,フロー理論の中心となる議論である。余暇におけるフロー経験は,日常生活における「楽しさ」への転換となる。しかし,「楽しさ」に転換できない余暇が多いという。Csikszentmihalyi(1988,1990=1996)によれば,人びとは受動的に余暇を過ごす傾向にある。それゆえに,余暇時間が構造化されていない状況下では,人びとは能動的 に余暇を過ごす必要があるので,「楽しさ」を享受するのは難しい。例えば,テレビ視聴の影響を実験した結果,「くつろぎ」という点では貢献する行為だが,人生の成長過程においては時間の浪費になると結論づけた。テレビ視聴を通じて得るものが,他のレジャーに比べて格段に少ないからである。
フロー経験は,「行為の機会」と「行為の能力」のバランスにより生じる(Csikszentmihalyi,1975=2000,1988=2012,1990=1996,1996,1997,2003=2008)ので,「楽しさ」を醸成するためには,自分にあったものを選択する必要がある。中川(2012)は,ライブ・エンタテインメントの場は人びとにとって,構造化されていない余暇時間において多様な選択肢のもと,「楽しさ」を創出させる可能性があると述べている。すなわち,ライブ・エンタテインメントでは,フロー経験はすべての参加者に生じるものではなく,参加者の解釈・態度次第で決まるということである。
意味が似た言葉として「快楽」と「楽しさ」の2つがあるが,「快楽」は「身体的欲求」をもとに達成可能であり,消えやすいのに対し,「楽しさ」は注意が十分その活動に集中することで達成可能なので,自己の意識を成長させるという違いがある(Csikszentmihalyi,1996,1997)。中川(2012)は,構造化されていない余暇時間における「自己の成長」という視点において,人々の能動的関与が肝要と述べている。
これらより,アーティストのファンとして,能動的にライブ・コンサートに参加することで,フロー経験を味わうことが出来るということが考えられる。
以下,ライブ・コンサートに参加するために自分でチケットを申し込んだ人,また,同行者として元から参加する意思があった人を「能動的参加者」とし,元々参加する意思はなかったが,誘われてライブに参加した人を「受動的参加者」とする。
中川(2012)は,社会構造という視点において,ライブ・エンタテインメントの場は,「身体的欲求」に終わってしまう「快楽」ではなく,「自己の成長」につながる「楽しさ」に留意することが肝要であると述べている。そして,「楽しさを醸成する場」となり,余暇時間における「楽しさ」選択の多様性の創出こそライブ・エンタテインメントの社会構造における役割であるとも示唆している。

3-3. 先行研究について

これまでスポーツ観戦を対象とした研究では,ゲームの内容に限らず,飲食やサービス,イベントなどの周辺的要素を含めた全てをスタジアム経験と捉えた上で,観戦者が知覚している「経験価値」についての尺度の開発が行われてきた。スポーツ観戦と同様に,ライブ・コンサート参加者が会場内で知覚する価値を測定することは,ライブ・コンサートの価値を明らかにし,ライブ・コンサートへの参加意図の理解において重要なものである。また,先行研究から,ライブ・コンサートへの参加頻度と経験価値は比例しないことが確認されている(西口,2015)。



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