1.はじめに
筆者は,中学時代と高校時代,部活動に熱心に取り組んだ。その中で,自分の努力がその努力に見合うだけの成果につながる場合と,努力しても目標を達成することができず,努力に見合うだけの成果につながらない場合の経験をした。努力経験が成果につながった場合には,意欲や自信につながった。また,成果につながらない場合であっても,努力した過程に意義があると捉えた。このことから,夢や目標に向かって仲間と協力し,自己成長した努力経験から,「夢や目標にむけて努力することは素晴らしいことである」と考えた。日本でプロ野球選手として活躍し,その後,野手として日本人で初めてメジャーリーガーとなった鈴木一郎選手(イチロー選手とも呼ばれる)も,失敗経験を「スランプこそ絶好調」(児玉,2008)と表現し,徹底したプロセス指向の持ち主であった(児玉,2008)。鈴木一郎選手は「ヒットが出ているからといって,状態がいいというわけではない。かといって,ヒットが出ていないから悪いというわけでもない」(児玉,2008)と発言している。この言葉に象徴される徹底したプロセス指向を貫くことにより,どんなピンチに陥っても,平常心でバッターボックスに立てたから,鈴木一郎選手は数々の大きな成績を成し遂げることができたと言われている(児玉,2008)。
このように鈴木一郎選手は,失敗経験をも肯定的に捉え,結果ではなくプロセスに価値を見出している。鈴木一郎選手ように,結果ではなくプロセスに価値をおくことで,自分の行動に成果が伴う場合(随伴する場合)でも,自分の行動に成果が伴わない場合(随伴しない場合)でも,努力したという過程に意義を見出すことができ,ポジティブに捉えることができるのではないだろうか。
一般的に,成果につながった努力経験は肯定的に捉えられる傾向があるが,成果につながらなかった努力経験は,肯定的に捉える人と否定的に捉える人とで,個人差が大きくみられるだろう。個人差がみられる背景には,成果につながらなかったというネガティブな結果を受けることで,過程より成果につながらなかったという結果を重要視し,努力したという過程自体もネガティブに捉えてしまうことが考えられる一方で,反対に,成果につながらなかったというネガティブな結果を受けても,結果より努力したという過程を重要視し,過程自体はポジティブに捉えることもできるだろう。
本研究では,成果につながらなかった過去の努力経験に焦点をあて,その努力経験をどのように捉えているかという努力の捉え方の個人差とその人自身が持つ努力観を分析し, 努力の程度や質を考慮した上で,努力したという過程に価値を見出すとはどういうことなのか,そして,成果につながらなかった努力経験であっても努力したという過程に価値を見出すことで努力経験を肯定的に捉えているのかどうかを検討する。
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