結果と考察(事例1)
<1節:事例1>
1-1.事例概要
インタビュー当時,交際期間1年と1か月が経っていた二人についての概要である。以下カップルⅠとする。
リュウト(仮名/21歳/男性)は高校卒業後働いており,社会人四年目。ユウカ(仮名/22歳/女性)は高校を卒業後短期大学に二年間通い,その後働いており現在社会人二年目となる。互いに実家暮らしをしている。出会いのきっかけは,共通の友人の紹介であった。直接顔を合わせる前にLINEアカウントを交換しており,2020年9月中旬からトークでのやりとりをしていた。連絡開始から一週間後,初めて二人で会うことになる。その後計3回のデートを経て,2020年9月26日交際開始。喧嘩や衝突も無く楽しい日々を送っていたが,交際から一年が経とうとする頃,初めて二人の雰囲気が悪くなる。原因は,実際には怒っておらず平常心だったリュウトがユウカには怒っているように見えてユウカが何度も問い詰めたこと,リュウトがユウカに対して男友達とのノリで接することが多くなったこと,これまでは言えなかったことが言えるようになったことだった。その後も何度か空気は重くなることはあったが,二人で話し合う中でお互い自分の改善点を見つけ,また相手の気持ちを考えられるようになり,よりよい関係になれたという。
1-2.結果
1-3.考察
カップルⅠは,共通の友人からの紹介をきっかけに,会うより前に連絡先を交換している。お互いの容姿や外見はInstagramの投稿で大体のイメージがついていたというが,実際に顔を合わせて話したことがないにもかかわらず,LINEのやりとりだけで「ビビッときた。」「直感で(相手と)合うなと思った。」と話していた。LINEでトークを続けるうちに,会話のテンポや話す内容,テンション感が自分と類似しており心地良いと感じたと考えられる。交際前,二人がたまたま同じ絵文字を気に入ってよく使っていたというエピソードをインタビュー中に楽しげに話してくれたことも印象的で,“同じ”,“似ている”という感覚がリュウトとユウカの心境にポジティブな影響を与えたことは確かだろう。LINEで連絡先を交換した直後からかなり頻繁にメッセージのやりとりをしており,相手からの即座に返信が来ることで自分に興味を持ってくれているのかもしれないという期待感も相まって,互いに好意を抱き始めたのだと思われる。
LINEトークの頻度に関しては交際前から交際後現在までほとんど変わらず,勤務中を除いて基本的に20~30分以内には返信をしており,二人ともが暇な時にはより速いペースでメッセージの交換がなされていた。これは一般的な親しい関係(友人関係等)に比べても相当なハイペースな頻度といえる。明らかに恋愛関係の当事者同士の特徴的な行動であり,二人が言うには,そのため急に相手の返信が遅くなると多少不安や心配になるということであった。二人にLINEの役割やメリットを尋ねたところ,「相手が何をしているか分かること。安否確認のような意味合いもある。」と言っていたことからも,この二人にとってLINEでメッセージを交わすことは,互いの存在や居場所,状況を確認し安心感を得る手段になっていると考えられる。また「一緒にいない時でも一緒にいるような気持ちになれる。」という発言もあり,相手を近くに感じられたり,会えない時間にも二人のコミュニケーションを図り関係性を強固なものにしたりするものでもあると考えられる。
LINEトークの内容は,挨拶や日常の報告が中心であった。Figure1の〝寝る―返す―仕事―終わる″という共起ネットワークからも,寝る時や仕事が終わった時等決まったタイミングで相手にLINEを送ることがルーティン化しており,こまめに自分の今の状況を伝えていることが分かる。日常の報告以外にも,冗談を言い合ったりたわいもない話をしたり,くだけた会話を楽しむこともあるという。発話の中でリュウトが「やりとりの内容は薄いほうだ。」「しょうもない話ばかり」と言っていたように,どんなことを話しているかよりも,継続的に話をしていること自体に意味を見出しているように思われる。こういったLINEで連絡をとることの目的や,やりとりの頻度がどのくらいが適度なのかということについて両者の考えがそれほど違わないことも,大きなストレスなく関係を維持できている要因になっているのではないか。
交際が始まってからは,二人は週1回のペースで会いながら順調に関係を築いてきたという。充実した日々を送っていたが,リュウトとユウカは互いに,相手に対する不満や気になることがあっても長い間相手に打ち明けることができずにいた。特にユウカは誰に対しても気を遣いすぎる傾向があり,気持ちを表に出さずにため込んでしまうことが多いという。不満を相手に直接言うことができなかった大きな理由は,嫌われることが怖かったからだと思われる。自分と相手の共通点や類似点を見つけると好意感情が生起しやすくなるのとは反対に,自分と相手の相違点,特に考え方や価値観等根本的な違いが明らかになると相手が遠ざかってしまうのではないかと恐れる人も少なくないだろう。また,不満に思っていることを相手に言った場合,相手がどう受け取るかが分からなかったことも原因の一つだと考えられる。それが関係を良好にすることに繋がるのか,それとも関係の崩壊に繋がるのかが分からない時,不満を打ち明けるかどうかの決断は難しくなるだろう。
そんな中カップルⅠは,交際開始から約一年が経過しようとする頃,初めて衝突し険悪な雰囲気になったという。当時の二人について,ユウカは「もうすぐ(交際開始から)一年で,慣れてきて,お互いに以前より思っていることが言いやすくなっていた。」と振り返った。一緒に過ごす時間が長くなるほど,相手との関係性が安定したものになり,その危うさが薄れると同時に,ありのままの自分でいられるようになり,思っていることを素直に口にすることができるようになったのだと思われる。リュウトもこの件で初めてユウカの涙を見たといい,泣く,怒る,等感情を出すこと自体,相手を信頼できているからこそできることではないか。不満や本音を言えるようになることで,その分衝突や喧嘩も起こりうるが,そこから二人の関係を見つめ直すことができればよりよいパートナーとなるきっかけともなり得る。実際に,ユウカは「自分の思いを言えてすっきりした。リュウトのことがより理解できた。」と,リュウトは「言ってもらって初めて気づくことが多かったし,ユウカも自分についてよく分かってくれた。対応も変えてくれて楽になった。」と話している。それ以降,互いに思うことがあれば言葉にして伝え合うことを決め,以前までは言えなかった,相手の異性との交流に対する嫉妬や不安の気持ちも打ち明けることができたという。カップルⅠにおいて,この出来事は互いの心理的距離をさらに縮め,自分の考えや意見を言い合える安心感を生み出し,相互により深く理解し合うきっかけとなったと考えられる。
二人は当初,LINEのトークにおいて絵文字を多用していたという。特にリュウトは普段友人に対して全く絵文字を使わない非使用型の態度をとっていたにもかかわらず,ユウカに対してはほぼ全ての文に絵文字を付加しており,当時を「あの頃は頑張っていた。」と話していた。その理由として,絵文字がないと怒っていると思われるから,楽しいことを伝えるため,お互い探り探りで文章だけでは意図が分かりづらいから,等が挙げられた。メッセージの内容や伝えたい気持ちを表現することを狙った絵文字使用だけでなく,怒っている,機嫌が悪い等のネガティブな印象を弱めたり,楽しい,面白い等のポジティブな印象を強くしたりすることを目的とした絵文字使用がなされていたことが分かる。
また,もし相手が当初絵文字を使っていなかったらどうしていたかを尋ねたところ,二人は共に,自分も使っていなかったと思うと答えた。このことから,リュウトとユウカの絵文字使用スタイルは従属的使用型に該当し,メッセージに付加する絵文字の有無はその相手の使用態度によって変わると考えられる。交際開始から半年が経過する頃には,全体的に絵文字の量が減少していたという。代わりにビックリマークがよく使われるようになり,文末に何もつけないことも多くなった。その理由として,もう何もつけていなくても怒っていないことを分かってくれていると思うから,メッセージの文だけで意図が伝わっていると思うから,慣れてきたため関係初期ほど気を張らなくてもよくなったから,等が挙げられた。絵文字使用においては,絵文字を付加するか付加しないかの選択をしたのちに,絵文字の種類や数を選択しなければならず,少なからず意思決定の際に心理的な負担がかかる。普段,非使用型の態度をとる人においてはなおさらだろう。そのため絵文字を付加しない方が楽だと感じるのはある意味自然なことであり,交際後時間が経つにつれ,当初ほど相手に好かれようとしなくてもよくなったり,絵文字を付加しなくとも誤解を招くことはないと思えるようになったりしたことから,絵文字の付加量が減少したと考えられる。そしてこのことは筆者が良そうしていた展開である。
さらにカップルⅠは,絵文字を使わない時でも,メッセージのイメージを和らげるために文末の文字や記号の付加に気を配っているという。文末に何もついていない文章だけだと淡白な印象や,あるいはきつい印象を与えるため,それを避けるためにビックリマークをつけたり,クエスチョンマークであれば2つ重ねてつけたり,あるいは語尾を伸ばしたり母音を繰り返すことで印象を穏やかなものに和らげていた。クエスチョンマークを2つつけることからも分かるように,意味が伝わる必要最低限の文章にプラスアルファで何らかの記号等をつけることで,そのひと手間が相手に伝わり,メッセージの印象に良い影響を与えると考えているのだろう。絵文字を付加するほど負担は大きくなく手軽にでき,柔らかいイメージを与えることができることから,この方法をとっていると思われる。
以上のように,カップルⅠの二人の関係初期から現在までの約1年1か月間のLINEトークのやりとりを中心に見てきたが,その絵文字使用量は,関係初期に多く,交際後徐々に減少していることが分かった。これは,親密さが上昇するにつれて絵文字使用が促進され,さらに親密になると絵文字使用が抑制されるという筆者の予想を一部支持する結果であるといえる。カップルⅠの調査結果からは,親密さがそれほど高くない時には絵文字を使用して親密になろうとし,高度に親密になると絵文字付加の必要がなくなることが示唆された。
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