結果と考察(事例2)



<2節:事例2>
2-1.事例概要
 インタビュー当時,交際期間1年と10か月が経っていた二人についての概要である。以下カップルⅡとする。 タクマ(仮名/22歳/男性)は高校を卒業後夜勤で働いており,社会人四年目である。実家暮らしをしている。マリ(仮名/22歳/女性)は高校を卒業後専門学校に二年間通い,現在美容師として働き二年が経つ。就職後は勤務地付近で一人暮らしをしている。出会いのきっかけは三年前,マリのアルバイト先である飲食店に,タクマが常連の先輩に連れられて来たことだった。その際Instagramアカウント(いわゆる連絡先)を交換し,相互にフォローしたが,連絡をとることはないまま一年が経過。2019年の12月下旬,タクマがInstagramで行ったアンケートにマリが誤って回答したことを機に,ダイレクトメッセージでのやりとりが始まった。
 連絡をとり始めた日から五日後,二人で食事へ行き,互いに好印象をもつ。LINEアカウントを交換し,以降連絡手段はLINEが中心になる。その後約二週間,食事やドライブ等のデートを重ね,2020年1月9日交際開始。充実した日々を過ごすが,交際開始から半年が経過した頃,マリが別れ話を持ちかける。原因は,それまで積極的に会う誘いをしていたタクマからの誘いや会う頻度,日々の連絡が少なくなったこと,タクマに対する恋愛感情に疑問を持ち始めていたことだった。加えて美容師の仕事もきつく悩んでいた。決して別れたいわけではなかったが,当時の状況を変えたかったということである。二人で話し合いをする中で,タクマはマリの存在が当たり前になってしまっていたことに気づき,その大切さを再確認。付き合い方を見直すきっかけとなり,交際を続けていくことになる。その後,マリがタクマの行動に対して怒った出来事が二度あったが,関係は良好である。タクマは,これまでの恋愛で最も長続きしているし居心地が良い,マリは初めて自分の本音を言えて素を出せる相手に出会えたという。

2-2.結果


2-3.考察
 カップルⅡは,マリのアルバイト先での出会いから一年後,Instagramのダイレクトメッセージ(以下DM)での連絡開始をきっかけに仲を深めてきた。当時のことをタクマは「(DMでやりとりを)続けるしかないと思っていた。(マリのことを)可愛いと思っていたので積極的にいこうと思っていた。」と振り返った。会って話してみたい気持ちが大きく,まずは食事の約束を取り付けようとしていたという。一方マリは,タクマに対して会悪い印象はなく,当時交際相手はいなかったため食事に誘われたら行ってもよいという程度の気持ちだった。二人は,初めてのデートを通して,想像していたより気兼ねなく話すことができ楽しかったことを,マリにおいてはタクマの思いがけない優しさが嬉しかったことを話してくれた。「会ってみないと分からない」と思っていた二人が,実際に会ってみたところ,〝想像や期待以上に″よい結果になったこと,相手のよい一面を知ることができたことで,互いに惹かれ合い相手のことをもっと知りたいと思うきっかけになったと考えられる。また,初めて食事をしたその日にLINEの連絡先を交換しているが,ここでLINEは,他のSNSに比べてクローズドなメディアであるとされ,連絡を取ることができる相手が限られている。そのためフォローの有無に関わらず誰に対してもDMを送信することのできるInstagramとは違い,LINEでは,この人であれば連絡先を交換しても良いと思える相手とのみ繋がれることになる。タクマとマリは共にそういったポジティブな印象を持ち合い,連絡先を交換するに至ったのだと思われる。
 LINEでの連絡頻度に関しては,交際前と交際直後は毎日かなり高い頻度でしていたという。仕事などの予定のない時は常時LINEでメッセージを返すことが習慣になっていた。会っていない時間にもLINEを通じてコミュニケーションをとることで,相手を意識する時間が長くなり,互いの存在が大きくなっていったのではないか。マリが就職して忙しくなってからは,LINEトークでの連絡頻度は少なくなったという。しかしその代わりにLINE通話を利用することが増えた。就職と同時に始めた一人暮らしの寂しさを抑えられること,また通話であれば家事をしながらでも相手と話せることが要因だった。マリは,声を発さずともLINE通話を繋いでいるだけで安心感があると話しており,実際その場にいなくとも相手の存在を近くに感じられる効果があると考えられる。交際後半年が経過すると,LINEトークの連絡頻度はさらに減少した。二人はこのことに関して,「当初ほど頑張らなくてよくなった。」「そこまで頻繁に返さなきゃいけないと思わなくなった。」と話していた。関係初期のように相手の気を引こうと必死になる必要がなくなったり,関係の構築や維持のためにそれほど多くのエネルギーを使わなくてもよいと思えるくらいに二人の関係は安定したものになったという感覚があるからだと思われる。それに伴い,LINEトークでの連絡内容も,関係初期と今とでは大きく異なっていた。交際前や交際直後は,些細な出来事やくだらない話をしたり,写真を送り合ったりしていたが,時間の経過とともに,決まった挨拶や報告,重要な内容がトークの中心になった。起きたタイミング,仕事が終わったタイミングには欠かさずLINEを送るが,それ以外の報告はほとんどしていないという。毎日同じような連絡の繰り返しになってもなおLINEのトークが途切れることがないのは,お互いに今の状況を知らせ合い相手の存在や安否を確かめることができること,またメッセージ内容の濃さや重要性に関わらずLINEトークが継続して行われていること自体が二人の関係の安定を意味すると考えることが要因となっているのではないか。
 またカップルⅡは,LINEトークの頻度と同じように,絵文字付加量も,交際後時間が経つにつれて減少してきたという。タクマは普段は絵文字非使用型の態度をとっているが,交際前にマリへのアプローチを仕掛けていた時や交際直後には絵文字を使用していた。その理由についてタクマは「好感度が上がるから。テンションが高いことやマリとの会話が楽しいことをアピールするため。文章の内容や伝えたいことが誤解されないようにという意図もあった。元気がないと思わせたくない。」と話していた。絵文字を付加することに多少の煩わしさがあったとしても,好意を寄せる相手に対しては,それ以上に絵文字を付加することのメリットを重視し,どう思われるかというある種の印象操作に努めているのだと考えられる。
 一方マリも,タクマとのLINEトークにおいて,関係初期には絵文字を付加していたが,同性の友人に対しての絵文字付加の仕方とは少し違っていたという。普段同性の友人に対しては,絵文字を一度に複数個付加したり,ハート等のかわいらしいイメージの絵文字を多用したりしている。しかしタクマに対しては,相手に合わせて,一文につき一つの絵文字を付加し,ハートの絵文字は一切使わなかったという。絵文字の有無を変えているわけではないが,その量や種類を調節することで,相手とのテンション感を合わせたり,相手に与えたいイメージを操作したりしていると考えられる。絵文字を使用していた理由についてマリは「絵文字がないと怒っていると思われてしまうから。お互いをちゃんと理解しあうまでは,文面だけで怒っているのか怒っていないのかが判断できないから,なおさら付き合いたての頃は(絵文字を)つけていた。」と話していた。自分の機嫌が悪いと思われてしまわないように,という意図が大きかったことが分かる。同時に,交際後徐々に絵文字付加量が少なくなってきたのは,お互いのことを理解できるようになったからだと考えられる。また,LINEトークでの連絡頻度が減少した理由と同様,関係初期ほど相手に気に入られようとする必要がなくなったことも挙げられる。
 二人は,絵文字をつけることが減った代わりに,文末にはビックリマークをつけることが多くなってきたという。ビックリマークをつければ,絵文字ほどの感情伝達効果はないにしろ,文末に何もついていない時よりも明るく元気な印象になると話していた。また,絵文字を付加する際には,文章内容や上乗せしたい感情に合わせて絵文字の種類を選択しなければならないが,一方でビックリマークはその手間なく付加することができ絵文字よりも手軽だと思われる。そのため,絵文字付加量が減少した代わりにビックリマーク付加量が増加したのではないか。 さらにカップルⅡは,絵文字やビックリマーク等,文末に付加する記号や文字の有無は,その時々の気分によっても変わるという。お互い疲れている時には絵文字やビックリマークをつけないため,相手からのLINEのメッセージを見て疲れているかどうかが分かると話していた。このことからも,文末に記号や文字をつける行為には多少の労力を要し,疲れた時には特に負担になってしまうのだと思われる。ただ,「疲れた」というネガティブな状況でも隠さなくてよいと思えるような関係になっているとも捉えることができるのではないか。
 カップルⅡは交際当初,お互いに素を出すことができずねこをかぶっていたというが,一緒に過ごす時間が増えていく中でありのままの自分をさらけ出せるようになり,充実した日々を送っていた。しかし交際後半年が経過した頃,マリが別れ話を持ち掛け,破局の危機に直面した。原因は,それまで積極的に会う誘いをしていたタクマからの誘いや日々の連絡が少なくなったこと,タクマに対する恋愛感情に疑問を持ち始めていたことで,付き合っている意味が分からなくなっていたということである。マリは決して今すぐ別れたいという気持ちがあったわけではなかったが,別れを示唆することで当時の状況を変えたかったという。当時遊びの誘いや連絡頻度が減っていたことについてタクマは「マリがいてくれることが当たり前になっていた。」と振り返る。恋人関係になってから時間が経つにつれ,それまでは刺激的だったことに慣れ,会えることや連絡が取れることへの新鮮味も薄れていったのだろう。別れ話をされたタクマは,マリの存在の大切さに気づき,付き合い方を見直すきっかけになったという。交際当初の初々しい感情がなくなってもなお恋人関係を良好に保つことはそう簡単ではないと思われる。そこには,情熱的に高ぶる恋愛感情だけでなく,一緒にいて安心感が得られる,人間として尊敬できる,互いを理解し合い尊重し合えている,自分に良い影響を与えてくれる等,長期的な目で見て相手を必要と思えることが必要なのではないか。
 マリがタクマを必要だと思える理由の一つに,自分の気持ちを素直に伝えられる存在であることが挙げられる。マリはこれまでの恋愛において,相手に合わせてばかりで不満や自分の本当の気持ちを言えずにいたそうだ。相手から愛されているという確信が持てなかったため,嫌われることが怖く,ありのままの自分をさらけ出したり本音を打ち明けたりすることができなかったという。しかしタクマと出会い,愛されているという実感を得ることができ,嫌われることを恐れることなく,着飾らずに等身大の自分でいることができている。タクマとマリは,交際直後は恥ずかしくて相手への思いを口にすることができなかったが,徐々に思いを言葉にして伝えられるようになったといい,行動や態度だけでなく言葉で互いの気持ちを確認できることが,マリにとってこれまでの恋愛とは違い,大きな安心感を生んだのだろう。また,両者ともに,相手の異性交流に対する嫉妬心がないわけではないが,浮気の心配は全くなく信頼していると話していた。このように自信を持って言えることも,日常的に相手からの真っすぐな愛情を感じることができているからだと思われる。さらに,意見や不満を言えるようになったのは,タクマの度量が大きく,何でも受け止めてくれるという安心感があることも理由の一つだという。偽りの自分で居続けること,嫌なことを嫌だと言えずに我慢し続けることは精神的に大きな負担がかかってしまう。そのような状態では,これまでの恋愛は楽しくない思い出のほうが多かったとマリが話すように,窮屈で長続きはしないだろう。また,恋人関係を築くことには人それぞれあらゆる意味合いや目的があるが,最終的に結婚し夫婦になるという未来を思い描く人も少なくない。夫婦関係になることを考えれば,さらに人生の長い期間を共に過ごすこととなり,なおさらありのままの自分でいられることが重要になると思われる。また二人は,価値観が似ており,そもそも相手に合わせようとしなくてもよいので楽だと話していた。ある程度自分と似た考えの相手であれば,意見の違いから衝突することも少なく,大きなストレスなく過ごすことができるのだろう。
 これまでの恋愛は長続きせず,マリと付き合った期間が最長だというタクマは「会う頻度が丁度いいと思う。付き合ってからずっと週に1回くらい。会いすぎず会わなさすぎず。」と話していた。なぜ週一回が丁度良いのか尋ねると,会わなさすぎると付き合っている意味がないと感じてしまうが,会いすぎると一緒にいられることが普通になってしまい会える楽しみが軽減してしまうからだという。関係が希薄にならない範囲内で,かつ慣れを最低限にとどめ新奇さも失わないような頻度で会うことがよいと考えており,カップルⅡにおいてはそのつりあいがとれる最適な頻度が週に一回だったといえる。
 以上のように,カップルⅡの二人の関係初期から現在までの約1年10か月間のLINEトークのやりとりを中心に見てきたが,その絵文字使用量は関係初期に多く,交際後徐々に減少していることが分かった。これは,親密さが上昇するにつれて絵文字使用が促進され,さらに親密になると絵文字使用が抑制されるという筆者の予想を一部支持する結果であるといえる。カップルⅡの調査結果からは,親密さがそれほど高くない時には絵文字を使用して親密になろうとし,高度に親密になると絵文字付加の必要がなくなることが示唆された。

 




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