問題と目的
本研究の目的は恋愛経験の有無と恋愛志向性が異性との対人葛藤時における対処方略の選択に及ぼす影響の検討である。また葛藤相手(異性)との関係性の違いが対人葛藤方略選択に影響を及ぼすかどうかについても検討する。
対人葛藤研究
対人葛藤に関する研究は多く行われている。対人葛藤の定義も多くなされており,代表的なものに藤森(1989),大渕・福島(1997) ,加藤(2003)のものがある。藤森(1989)は「対人葛藤とは,個人の要求や期待が他者によって阻止されていると個人が認知することによって生じる」と定義し,大渕・福島(1997)は「対人葛藤とは他者との顕在的・潜在的対立を含む社会的状況である」と述べる。つまり,対人葛藤とは,表面化された・表立った場合と,外に現れない・個人内で認知された場合における他者との対立の状態である。人は対人葛藤が生じた際に,その状態を解消しようと何らかの処理を行おうとする。人がどのように対人葛藤を解消するのかが対人葛藤方略である。加藤(2003)によると,対人葛藤(interpersonal conflict)とは「個人の行動,感情,思考の過程が,他者によって妨害されている状態」であり,対人葛藤方略とは「対人葛藤状況において,葛藤解決を目的とし,方略行使者が葛藤相手に対して何らかの影響力を行使しようとした行動」であると定義される。
対人葛藤方略研究
対人葛藤方略における主要な研究領域として,葛藤方略の分類研究,方略選択に影響する要因研究がある。
葛藤方略の分類として, 2次元5タイプモデルがある。加藤(2003)は,方略行使者の関心事を満たす程度を示す「自己志向性」と葛藤相手の関心事を満たす程度を示す「他者志向性」の2次元によって,葛藤方略が統合スタイル,回避スタイル,強制スタイル,自己譲歩スタイル,相互妥協スタイルに分類されるとし,2次元5タイプモデルに基づく対人葛藤方略スタイル尺度(Handling Interpersonal Conflict Inventory:HICI)を作成した。加藤は分類した5スタイルについて,以下のような葛藤方略群を意味するとしている。1つ目の「統合スタイル」は方略行使者と葛藤相手の両者が受け入れられるように交渉し,問題を解決する方略群である。2つ目の「回避スタイル」は直接的な葛藤を避けようとする方略群である。3つ目の「強制スタイル」は葛藤相手の利益を犠牲にしてでも行使者の要求や意見を通そうとする方略群である。4つ目の「自己譲歩スタイル」は葛藤相手の要求や意見に服従する方略群である。5つ目の「相互妥協スタイル」は行使者と葛藤相手の両者が相互に要求や意見を譲歩し合い,お互いに受け入れられる結果を得ようとする方略群である。対人葛藤の定義より,対人葛藤において葛藤当事者である「自分」と葛藤相手である「他者」が存在する。場面や状況,その他の第三者の存在を除いた,自己への関心と他者への関心という2次元で考えるのは簡潔でわかりやすいものである。また対人葛藤には潜在的・顕在的なものがあるとされているが,対人葛藤方略としては表面化された行動を扱いたいと考えた。よって本研究では加藤(2003)の対人葛藤方略尺度を用いる。
方略選択に影響する要因研究として,本人の特性,葛藤相手の種類や関係性,葛藤状況など様々な要因に関する研究がある。葛藤相手の種類に関する先行研究として,藤森 (1989) や深田・山根(2003)のものがある。藤森(1989)は男子寮生活における先輩・同輩・後輩との対人葛藤について,先輩との葛藤ほど抑制・協調型ストラテジーの使用が増加,後輩との葛藤ほど促進・個別型ストラテジーの使用が増加といったように勢力の格差によって方略の選択が異なることを明らかにしている。深田・山根(2003)は葛藤相手を父親,母親,同性の親友とし,協調的な方略を母親に,同調的な方略を父親に相対的に多く使用するとしている。これらの研究のように,葛藤相手との関係性がパワーバランスのある場合には葛藤方略選択に違いが出ることが明らかにされている。また,筆者の知る限りでは対人葛藤相手として同性友人を扱う先行研究は多いが,それと比べて対人葛藤相手に異性を扱っているものが少ない。
異性との対人葛藤研究
異性との対人葛藤を扱っている研究として,夫婦関係・恋人関係を扱ったものはある。古村・戸田(2008)は親密な2者関係における対人葛藤方略を検討しており,親密な関係として異性の恋人と同性の親友を対象としている。結果は,恋人と親友で対処方略の内容について若干の項目の違いはあるものの,対処方略の構造としてはほとんど差がみられなかったこと,対処方略の取り方の違いについて恋人関係において性別による違いがみられ,同性の親友関係においては性別による違いがみられなかったことを示しており,今後の検討課題として,異性の親友との対処方略について調査・検討する必要性を述べている。異性を扱ううえでは,恋人関係の検討は外せないだろう。しかし,友人関係と恋人関係は質的に異なるものである(宮代・及川 ,2019)以上,異性との対人葛藤研究において異性友人に関しても扱うべきと考える。よって,本研究において対人葛藤相手が異性である場合の対処方略研究を扱う。
また,宮代・及川(2019)が指摘するように,友人関係と恋人関係は質的に異なるものであるのであれば,つまり葛藤相手との関係性が異なれば,対処方略選択にも違いが出ると予想される。そのため,葛藤相手(異性)との関係性を尋ね,対人葛藤方略選択に影響を及ぼすかどうかについても検討する。宮代・及川(2019)は恋人,友達以上恋人未満,友達について「愛情」の差異を検討し,友人関係と比べて恋人関係の方が,相手に「親密さ」や「コミットメント」を感じると示している。よって,対人葛藤相手が恋人の場合,友人関係と比べて協調的な方略をとるのではないかと仮説を立てる。
青年期における異性との関係
青年期は異性との関係に強い関心を持つ時期であるとされる(多川,2003)。多川(2003)は恋愛における相互作用が青年に対し,どのように影響をもたらすのかを面接法を用いて探索的に検討している。その結果,多川(2003)は恋愛における相互作用が個人の内面,対人関係観へ影響を与えるという研究において,恋愛関係が与えた対人関係観の変化として回答の多かった2つとして,「本音を率直に語る」(主張性)と「相手に配慮して行動する」(協調性・誠実性)を挙げている。これは葛藤方略分類として,自己志向性次元が高く,他者志向性次元も高いものに相当するといえるのではないかと考える。つまり,恋愛経験のあるものはないものと比べて,対人葛藤方略において自己志向性次元,他者志向性次元のともに高い方略を選択するだろうと推測する。
また,髙坂(2011)が現代青年の恋愛のあり方を理解するうえで,恋人の有無だけでなく,恋人を欲しいと思わない青年の存在,つまり恋人を求めるか否かという視点も重要なことだと指摘している。髙坂(2011)は恋愛群,恋愛希求群,恋愛不要群の比較検討として,個人主義の観点からも検討している。自分の考えをしっかり持ち,それを主張できることを指す「個の認識・主張」と自分の考えを最善であると考え,他者からの意見を受け入れられないことを指す「独断性」を指標として用いているが,その結果,恋愛群において「独断性」は低く,「個の認識・主張」得点は高いこと,恋愛不要群において「独断性」が高く,「個の認識・主張」得点は中程度であること,恋愛希求群において「独断性」は低く,「個の認識・主張」得点は低いことを示している。髙坂(2011)の「独断性」と「個の認識・主張」について,葛藤方略分類の2次元に対応させると,「独断性」は他者志向性次元に,「個の認識・主張」は自己志向性次元にあたると考えた。以下に仮説をまとめる。
仮説
1) 恋愛経験「あり」群は「なし」群よりも自己志向性,他者志向性のともに高い傾向を示す。「統合スタイル」に分類される。
2) 恋愛志向性「あり」群は他者志向性次元が高く,自己志向性次元が低い「自己譲歩スタイル」に分類される。
3) 恋愛志向性「なし」群は他者志向性次元が低く,自己志向性次元の中から高程度の「相互妥協スタイル」「強制スタイル」「回避スタイル」に分類される。
4) 葛藤相手との関係性により対処方略が異なる。恋人と協調的な方略をとる。