￿

考察①


 本研究では,怒り感情を表出しない傾向と自尊感情に焦点を当て,怒り感情に対するネガティブな認識を変容させるためのアンガーマネジメントプログラムを作成し,プログラムの効果の検討を行うことを目的とした。
 
1.プログラムと自尊感情の関係
 怒りの認識変容のためのアンガーマネジメントプログラムの実施による自尊感情への影響を検討するためにt検定を行った。その結果,プログラム実施前後において自己価値の随伴性,本来感ともに有意な平均値差は見られなかった。よって仮説1は支持された。本研究では,怒りを表出しない傾向を持ち,自尊感情を自己価値の随伴性によって保つ傾向がある者に対して,実施が可能なアンガーマネジメントプログラムを作成した。怒り感情を表出しない人の傾向として,周りを気にしすぎてしまう過剰適応傾向が高いことが挙げられる。益子(2010)は,外的適応行動は過剰適応傾向が強い人にとって自己防衛の機能を持つと考えられ,過剰適応傾向を緩和するために,過剰な外的適応行動を維持しながら本来感を高める要因について検討することが有益であると述べている。本研究において,怒り感情を表出しないという行動の傾向は,外的適応行動に当てはまると考えた。本研究のアンガーマネジメントプログラムでは,ロールレタリング上において怒り感情の表出を行ったため,実際に相手に怒り感情を表出するということはしていない。そのため,益子(2010)が述べる,外的適応行動を維持した状態で行われたアンガーマネジメントプログラムであり,自己価値の随伴性に影響を及ぼさなかったと推察される。またロールレタリング上で怒りを表出することで「相手に嫌われたかもしれない」「もう仲良くしてもらえないかもしれない」という実際の人間関係においての不安要素がないため,自己価値の随伴性が低減されなかったのではないかと推測できる。また春口(1991)によると,ロールレタリングは自己カウンセリングの作用の効用があり,ありのままの感情と思考の表現が許容されるという特徴を持っている。そのため今回のアンガーマネジメントプログラムにおいて本来感が低減されなかったと考えられる。

2.プログラムによる,自尊感情と怒りの認識への効果
2-1.自尊感情の傾向の違いによる,プログラムの怒りの認識への効果
 自尊感情の傾向別による,アンガーマネジメントプログラムの怒りの認識への影響を検討するため,プログラム実施時期と怒りの認識において二要因分散分析混合計画を行った。その結果,他者懸念の時期において有意な主効果が見られたことから,自尊感情の傾向の違いに関わらず,アンガーマネジメントプログラムが他者懸念を低減させる効果を持つことが明らかとなった。また必要性において有意な交互作用が見られ,単純主効果の検定の結果,不安定群で必要性が有意に上昇し,安定群で必要性が有意に低減していた。よって過剰適応群の人において必要性は上昇せず,負担感も低減されなかったが,他者懸念が低減されたことから,仮説2は一部支持された。
 春口(1991)によると,ロールレタリングには自己と他者の視点の獲得や,自己の非論理的,自己敗北的,不合理的な思考に気付くことが出来るという効用がある。本研究では,ロールレタリング上で相手の視点に立ち手紙を書くことで,自分が怒ると相手はどう思うかを経験した。他者懸念においては,怒ることで周りに嫌われるかもしれない等の思考から形成される非論理的な「怒りは悪いものだ」「怒りを感じるのはみじめだ」という認識が,ロールレタリングで相手の視点を経験することにより「想像していたよりも怒りを伝えた相手は怒った自分の印象を悪く思わないかもしれない」と省察が起こり,「怒りは思っているよりも悪いものではない」と認識が変化したことが効果の要因として考えられる。そのため,自尊感情の傾向の違いに関わらず,他者懸念に効果が見られたと推測される。
 不安定群において必要性が上昇した要因として,不安定群の自己価値の随伴性の高さが関係していると考える。不安定群は自己価値の随伴性が高く,普段は怒りを相手に伝えないことが予想されるが,ロールレタリングで怒られる人の視点に立つことで,「怒られた相手は自分が怒ったことを受け入れ,改善しようと考えるかもしれない」という省察が起こったことが要因となり,「怒ることは必要ない」という認識から「怒ることは必要なことだ」と認識が改まったことが,必要性が上昇した要因として考えられる。
 過剰適応群は不安定群と同じように自己価値の随伴性が高いが,効果が現れなかった。その要因として,本来感が不安定群よりもかなり低いため,自分の本当の気持ちを手紙に書くことが出来なかった可能性が挙げられる。また手紙を受け入れられる経験をしても,その理由を自分に帰属させず「一般的に正しいことだから受け入れられた」「実際にはこんな風には受け入れてはくれないだろう」また「返信での受け入れは本心ではないだろう」と考え,「怒るのは自分である必要はない」「実際に怒ることはプラスにはならないだろう」と考えたことが要因となり,必要性が上昇しなかったのではないかと推測される。また,自己価値の随伴性がかなり低いため「相手に嫌われたらどうしよう」という不安が強く,相手の視点を経験しても,怒りは必要であると感じることが出来なかったことも考えられるだろう。
 また安定群において,アンガーマネジメントプログラム実施後に必要性が下がったことに関しては,本来感が高い人は普段からありのままの自分を出すことが出来るため,日常生活で怒り感情を相手に出すことが当たり前という認識になっており,怒り感情に対して改めて必要なものであるという認識はないのではないかと推測される。また安定群は自己価値の随伴性がとても低く本来感で自尊感情を保っているため,自分の手紙に対して謝られる,気持ちを受け入れてもらうという必要がなく,ロールレタリング上で自分の怒りを伝えることによって受け入れられるような経験をしても「怒ってよかった」と思えず,「怒る必要はないかもしれない」という考えが起こったのではないかと考えられる。また,自分の気持ちを受け入れられること,手紙に対して謝られることの必要性を感じていないので,返信で自分の意見を伝える内容を書いており,怒りを伝えても相手は変わらないと考え,怒ることの必要性が下がったことが考えられるだろう。
 負担感については,自尊感情の傾向にかかわらず効果が表れなかった。春口(1991)によると,ロールレタリングでは相手に手紙で訴える往復書簡を通じて,自己と他者との役割交換を行うとき,自己のジレンマに気づき,問題の解決を促進することができると述べている。他者懸念や必要性については,他者との関係において判断されうるものであると考えられるが,負担感は自分の中で「怒りを感じることは疲れる」と認識するものであるため,相手の視点に立った時に新たな発見があるとは考えにくく,今回のアンガーマネジメントプログラムでは効果が上がらなかったのではないかと推測される。
 
2-2.怒り感情を表出しない傾向の違いにおける,プログラムの自尊感情と怒りの認識への効果
 怒りを表出しない傾向の違いによる,アンガーマネジメントプログラムの怒りの認識への影響を検討するため,怒りの抑制と怒りの制御のそれぞれについて,プログラム実施時期と怒りの認識において二要因分散分析混合計画を行った。その結果,怒りの抑制と怒りの制御ともに他者懸念の時期に有意な主効果が見られ,ここから怒りを表出する・しないに関わらず,どんな人にも他者懸念において効果が上がることが明らかとなった。よって仮説3と仮説4は一部支持された。大渕・小倉(1984)は,怒りを感じた後に9割以上の実験参加者が直接的攻撃行動と非攻撃的行動を願望しているのに対し,実際には直接的攻撃行動よりも非攻撃的行動を実行する確率の方が高いことを明らかにしている。また日本の集団主義の文化は和が強調されるため,日本人はイギリス人などに比べて,他者に対する怒りの表出を抑制することが指摘されている(Trianclis,1994;Argylep Fenderson,Bond,Iizuka,& Contarello,1986)。つまり,日本人は文化的に周りとの平和を優先するため,怒りを表出したいと思っていても実際には表出しづらいまたはするべきではないと考えており,怒り感情を表出する傾向が高くても低くても他者懸念は高いと考えられるため,どのような人においてもプログラムの効果が現れたと考えられる。
 また,怒りの抑制における本来感において有意な交互作用が見られ,単純主効果の検定の結果,怒りの抑制高群で本来感が有意に上昇した。鈴木・春木(1988)によるSTAXIの怒りの抑制は「怒りを抑える」「怒っていても外にあらわさない」等の項目があることから,怒りの抑制高群は怒っていても外にあらわさず,また本来感がとても低いという特徴を持っている。本研究のプログラムはロールレタリング上で自分の怒り感情を伝え,相手の立場で怒りを伝えた自分がどう見えるかを経験する。相手の視点に立ってみると,本来の自分であっても受け入れてもらえるということを感じた参加者が多く存在し,この経験が本来感を上昇させた要因であると推測することが出来るだろう。

2-3.往信内容による群の違いによる,プログラムの怒りの認識への効果
 往信内容の違いによるアンガーマネジメントプログラムの怒りの認識への影響を検討するために,往信内容をKJ法により分類した。その中でも参加者の記述に共通して多く見られた「状況説明」と「感情表出」をもとに4つの群に分け,プログラム実施時期と怒りの認識において二要因分散分析混合計画を行った。その結果,他者懸念の時期において有意な主効果と交互作用が見られた。単純主効果の結果,説明群において有意に低下が見られ,感情表出群,その他の内容群において低下の有意傾向が見られた。よって仮説5は支持されなかった。春口(1991)によると,ロールレタリングはイメージ脱感作の効用を持ち,イメージが想起されるようになると,あやまった自己のイメージが客観的,妥当的,事実評価的なイメージへ変化すると述べられている。イメージが一番具体的に想起されると考えられる「感情表出・説明群」でアンガーマネジメントプログラムの効果が現れず,先行研究とは異なる結果となった。本研究の手紙は,怒り感情を抱いた相手に対するものであった。そのため感情表出・説明群は,相手を傷付けないように丁寧に状況の説明や自分の感情を書いていた可能性がある。その場合,相手のことをとても気遣いながら手紙を書くことが予想でき,この気遣いが要因となって,プログラムの他者懸念に対する効果が現れなかったことが考えられる。また説明群は,事実やその場面の説明を行っており,怒った場面の事実を相手に伝えることは妥当であると内省することが出来たことにより他者懸念が低下したのではないかと推測される。

next