総合考察
本研究では,課題を先延ばしにしないようにするという点ではなく,上手く先延ばしをすることが重要であるという点に注目し,課題先延ばしの原因である個人特性と,先延ばし意識,課題の性質による着手日の関連について検討することを目的とした。まず,Big5性格特性の5つの次元が個々の先延ばし意識にどのような影響を及ぼしているのかについて検討した。次に,Big5性格特性と先延ばし意識から条件の違う課題それぞれに対しての課題着手日の違いについて検討した。最後に,課題をうまくこなすコツについてカテゴリーごとに分類して、Big5と先延ばし意識特性尺度の各下位尺度との関連を検討した。
本研究では,以下の6つの仮説を立てた。
1.勤勉性が高いと,先延ばし意識特性尺度の計画性,気分の切り替えに正の影響を及ぼし,状況の楽観視に負の影響を及ぼすと考えられる。
2.勤勉性が高いと,先延ばしをあまりしない,または計画的に見通しをもって課題を進めようとする傾向があると予測できる。
3.神経症傾向が高いと,細かいミスが気になったり失敗を恐れたりすることで,計画通りに進めることが出来ず,先延ばし意識特性尺度の否定的感情を生じやすいと考えられる。
4.外向性や開放性が高いと,他事に興味が行きやすいため,状況の楽観視を生じやすく,気晴らしのための予定を課題先延ばし中に入れることがあると考えられる。
5.協調性が高いと,積極的に取り組もうとするため,先延ばしを行いづらいと考えられる。
6.良い先延ばしとは,先延ばしを行っていても,課題の内容について一度は考え自分なりの意見が持てていたり,資料が集まっていたり,何日になったらやる,何日までには終わらせる,この日は遊んで次の日にはやるといった具体的な計画を立てられている,またはそこからさらに先延ばしをしてしまっても,この日までには必ず終わらせるといったさらなる先延ばしの先の計画を立てられていることだと考えられる。
1.Big5性格特性と先延ばし意識特性尺度との関連について
仮説1,3,4の検討のため,Big5の下位尺度「外向性」,「協調性」,「勤勉性」,「神経症傾向」,「開放性」をそれぞれ独立変数に,先延ばし意識特性尺度の下位尺度「先延ばし後の否定的感情」,「先延ばし前の否定的感情」,「先延ばし中の肯定的感情」,「気分の切り替え」,「状況の楽観視」,「先延ばし中の否定的感情」,「計画性」をそれぞれ従属変数にして重回帰分析を行った。
その結果,勤勉性から先延ばし意識特性尺度の「計画性」と「気分の切り替え」,さらに「先延ばし中の否定的感情」に対して正の影響,「状況の楽観視」だけでなく「先延ばし後の否定的感情」,「先延ばし前の否定的感情」,「先延ばし中の肯定的感情」に対して負の影響がみられた。勤勉性が高いと,遊びと勉強のように気分や行動のメリハリがあり,物事を上手く進められなかったときに後ろめたさを感じることが示された。一方で勤勉性が低いと,今の状況に焦りを感じずまあ良いやと考えたり,課題をやらずに放置したあと後悔したり,課題に取り組む以前から気が重かったり,課題を放って遊んでいると開放感を感じることが示された。小浜(2010)は,勤勉性と先延ばし意識特性尺度の「気分の切り替え」,「計画性」との間に正の関連,「状況の楽観視」との間に負の関連が見られており,本研究でも勤勉性から「気分の切り替え」に強い正の影響,「計画性」に圧倒的な正の影響が示されたと共に,「状況の楽観視」にも圧倒的な負の影響が示されたことから,本研究結果は小浜(2010)の結果を支持するものとなった。勤勉性からは先延ばし意識特性尺度のすべての下位尺度に影響を示したが,その中でも特に「気分の切り替え」,「計画性」,「状況の楽観視」に強い影響を示し,しっかりしていて自分に厳しい人ほど切り替えがうまく,ギリギリではなく見通しをもった行動をすることが明らかとなった。以上のとおり,仮説1は支持された。
仮説3に関して,神経症傾向から先延ばし意識特性尺度の「先延ばし中の否定的感情」に対して正の影響が見られた。「先延ばし中の否定的感情」は「課題をやらないでいると,なんとなく焦りはじめてしまう」,「課題をしていなかったことに気づいたときには焦ってしまう」,「課題をやっていないと後ろめたさを感じてしまう」から構成されている。神経症傾向はBig5性格特性では,心配性でうろたえやすく,気分が安定していないことを指すため,先延ばし意識特性尺度の「先延ばし中の否定的感情」と対応していると考えられる。また,「先延ばし中の否定的感情」から「条件4(A:易しい,B:興味なし,C:10%)」,「条件7(A:難しい,B:興味なし,C:80%)」に対して正の影響が見られたことから,課題によっては早めに取り組み始めることもあると明らかとなった。そして国里ら(2008)は,CloningerとBig5の関係を検討し,神経症傾向は損害回避の高さと,自己志向性の低さと関連すると示している。つまり,心配性で不安を感じることが多く,目的や計画に従って自らの行動をコントロールする能力が低いため先延ばししてしまうこともあるが,リスクを回避する慎重さを持っているため途中で焦りや後ろめたさを感じ,最終的には課題に早めに取り組み始めることがあるという結果となるのだと考えられる。神経症傾向について古屋(2017)は,直接的に遅延傾向に影響することはないが,ネガティブな感情に関わる要因への影響を媒介として,間接的な影響を与えていると示している。そして本研究では神経症傾向は先延ばし意識特性尺度の「先延ばし中の否定的感情」を介して,レポート課題着手日への間接的な正の影響が見られており,先延ばし中の焦りや後ろめたさなどのネガティブな感情から,課題によっては先延ばしをしづらい傾向があると明らかとなったため,古屋(2017)の結果を支持しない結果となった。先延ばし意識特性尺度の下位尺度のネガティブな感情は,「先延ばし中の否定的感情」以外にも「先延ばし前の否定的感情」,「先延ばし後の否定的感情」があるが,本研究では神経症傾向からの影響が見られなかった点から,先延ばし中に感じる焦りや後ろめたさは不安をあおる形となり課題に早く取り組み始めなければならないという感情を起こし,その結果として課題着手日が早くなったのではないかと考えられる。したがって,仮説3は支持された。
外向性や開放性については,状況の楽観視との関連があると予想したが,重回帰分析による検討の結果,いずれにもパスが引かれなかったため仮説4は支持されなかった。外向性の高さは,興味関心が外に向けられる傾向があるということだが,本研究では課題の難易度,課題への興味,課題が占める成績評価の割合しか条件にしておらず,その時の周りの状況,環境について配慮していなかったため,仮説が支持されなかったのではないかと考えられる。課題遂行と同時に自分の興味のあるイベントや出来事がある,友人に遊びに誘われるなどの条件を含む場合では,外向性の高さが先延ばし意識や課題着手日に影響を及ぼすと予測できる。また,開放性の高さは,好奇心を持ちチャレンジをしようとしたり,芸術的なものへの関心が高い傾向があったりするため,課題先延ばしではなく,日常の中の生活,行動を伴う課題,もしくは課題の途中で自分の感性を刺激するものに出会った場合などで先延ばしを行うことがあるのではないかと考えられる。古屋(2017)によると,開放性は勉強嫌悪に負の影響を与えたものの,遅延傾向や行動失敗に直接的な影響がなかったことを示している。これは本研究結果を支持する先行研究である。開放性の高さは知的好奇心の高さや創造性,目新しく変わっているものへの刺激や活動への関心などの特徴を持ち,学業に対して積極的に関わろうとする,興味を持とうとすることで勉強嫌悪を低減させると考えられている。遅延傾向との直接的な関連はないものの,開放性の高さは課題への興味と関係して課題遂行に影響を与えているのではないかと考えられる。
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