考察
5. 2回目の会話満足度得点に差が見られたグループの会話検討
会話満足度得点のグループ比較にて,得点の変化に差がみられたことから「かわいい」感情の効果は個人差があると仮説2の考察で述べた。実験群のG5とG12は1回目の会話満足度得点が両グループとも89点であったが,2回目の得点がG5は28点も高くなった一方で,G12は1点しか上がらず,変化があまりみられなかった。この差を会話の様子から検討した。
どちらのグループもメンバーそれぞれから自己開示があり,全員で笑う様子も頻繁に見られた。発話の回数に偏りもさほどなく,メンバーの誰かが話しすぎたり,全く話せなかったりすることもなく全員がバランスよく話せていた印象であった。
この2グループで圧倒的な相違があったのは,沈黙の多さであった。「かわいい」刺激を見た後のディスカッションにて,G5は1回目のディスカッションで,2回みられた6秒間の沈黙が,2回目では見られなかった。また,1回目では会話が続かず,残り時間を気にする発言があったが,2回目の会話は途切れることがなく,時間を気にせずに会話が続いていた。
一方でG12は1回目のディスカッションで6秒間の沈黙が1回みられ,2回目のディスカッションでは会話開始の指示から9秒間の沈黙があった。その後も4秒間の沈黙が6回みられ,「かわいい」画像を見た後に沈黙が増加した。沈黙の多さから,会話にあまりメリハリが感じられず,ゆったりとした印象を受けた。
このことは,仮説3の考察で述べた「かわいい」感情の効果による,ゆったりした,穏やかな気持ちになるという効果がG12の参加者には強く引き起こされたと推測する。「かわいい」刺激によって適度にゆったりした感情になれると,ネガティブ感情を抑制したり,会話の満足感を高めることにつながるが,過度にゆったりした気持ちになると,G12 の2回目のディスカッションで見られたように沈黙の増加や間が長くなり,その結果メリハリのない印象の会話となり,会話満足度の増加にはつながらなかったと推測される。
3人での会話では,メンバーの誰か一人が問いかけをしたり,話し終わったときに,うちの2人のどちらが話すのかが分かりづらく,間が長くなりがちであると考える。佐藤ら(2011)でも指摘されているが,オンラインでのコミュニケーションでは,メンバー同士の視線の向きが誰から誰に向けられているのかが表現されないため,次発話の開始時が円滑になりづらい傾向にある。狩野・布井(2020)の直接対面での会話とビデオ機能通話(LINE)を用いた場合の会話を比較でも,ビデオ機能通話の場合よりも直接対面での会話の方が沈黙時間の短いスムーズな会話が行われた。
しかし,2回目の会話満足度得点が増加したG5は,そのような間が見られなかったため,会話の盛り上がりが下がらず,円滑な会話になり,結果として会話満足度得点の増加につながったのではないかと推察される。
また,G5ではにこやかな表情だけでなく,声を出して全員で笑う様子が1回目で5回みられ,「かわいい」画像を見た後の会話では10回に増加した。
入戸野(2016)は「かわいい」感情には笑顔にする効果があり,その笑顔は表情模倣によって伝染すると述べている。本実験では実験群のメンバー全員に,2回目のディスカッション前に「かわいい」感情を喚起したため,誰かが笑顔になると,その笑顔を見たほかのメンバーも笑顔になり,全員で笑顔になるという笑顔の増幅がされやすかったと考えられる。
さらに,共感できる意見がメンバーから出た際は,「あー!」「うーん」と頷きながら言ったり,「へえー」と感嘆の声をあげたりする様子も頻繁に見られた。この感嘆の声が思わず出てしまうことはG5に限られたことではなく,2回目の満足度が16点高まったG6や,26点高まったG15でもみられ,1回目の会話よりも2回目の会話で「えー!」や「すごい!」などの感嘆や驚嘆の声が増えた。
オンラインでの会話では数人の話す声が同時になると声が聞こえなくなることもしばしばあるため,発話者以外は声を出さないことも必要な場面はあるが,声を出して笑う様子や,感嘆の声があるとオンラインでの会話であっても活気が生まれ,対面に近い会話の状態になり,満足感が高まったと推察される。
G6ではメンバーの発言中に,画面以外へ視線を向ける様子が8回ほど見られたが,2回目では2回に減少し,メンバーの話を聞く態度に良い変化が見られた。岡田他(2020)は対面での会話実験で「かわいい」ものを見た後の会話においてアイコンタクトの時間が長くなり,「かわいい」が持つ社会的交流を求めるという効果が人と人の間にも見られたことを明らかにした。本研究では非対面での会話のため,アイコンタクトは難しいものの,相手に顔を向ける時間が増加した者も見られた。
グループの会話比較検討より,「かわいい」画像を見た後の会話では,メンバー全員で声を出して笑う様子や,「あー!」や「えー!」などの感嘆の声があがることが増え,会話に活気が生まれたり,画面以外へのよそ見が減ったりすることが分かった。
しかし,「かわいい」感情が引き起こされすぎて,過度にゆったりした気持ちになることで会話に沈黙が増えたり,テンポが悪くなったりすることもあり,会話満足度を高めることにつながらない場合もある。よって,適度に「かわいい」感情を引き起こすことが重要であると考えられる。
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