考察
1.自意識尺度と変化動機尺度の関連について
仮説@,A,Bの検討のため,自意識尺度の下位尺度「私的自意識」,「公的自意識」と変化動機尺度の下位尺度「関係維持」,「自然・無意識」,「演技隠蔽」,「関係の質」の相関係数を求めた。また,自意識尺度の下位尺度「私的自意識」,「公的自意識」を独立変数に,変化動機尺度の下位尺度「関係維持」,「自然・無意識」,「演技隠蔽」,「関係の質」をそれぞれ従属変数にして重回帰分析をおこなった。
相関係数の算出と重回帰分析の結果,私的自意識は,変化動機尺度の「関係維持」,「演技隠蔽」に対して,公的自意識でも同様に,変化動機尺度の「関係維持」,「演技隠蔽」に対して有意な正の相関,有意な正の影響がみられた。
まず,自意識尺度の「私的自意識」は,変化動機尺度の「関係維持」と「演技隠蔽」に正の相関と正の影響を示したことについて,他者からは直接観察されない自己の内面に注意を向ける程度と,関係を壊したくない,意識的に演じる,という変化動機に関連があることを示している。「関係維持」には,相手とうまくやっていきたい,関係を壊したくないなどの関係維持願望だけでなく,自分を受け入れてほしいという自己理解願望や相手を傷つけたくないなどの配慮も動機の内容として含まれていることから,自分自身の内側に目を向けることを大切にするのと同時に相手にも自分のことを知ってほしいという願望や,相手を傷つけないような配慮が関連しているのではないかと考えられる。また,「演技隠蔽」との関連について意識的に演じるという面においては,自分自身の内面に目を向けて自身を意識するため,他者の目を気にしているわけではなく,自分の中に理想としている自己や目標としている人物像が存在しており,自己を自分の理想に近づけるために意識して自己を統制しているのではないかと考えられる。池江(2016)も,私的自意識と変化動機尺度の「関係維持」,「演技隠蔽」(池江(2016)は「関係維持」と「演技隠蔽」の2つを合わせて「意図的変化」と命名している。)との間に関連がみられたことを示している。私的自意識と意図的変化(関係維持と演技隠蔽)との間に関連がみられた理由として,『私的自意識が高い人は自分自身の知覚をより正確にできるために,理想や基準から逸脱した自己を自覚し,行動によって自己を理想や基準に近づけようとするために,少なからず印象操作的に自己を変化させているからである』(池江,2016)という考えを支持するものとなった。しかし,池江(2016)の研究では私的自意識と変化動機尺度の「自然・無意識」において,関連があるという結果を示していたが,本研究では私的自意識と変化動機尺度の「自然・無意識」との関連はみられなかった。よって,仮説A『私的自意識が高い人ほど,他者からの態度に敏感に反応することはなく,態度と行動の一貫性が高いと示唆されていることから,「自然・無意識」得点が高くなると考えられる。』は支持されなかった。本研究で,私的自意識と変化動機尺度の「自然・無意識」との関連がみられなかった理由として,自己の内面に注意を向ける傾向があり,「自分が今どのように思っているか」「自分は何を考えているのか」を常に意識しているため,他者といる時も,なんとなく自然に自己が変化することは少ないのではないかと考えられる。
また,公的自意識においても,私的自意識と同様に,「関係維持」,「演技隠蔽」に対して有意な正の相関,正の影響がみられた。これは,他者が観察しうる自己の外面に注意を向ける程度と,関係を壊したくない,意識的に演じる,という変化動機に関連があることを示している。公的自意識が「関係維持」と「演技隠蔽」に関連がみられた理由としては,他者が見ている自己の外面に注意を向ける傾向があるため,他者からの自己に対しての評価が気になり,相手とうまくやっていかないといけないという思いや,意識的に演じて自分をよく見せたいという思いなどが関連していると考えられる。池江(2016)も,公的自意識と変化動機尺度の「関係維持」,「演技隠蔽」(池江(2016)は「関係維持」と「演技隠蔽」の2つを合わせて「意図的変化」と命名している。)との間に関連がみられたことを示している。これについて,池江(2016)は,『他者との関係に気を配る関係維持の動機や,弱みである部分を隠して自己を表現しようとする演技隠蔽の動機を含む印象操作的な動機である意図的変化との関連が見られた』と述べている。よって,この研究結果は池江(2016)の結果を支持するものとなった。このことから仮説@『公的自意識が高い人ほど,他者からの評価的態度に敏感であるため,相手と上手くやっていきたい,関係を壊したくないといった「関係維持」得点や,よく見せたい弱いところを隠したいという意識から「演技隠蔽」得点が高くなると考えられる。』は支持された。しかし,池江(2016)の研究で示されていた公的自意識と変化動機尺度の「関係の質」の関連について,本研究ではみられなかった。よって,仮説B『外から見える自己に敏感であるとされる公的自意識が高い人は,心を許している人が限られ,心を許している程度を示す「関係の質」得点が高いと考えられる。』は支持されなかった。本研究で,公的自意識と変化動機尺度の「関係の質」の関連がみられなかった理由として,外から見える自己の側面に意識を向ける傾向があるため,相手との親密さや心を許している程度というのは自分の内面的な考えであり,相手は自分をどのように思っているかは分からないといった不安などから,関連がみられなかったのではないかと考えられる。
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