はじめに


世の中には様々な犯罪が存在し,連日ニュースを騒がせている.その中でも性犯罪は被害者の身体や心を傷つける犯罪である.警察庁(2021)の発表によると,2021年の強制性交等罪の認知件数は1388件,わいせつ罪の認知件数は7764件となっており,わいせつ罪は平均して日本で一日に21件起こっていたことになる.齋藤,岡本,大竹(2019)は,被害者が大人になっても,幼少期の性被害を考えることで人間としての尊厳を著しく傷つけられたと感じ,自責の念を感じて自傷行為をしてしまう事例が多いと指摘している.警察庁(2018)は,うつ病や不安障害のチェックリストであるK6ストレステストで重症精神障害相当とされる13点以上のスコアを取った被害者の割合は,痴漢等の被害者では13.2%,無理やりにされた性交等の被害者では20.6%と示している.性暴力で受けた身体の傷は治っても心の傷は生涯の中で深刻なダメージを被害者に与え続けているのである.
 
性犯罪者は犯罪を衝動的に起こすのではない.犯行遂行までに,4つの段階があり,次の段階に進むのを防ぐ障壁が4つある.Kang(2002)はその障壁を,犯行を防ぐ「4つの壁」と呼びこの壁を強化することが望ましいと述べている.「第1の壁:健常的な性欲のはけ口」「第2の壁:良心」「第3の壁:機会の欠如」「第4の壁:被害者の抵抗」を全て乗り越えてしまうことは,犯行の遂行を意味するからである.(Kang,2009 (藤岡訳2009)・鈴木,2014)性的欲求不満や強い性的な関心は第1の壁を乗り越えさせる.しかし欲求不満であっても,世の中の大半の人間は性犯罪を起こそうとは思わないだろう.性犯罪者は「触るだけなら被害者も傷つかないであろう」というような認知の歪みを持つことにより第2の壁を乗り越え,そして加害対象となる人物や犯行に及ぶ場所を物色することで第3の壁も突破し,そして被害者の抵抗もいとわず性暴力をふるうことによって第4の壁を乗り越え,性犯罪を完遂するのである.性犯罪者には,一般的な人が感じる壁を認識していない.鈴木(2014)は,欲求不満,認知の歪みなどの要因を4つの壁を乗り越えるための”はしご”と呼び,このような要因を持ち合わせていることが犯罪を犯してしまう条件であるという見解を示している.

 しかし,性犯罪者が4つの壁を乗り越え遂行された性犯罪に対して,加害者ではなく被害者の非を唱える者は少なからず存在する.「被害者に隙があったのではないか」「合意があったのではないか」等の第三者からの指摘によって,自己嫌悪に陥った性被害者が泣き寝入りをしてしまうことや(小俣,2010),恋人や親のような身近な者から「性犯罪に遭うなんて恥ずかしい」「誘惑をしたのではないか」などの性被害を受けたことに対する理解の無い言葉が,被害者が被害を相談できない環境を生みだすこと(小林,2008)が指摘されている.このように,性犯罪とは,被害者が被害にあった後も何度も傷つく可能性や,被害者の心のケアがなされないままである可能性がある犯罪なのである.(齋藤 ,岡本,大竹,2019)。

 内閣府男女共同参画局(2021)の男女間における暴力に関する調査によると,無理やり性交等をされた男女142名のうち,63.4%が誰にも被害を相談しなかったと回答しており,「恥ずかしくて誰にもいえなかった」「自分さえ我慢すればいいと思った」といった理由を挙げていた.被害者の半数以上が誰にも相談していないのであれば,世の中に実際起こっている性犯罪は警察の発表の認知件数よりもずっと多いことが示唆される.このように,加害者だけでなく,第三者・被害者の親しい間柄の人物や被害者自身でさえも,性被害を矮小化,または被害者に非があるといった考えを持っていることがある.性犯罪被害を軽視することは,性犯罪の暗数化や,被害者へのセカンドレイプを引き起こす可能性に繋がる.(小俣,2010・小林,2008)

なぜ,加害者ではない人々は,前述した4つの壁を認識しており壁を乗り越える"はしご"を持っていないのにも関わらず,被害者の言動・行動を非難するのであろうか.第三者だけでなく,被害者を大事に思っているであろう家族や,友人,さらには加害者の気持ちなど到底理解し得ない被害者が加害者を合理化・容認するような思考に陥ってしまうのか.本研究では,性犯罪における被害者非難に焦点を当てて,第三者から見た被害者や性犯罪についての見解を検討していく.



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