レイプ神話


2-1.レイプ神話とは

 レイプ神話とは,レイプを合理化する誤った信念のことを指す.実際にはどうなのかを確かめもせず信じられているという意味で神話という言葉が用いられている.男性の性欲は女性よりも強いのだからレイプをしてしまう,女性は無意識に男性に犯されることを望んでいる,思わせぶりな言動をしていたからレイプをされる,等である.鈴木(2014)によると,性犯罪者は自分が強い男だと感じたい,他人を支配したいという欲求からレイプを行う傾向にあり,レイプという行為は性欲を満たすものではなく支配欲を満たすものであることを指摘している.しかし,支配欲や憎しみといったものがレイプの要因なのではなく,サディスティックな欲求を孕んだ性行為を目的としている(Ghiglieri,2000 松浦訳,2002)という見解もある.このように,研究者によって「従来」レイプ神話がどのようなものであるのか,「正しい」レイプ神話はどんなものであるのかは異なる.

 レイプ神話の先行研究として,大渕,石毛,山入端,井上(1985)の行った研究があり,その研究ではレイプ神話尺度が作成,使用された.レイプ神話尺度(大渕他,1985)は「女性は男性から暴力的に扱われることで性的満足を得るものである」等の暴力性の容認,「女性は無意識のうちに強姦されることを望んでいる」等の女性の被暴力願望,「女性の服装や行動が自ら危険を生み出しており,被害にあっても仕方ない」等の女性の隙,「冤罪や,都合が悪い事実を隠している」などの捏造という4つの因子で構成されており,加害者や世の中の認知のゆがみを測る尺度として現在でも性犯罪の研究で使用されている.大学生のレイプ神話許容度については,「最初のデートで男性の家へ行く女性は性交の意志があるとみてよい」という項目に,男性は54.1%,女性は31.2%という高い支持率が出ており,他のすべての項目ではないが男性は女性よりも,有意にレイプ神話を支持していることが明らかになっている.(大渕他,1985)また,被害者が「レイプは見知らぬ者から夜道で突然襲われる」というようなイメージを持っている場合には知人からの性暴力については性被害ではないと判断する傾向があることも明らかになっている.(斎藤他,2019)レイプ神話には主に「加害者の行動や信念を合理化するもの」と「被害者の行動や言動を非難するもの」の2種類がある(大渕他,1985).加害者が認知を改めない限り,性犯罪は世の中から無くならないが,被害者の認知が歪んでいるのであれば性犯罪が明るみにならず,加害者が認知を改める機会も来ないだろう.
なぜ,確実に存在する加害者の行為を責めずに,存在するかも分からない被害者の行為を責めるのであろうか.本研究では被害者の行動や言動を非難するものに焦点を当てて検討をしていく.

2-2.男性の性被害者とレイプ神話

2017年7月13日に施行された刑法改正において,強姦罪は強制性交等罪という名前に変更された.大きな変更点は3つであり,1つ目は親告罪から非親告罪となったことで,被害者が告訴をしなくとも加害者を提訴できるようになったこと,2つ目は,今まで性器への挿入のみが強姦罪の適用であったのに対して,肛門性交,口膣性交も強制性交等罪の対象になったこと,そして3つ目が,強姦罪被害者を女性に限定していたという点が見直され,男性も被害者の対象となったことである.従来の性犯罪の研究では被害者は女性だと断定され,質問紙が構成されていた.鈴木(2014)は研究者たちにさえ,男性に対しての思い込み=「神話」が存在していることを指摘し,問題視している.近年では,大学生の痴漢被害の実態調査(大嵩,2017)や女性から男性への性暴力の研究(石原,2019)が行われており,少数ではあるが男性の性被害者もいることが結果として明らかになっている.確かに,警察庁が認知している性犯罪のほとんどは被害者が女性であるが,「被害者はいつも女性に決まっている」「男性は女性よりも性欲が強い」といった考えに基づく新たな「神話」が,男性の被害者が性被害を相談できない状況を生み出している可能性も考えられる.



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