レイプ神話
2-3.強制わいせつ
強制性交等罪ではない性犯罪には,公然わいせつ罪や強制わいせつ罪,痴漢(迷惑防止条例違反)などが挙げられる.強制わいせつは強制性交等罪と同様に,暴行や脅迫を用いてわいせつ行為をした時に適用される.つまり,電車で行われるような痴漢には暴行や脅迫が含まれていないと判断されることがあり,各地方公共団体の定める迷惑防止条例違反と判断されることが多い.しかし,執拗な臀部や胸部への接触や,下着の中に手を入れるなど行為自体を暴行とみなし,強制わいせつ罪が適用される場合もある.
レイプに関する研究は見受けられるが,レイプより多いと思われるわいせつ行為の「神話」に関する研究は極めて少なく,また,レイプを想定とした性犯罪の尺度は作成されているが,わいせつ行為に関する「神話」についての尺度は作成されていない.性犯罪においての被害者非難の先行研究では,小俣(2010)が,第三者が痴漢よりもレイプの方が被害者に落ち度があると考える傾向があるという結果を示した.しかし,曹,高木(2005)は,男性が「ミニスカートは痴漢被害の原因として成り立つ」という認知をしていた結果を示しており,痴漢事件での被害者非難が軽微であるとは言えないだろう.
服装以外のわいせつ行為に関する歪んだ認知の一例では,原田(2015)による原田がかつて刑務所内で行った調査の結果が挙げられる.性犯罪者の56%は,「痴漢をされて声を上げずにじっとしている女性は,痴漢を受け入れているか」という問いに「はい」と答え,また性犯罪者の31%は「痴漢が平気な女性がどのくらいいるか」という問いに「2割以上の割合でいる」と答えたのである.刑務所内での意識調査では社会的に望ましい回答をしそうでもあるが,それでもこの結果である.
このような認知の歪みは,先行研究だけではなく,SNSでも多数見受けられる.本研究では,強制わいせつ罪に該当するような性犯罪に焦点を当てる.
3.公正世界信念
従来の研究では被害者非難が起こる理由のひとつとして,公正世界信念が挙げられている.公正世界信念とは世の中は公平であるという信念のことであり,Lerner(1980)によると,人は公正仮説信念が脅かされるような事件があるときに「被害者にも非があった」と考え,公正世界信念を守ろうとする傾向があることが明らかになっている.公正世界信念にはあるネガティブな出来事が起こった時,過去の自分の負の行いの因果であると考える「内在的公正世界信念」と,何かネガティブな出来事が起こった時に将来的には良いことがあると考える「究極的世界信念」という2つの種類の信念がある.また,世の中は理不尽であり,不公平だと考える信念は「不公正世界信念」という.Maes(1998)は,内在的公正世界信念が強いものほど,被害者を非難し,被害の原因を被害者とする傾向があると示し,村山・三浦(2015)によると,究極的公正世界信念が第三者と被害者との間に心的距離をとり,事件が自分自身とは無関連な出来事であるのだから,自分(第三者)は被害に遭わないと考える可能性があることが明らかにされている.つまり,被害者と自分の存在が近ければ,過去の行いなど関係がなく自分もいきなり被害に遭う可能性があるという恐怖から被害者に原因を求めてしまうのである.このために,年代や性別など自分との距離が近い被害者に対して反応が厳しくなってしまうこともある.
公正世界信念は自然災害,不景気などのような明確な加害者がいない事例や,傷害,窃盗などの性犯罪ではない犯罪事件などについて従来研究されてきたが,性犯罪においては未だ関連は検討されていない.本研究では,性犯罪被害者に対する公正世界信念との関連を検討していく.
4.伝統的性役割観
伝統的性役割観とは,「男性は仕事をし,女性は家庭に入るべきである」「男性は力強くあるべきで,女性はつつましく清楚であるべき」などといういわゆる男らしさ・女らしさであり,性別に関するステレオタイプである.小俣(2013)の研究では,伝統的性役割観が「女性は男性に強引に求められることを望んでいる」など,女性の性的願望に対する見解を歪めて,被害者に対する影響を変えることが明らかになっている.また,國司田・福岡(2022)は,「伝統的性役割観に逆らう女性」を軽視する程度が低い人ほど,「女性の被強姦願望」や「女性の隙」を受容しない傾向があることを明らかにしている,このように,伝統的性役割観はレイプ神話受容と強く関連があるとされている.従来の先行研究と同じように,伝統的性役割観態度はわいせつ神話支持にも正の相関があることが予測される.
ちなみに,いずれの先行研究も男性が加害者であり,女性が被害者であるという前提のもとで研究・考察をしているため,皮肉にも鈴木(2014)の述べる通りに,研究者間で「被害者はいつも女性に決まっている」という”神話”が存在することを明らかにしている.
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