8. 本研究の仮説


  仮説1:社会的クリシン志向性の側面によって,関連する特性的な認知的評価の側面は異なるだろう。

 磯和ら(2014)では,クリシン志向性が考え込み型反応または認知的統制を通して抑うつに及ぼす影響を検討している。そのなかで,クリシン志向性により不適応的な認知の歪みを正すこと,そして問題解決的な思考を行うことができると予想し,クリシン志向性が抑うつを低減すると仮説を立てている。これを踏まえ,本研究では,社会的クリシン志向性により,特性的な認知的評価において認知の歪みが意識される可能性を想定し,志向性が特性に関連するという方向で検討を進める。社会的クリシン志向性尺度の対人柔軟性は,認知的評価尺度のソーシャルサポートに有意な正の関連を示すと考える(仮説1-1)。なぜなら,対人的柔軟性は他者を尊重する志向性であるが,ソーシャルサポートは他者による支援の認知であり,他者との協調的な関係を意識している点で概念的に重なると考えられるからである。

 次に,社会的クリシン志向性尺度の論理の重視,脱軽信は,認知的評価尺度のコンフィデンスに有意な正の関連を示すと考える(仮説1-2)。藤木ら(2008)では,社会的事象の因果把握の困難さと論理的思考の自己評価が負の関連を示している。つまり,社会的事象の因果把握を困難だと思わない人ほど,論理的思考の自己評価が高いことが示唆されている。これを踏まえ,論理的の重視,脱軽信とコンフィデンスの関連を予想すると,物事を多角的に捉えたり,情報を容易に信じなかったりすることを望ましく思う人は,問題を適切に認知して解決策を考えることの抵抗が低いために自身や状況の改善に自信をもてると考えられる。

 また,社会的クリシン志向性の真正性は,認知的評価尺度のソーシャルサポートと有意な正の関連を示すと予想する(仮説1-3)。このことについて,鹿毛(2023)では自己決定理論(Deci&Ryan, 2002)及びReeve(2009)の「関わりあい」が紹介されている。Deci&Ryan(2002)は,自己決定理論について「コンピテンス」,「自律性」,「関係性」への欲求があるとする。この中の関係性は,他者と関わろうとする傾向とされるが,Reeve(2009)は心理的欲求である「関係性」以前の段階に「関わりあい」があると提言している。関わりあいは,他者との思慮的で良好な関係を指し,関わり合いという社会的文脈が,他者と関わろうとする「関係性」を促すとしている(Reeve, 2009)。他者への指摘は対人関係悪化の可能性があるが,これらを踏まえると,ソーシャルサポートの自覚がモチベーションとなり,他者への客観的な指摘の志向が発揮されることが予想できる。

  仮説2:社会的クリシン志向性の側面によって,関連するコーピングスタイル取捨選択の側面が異なるだろう。

 社会的クリシン志向性とコーピングスタイル取捨選択の関連について仮説を立てる。池田ら(2014)は,心理的ストレス反応低群と高群に分けて,クリシン志向性がコーピングに関連するか検討している。心理的ストレス反応低群では,クリシン志向性の「探究心」が問題焦点型コーピング及び情動焦点型コーピングにそれぞれ正の関連を示している。一方,心理的ストレス反応高群では,クリシン志向性の「証拠の重視」,「探究心」が問題焦点型コーピングに正の関連,「不偏性」が問題焦点型コーピングに負の関連を示している。これらの結果から,不偏性が低いと,問題焦点型コーピングを使いすぎて心理的ストレス反応が高くなることが考えられる。逆に,不偏性が高いと,問題焦点型コーピングの使用を抑制しすぎてしまい,心理的ストレス反応が高くなると考えられる。不偏性は,「物事を決めるときには,客観的な態度を心がける」,「自分の考えも一つの立場にすぎないと認識している」など物事の多面性を前提に公平さを大切にする態度である。

 そのため,本研究における,社会的クリシン志向性の「対人柔軟性」に近い因子であると考えられる。これらを踏まえ,本研究では,社会的クリシン志向性の「論理の重視」,「探究心」が問題焦点型コーピング及び情動焦点型コーピングに有意な正の関連(仮説2-1),不偏性に代わる「対人的柔軟性」が問題焦点型コーピングに有意な負の関連を示すと考える(仮説2-2)。とりわけ,社会的クリシン志向性の「対人的柔軟性」は問題焦点型コーピングの使用に有意に関連し,そのバランスが心理的ストレス反応に影響すると仮説を立てる(仮説2-3)。

  仮説3:社会的クリシン志向性の側面によって,関連する心理的ストレス反応の側面が異なるだろう。

 池田ら(2014)において,心理的ストレス反応の抑うつ・不安及び不機嫌・怒りはクリシン志向性の「不偏性」と負の関連,「証拠の重視」,「探究心」と正の関連を示した。仮説2において,クリシン志向性の不偏性が社会的クリシン志向性の対人柔軟性に類似すると考えたことと先述した先行研究での結果を踏まえ,本研究では,抑うつ・不安及び不機嫌・怒りは社会的クリシン志向性の「対人柔軟性」と有意な負の関連(仮説3-1),「論理の重視」,「探究心」と有意な正の関連を示すと考える(仮説3-2)。また,池田ら(2014)において,心理的ストレス反応の無気力は,クリシン志向性の「不偏性」と負の関連,「探究心」と正の関連を示した。そのため,本研究では,無気力は社会的クリシン志向性の「対人柔軟性」と有意な負の関連,「探究心」と有意な正の関連を示すと考える(仮説3-3)。

  仮説4:社会的クリシン志向性は特性的な認知的評価とコーピングを媒介して心理的ストレス反応と関連するだろう。

 仮説1で磯和ら(2014)が,クリシン志向性は認知の歪みを低減することで抑うつに影響すると仮説を立てており,その結果として考え込み型反応(思考を否定的に反芻する)の下位尺度「自己理解」,「否定的考え込み」は抑うつと正の関連,認知的統制(思考の調整,制御)の下位尺度「破局的思考の緩和」は抑うつと負の関連を示している。これは,クリシン志向性が認知に関連するという方向づけへの支持が考えられる。そのため,本研究においても,社会的クリシン志向性が特性的な認知的評価における認知の歪みを和らげ,コーピングを柔軟に使用できることで心理的ストレス反応を抑制すると仮説を立てる。



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