問題と目的 


1.絵本場面での想像の特徴

2.想像と現実の区別や揺れ動きの問題

3.絵本場面における想像と現実の問題

4.絵本の出来事に対する理解

5.絵本の出来事に対する理解と絵本場面での想像・感情喚起との関連について

6.本研究の目的


1.絵本場面での想像の特徴

 今井・坊井(1994)は絵本場面の特徴として、「子どもたちは物語を通して、自分の身に実際に起こったことでなくとも、あたかも自分自身の経験であるかのように、想像的にそれを受け入れることができる」(Pp235)ことをあげている。ここにもあるように、絵本場面は幼児の想像的活動が行われる場のひとつであり、そのような想像的活動による擬似的な体験が絵本の魅力のひとつであると考えられる。

想像もしくは、それを行う能力は想像力(imagination)と呼ばれている。木下(1995)によると、想像力は、バラバラの経験や印象を、心の中で表象(目の前にないものを心に描き構成したもの)にまとめあげる能力であるとされる。このように、想像は、心の中である考えやイメージなどを新たに生み出すことであると言える。また、その想像によって構成された世界は想像の世界とされている。

作者による想像的活動がことばや絵によって具体的な形になったものが絵本や物語の作品であるとすれば、それらも想像の世界のひとつであるといえる。そして、冒頭の今井・坊井(1994)に示されるように、絵本場面は、他者によって作られた想像の世界を介した幼児の想像的活動であると特徴づけられる。

 





2.想像と現実の区別や揺れ動きの問題

 さて、このような想像的活動における幼児の心理についての研究では、幼児が想像と現実をどう区別しているかといった問題や、両者をどう関連付けているかといった問題が扱われてきている。それらの研究の中には、幼児の想像と現実の区別は曖昧であったり、揺れ動くものであったりすることを示すものもある。

例えば、絵本場面と同様、幼児の想像的活動の身近な場面として、ふり遊びやごっこ遊びがあげられる。想像力の発達とともに、幼児はふり遊びやごっこ遊びといった象徴遊び(symbolic play)を盛んに行うようになるという(内田,1995)。砂をご飯として扱う、ウルトラマンごっこをするといった遊びをするとき、幼児は、実際の意味(砂、自分)に仮の意味(ご飯、ウルトラマン)をつける。このときの意味づけは子どもたち自身の心の中の想像的活動によって支えられているといえる。

このような、ふり遊びやごっこ遊びをしているときの子どもの心理状態についての研究(加用,1983など)においては、想像と現実を融合させなりきっている状態や、想像と現実をしっかり対立させて意識しそれらしくふるまおうとする状態など、想像と現実の関連付けは一定でなく、遊びの中で常に変化し揺れ動くものであるとされている。

また、富田ら(1998)は幼児における想像と現実の区別の問題を扱った研究を展望している。そこでは、想像と現実を区別する力の発達について、想像と現実との基本的な区別は年少の幼児においても成立していることを指摘している。ここでは、3歳児でもクッキーを見たり触ったりできるのはクッキーを持っている少年の方であり、クッキーを想像している少年は見たり触ったりすることはできないと答えることが可能であることがとりあげられている(Wellman&Estes,1986)。しかし、この想像と現実の区別は特に年少の幼児の場合しっかりとしたものではなく、ある一定の条件下では区別が曖昧になる場合もあるとする。例えばここでは、何も入っていない空箱に怪物や子犬などの対象を想像させ、その後の箱に対する行動を観察したり、想像したものが実際に箱の中に存在すると思ったりしたかをたずねるような課題(Harris,Brown,Marriott,Whittall,&Harmer,1991など)があげられている。この課題の結果において、46歳児の半数は想像した対象は現実に存在しないと主張しながらも、部屋に一人で残されると、箱に触れる、開けるなどのアプローチをしたり、後の質問で、もしかしたら箱の中に想像した生き物がいるのではないかと怪しんだりしたことを認めたという。

これらの先行研究は、想像と現実の基本的な区別は3歳頃を初めに理解されていくことを示している。一方で、幼児における想像と現実の関係は移り変わるものであり、またその区別についても状況によって揺れ動く可能性があることが同時に示唆される。そして、これらの先行研究は、主に幼児自身の想像的活動によって生み出される想像と現実の区別の問題を扱っている。




3.絵本場面における想像と現実の問題

一方、幼児の想像的活動のひとつである絵本場面においても幼児の想像と現実の区別や揺れ動きの問題が扱われてきた。ただし先ほども述べたように、絵本場面では、幼児自身の想像は絵本を介して行われている。そのため、絵本場面での幼児の想像と現実の問題については、主に幼児が、想像のきっかけとなる絵本での出来事、つまり他者が作り上げた想像の世界での出来事と、自分のいる現実の世界での出来事をどのように区別していくのかという視点で整理をしながら研究がされてきている。ここでの絵本の出来事と現実の出来事の区別というのは、絵本に描かれている内容を、現実の出来事ではなく、他者によって作り上げられた想像の出来事と理解することである。この幼児の絵本の出来事と現実の出来事の区別はどのように生まれていくのか。これまでの絵本場面の研究によると、両者の区別については、読者としての位置から絵本を楽しむ姿に始まり、次第に理解がなされていくと考えられる。

古屋(1996)は、幼児が絵本を読んでいるときの語りに注目しながら登場人物と幼児の関係について事例検討を行っている。これによると、幼児は3歳代になると、自分自身は物語の外にいる読者であることを念頭に置きながら、登場人物の行動に注目をしたり、様々な考えをめぐらしたりするようになるとしている。ここから、ある時期になると幼児は絵本の出来事を読みものとして読者の立場から楽しみ始め、絵本を介した想像的活動が本格的になってくることが示唆される。

また、田代(1991)は、絵本の登場人物と読者の関係の発達的変化について事例検討を行っている。ここでは、子どもたちが絵本を読むことによって実感した感情を読者の立場としてどのように楽しむようになっていくのかについて、絵本の出来事と現実の出来事の区別の視点から発達的変化が検討されている。

田代(1991)によると、子どもたちが絵本によって感じられる感情を読者の立場から安心して楽しむためには、お話を読むことができたという経験を基にして、絵本の出来事と現実の出来事との区別ができることが必要であるという。ここでは、絵本「三びきのやぎのがらがらどん」を読むたびに大声で泣いて部屋を飛び出していた3歳児クラスの子どもが、ある日とつぜん保育士のところにやってきて、「がらがらどん好きになったの、お話なんだよね。」と言い、これ以降は絵本が怖くて泣くということがなかったという事例などが紹介されている。

一方で、こうして絵本の出来事と現実の出来事の区別を理解していく幼児たちも、絵本場面において、絵本の出来事と現実の出来事の関係が揺れ動くかのような様子がみられる。これについては、次のような事例がある。(田代,1991)

この事例は、絵本「ねないこだれだ」に怖さや不安を感じた4歳児のものである。ここでは、おばけが女の子を連れて行くのはお話でのことだとはわかっていながら、絵本を読んでいて「もし、登場人物と同じような事態に現実の自分が出合ったならば。」と想定したときの現実の自分の感情が問題にされていると田代(1991)は推測している。

この事例の幼児は、怖いおばけの絵本がお話の出来事だと分かっていながら、それでもどこかでもし自分が登場人物の立場だったらという絵本の出来事と自分との結びつきが起き、怖いといった感情が生まれてきているといえる。幼児の中で、このような矛盾したような姿がみられるのはなぜなのだろうか。

これには2つの状況の要素の影響があったと考えられる。1つ目の要素は、幼児自身による想像的活動である。絵本の出来事であると理解していながら、「もし、登場人物と同じような事態に現実の自分が出合ったならば。」と考えていたと推測しているように、幼児自身が絵本に対する関与を想像していたことがあげられる。そして、2つ目の要素は、感情の喚起である。それは、幼児の想像が、感情の喚起するような絵本内容の影響を受けていたと考えられるからである。他の研究分野における幼児の想像と現実の区別や揺らぎの問題においても、想像したことが自分に影響を与えることを仮定したときの問題や、感情喚起の影響などが扱われてきている(富田ら 1998;富田ら 2003)。そして、絵本場面において、ここにあげた想像的活動と感情喚起の2つの要素には、密接な関係があると考えられる。この両者の密接な関係によって、客観的にはその区別が理解されていた絵本の出来事と現実の出来事が関係付けられ、絵本の出来事と現実の出来事の区別が揺れ動いているかのような姿を見せるのではないか。

その根拠として、別府(2005)では、絵本場面における幼児自身の想像と感情の関係についての2つの特徴を述べている。1つは、絵本を読み聞かせてもらい登場人物の気持ちを想像することで、怖いとか嬉しいといった感情が現実に生じること。もう1つは、反対にある感情をもつと、それに関連したことを次々想像してしまうことである。また、この想像と感情の関係についての考えの基になっているヴィゴツキー(1930/2002)では、前者の特徴について、「空想で考えられた主人公たちの情熱、運命、彼らの喜びと悲しみは、それは実際の出来事ではなく空想上の虚構であるということを知っているにもかかわらず、なお読者を不安がらせ、興奮させ、引き込んでしまうのです。」(Pp30)と述べている。

ここから、絵本場面における想像と感情には密接な関係があることが示唆される。またヴィゴツキー(1930/2002)で述べられているように、絵本の出来事と現実の出来事の区別が理解されている幼児であっても、絵本を介した想像により感情は現実の幼児に引き起こされ、また絵本場面で感情が引き起こされることにより絵本内容に関連した想像はさらに生まれてくるだろう。こうした絵本に対する関与を考えるような幼児自身の想像と感情要因の影響の作用によって、絵本の出来事への想像が広がり、絵本の出来事と現実の出来事の区別が揺れ動いているかのような姿を見せるのではないか。こうした想像と感情の関係による、想像の出来事と現実の出来事の区別の揺れ動きは、私たちが文学作品と関わるときにも同様のことがいえるだろう。

ここから、幼児の絵本場面における想像と現実の問題を検討する際には、幼児の絵本の出来事と現実の出来事の区別の客観的な理解だけではなく、両者の区別の揺れ動きのきっかけとなる幼児自身の絵本を介した想像と、またそのような想像を引き起こす感情喚起の要因にも併せて注目する必要があると考えられる。

このような幼児自身の想像と感情喚起の要因の問題を考えるにあたって、示唆を与えるのが田代(1983)の事例研究である。田代(1983)は、物語の登場人物に幼児と同じ名前を付けたときの反応を観察しながら、絵本読み場面での絵本の出来事と現実の出来事の区別の問題について、その発達的変化を検討している。これによると、2歳前後の子どもたちは、両者の区別がないかのように、自分や友達の名前を付けている様子をみせる。しかし、登場人物の感情を理解し始め、読者の立場になり始めるとみられる3歳頃になると、様子に変化が現れるという。例えば、「これ、○○くんじゃない。」と大人がいうと、「○○くんじゃない。これは△△ちゃん。○○くんは泣かないんだ。」と抗議をしたり、3匹のこぶたにそれぞれの子どもの名前を付けようと提案すると、「レンガの家をつくるブタならいいけどいいけれど、あとはイヤ。」と怒る幼児がいたという。ここでは、名前を付けられた登場人物の感情や様子と、自分の理想とのズレを意識し、批判的な反応を示すのだとされている。しかしその批判的な反応も、4歳から5歳以降、次第に絵本の出来事と現実の出来事の区別がつくことによって違った様子を見せるようになるという。先ほどの3匹のこぶたでの事例を述べると、「いやだけど、お話だからいいよ。」という反応や、それ自体を楽しんだりするなど、「自分自身の感情体験と一致していたとしてもそれと自分の名前を付けることとは別。」とわりきることができるようになるとされる。このわりきりができるようになるには、幼児が絵本の出来事を想像上の、表現されたものとして現実の出来事と区別できることが必要になるとここでは考えられている。

この田代(1983)の事例研究の持つ意義は2つあると考える。1つは、絵本の出来事と現実の出来事の区別の客観的な理解ではなく、幼児自身が登場人物の立場を自分に置き換えて想像したと思われるときの反応や感情から幼児の絵本出来事と現実出来事の区別についての検討がされている点にある。そして2つは、その方法として、絵本の登場人物と幼児との関係の想像を名前付けという行為によって誘発させている点にある。

後者の名前付けという行為の意義について考える。絵本場面における幼児の想像的活動は様々である。その中で、田代(1983)の登場人物に名前を付けるという行為は、幼児の意識を絵本内容に向けながら、絵本の出来事と幼児の関係を想像させることができる1つの方法であると思われる。また、田代(1983)5歳児の事例において、登場人物が実在の幼児と同じ名前で呼ばれると全員が「オッ。」とどよめき喜んだり、その登場人物が悪いことばかりすると、本人はだんだんと気になって名前が本当かどうか確認したりするといった様子があげられている。このような幼児の様子からも、絵本場面で名前を付ける行為が幼児たちの中の想像や何かしらの感情を誘い出す効果を果たすことが示唆される。

さて、田代(1983)では、年齢があがるにつれて、名前を付けても「絵本だから。」と発言したり、大きく感情が揺らがず名前付けを楽しんだりするなど、次第に絵本の出来事と現実の出来事を明確に区別していくかのような様子がみられたという。このような幼児の想像的活動をふまえた絵本の出来事と現実の出来事の区別の発達的変化の検討は本研究でも注目したい点である。

しかし、この事例研究にはいくつかの問題点があると思われる。1つ目は、事例検討であることから実証性が低いこと。2つ目は、名前をつける状況と方法が様々であること。そして、3つ目は、感情喚起の要因が不明確であることである。これら3つの問題点は各年齢における幼児の想像的活動により注目していくために改善が必要な点である。本研究では、上記の問題点を改善しながら実験的な課題を実施する。それによって、この田代(1983)の事例検討に補足を加えたい。

1つ目の、事例検討であることによる実証性の低さについて考える。田代(1983)では、各年齢において1つの事例しかあげられておらず、この事例の様子が各年齢の実際の姿であると断言しがたい。そこで本研究では、田代(1983)の事例で名前付けによる感情の揺れ動きが大きいとみられた3‐4歳の幼児(3歳児クラス)と、感情が安定しているとみられた5‐6歳の幼児(5歳児クラス)に対して実験的な課題を実施することとする。

2つ目の、名前を付ける状況と方法が様々であることについて考える。田代(1983)では、実際の絵本場面ではなく絵本場面に入る前に名前付けの提案をしている場合があるなど、幼児の想像的活動を誘発させる状況が様々であった。特に絵本場面に入る前の名前付けである場合、幼児の中で絵本内容に関わるといった雰囲気よりも、絵本の出来事と現実の出来事を明確に意識する雰囲気になっていた可能性もあるといえる。また、名前付けの方法についても同様のことがいえる。田代(1983)では、読み手が幼児に提案する場面と、直接登場人物に名前つけをする場面の2つがみられた。このうち、前者のような提案の雰囲気を作ってしまうと、読み手との関係が影響する可能性が大きいことが予想される。これら状況と方法の問題を改善することで、より絵本内容に関与しながら想像的活動を誘発させるような名前付け場面をつくる必要がある。そこで本研究では、名前付けをする状況を実際の絵本読み場面とし、さらに真剣な様子で直接名前を付けることで、絵本内容に関わらせながら幼児の想像をより誘発させるような雰囲気を作ることとする。

3つ目の、感情喚起の要因の不明確さについて考える。田代(1983)では、名前付けによって幼児の想像的活動を誘発し、そのときの反応や感情を観察している。しかし、明確な絵本場面や感情喚起の要因は設定されておらず、また名前付け時の反応を観察するだけとなっている。そのため、名前付けによって絵本への関与の想像を誘発させているが、名前付けをつけたときの感情がどこから生まれているかについては不明確である。

ではなぜ、感情喚起の要因を明確にする必要があるのか。それは、幼児の絵本の出来事と現実の出来事の区別や揺らぎの問題を詳細に検討していくためには、やはり幼児自身の想像による絵本への関与について注目する必要があるからである。そして、先ほど想像と感情は密接に関係していると述べたように、感情喚起の要因を明確にすることが、幼児の想像における絵本の出来事と現実の出来事の区別や揺らぎを推測することにつながるからである。

例えば、田代(1983)の事例でみられるように、自分の理想と登場人物とのズレを、名前付けによる例え話とわりきれないがゆえの感情であるのか。それとも、先ほどの田代(1991)のおばけのお話への関与を想像した4歳児の事例のように、絵本内容にある感情喚起の要因によって生み出された感情であるのか。前者と後者の感情喚起の要因の違いによって、幼児の名前付け時の想像における、絵本の出来事と現実の出来事の関係は異なってくると考えられる。そして、こうした幼児の想像と感情喚起の要因の違いについて、田代(1983)では曖昧な部分がある。絵本場面における幼児の想像的活動の違いに注目しなければ、幼児の絵本に対する関わりや、絵本の出来事と現実の出来事の区別や揺らぎの発達的変化の様子がみえにくいだろう。

このようなことから、幼児の絵本の出来事と現実の出来事の区別や揺らぎの問題を扱う際には、やはり幼児自身の想像に注目しながら各年齢の発達的変化を検討する必要性があると考えられる。そして、幼児の想像の内容を推測するためには、想像と密接な関係にある感情喚起の要因を明確にすることが必要となるだろう。

そこで本研究では、名前を付ける絵本場面にもあらかじめ感情喚起の要因を設定する。これによって、名前付け時の幼児の感情が、どれくらい絵本内容へ関与した想像によるものであるかがより明確になると考える。また、本研究では田代(1983)のような名前付け時の反応を観察することとあわせて、名前付けをしたときの感情と、どうしてそのような感情が生まれたのかという理由を幼児にたずねる感情質問を行なう。ここから、名前付け時に生まれた感情と、その感情要因を推測することで、幼児の名前付け時の想像的活動における、絵本の出来事と現実の出来事の関係に注目したい。

以上、本研究では、田代(1983)の事例研究での問題点について、いくつかの改善をし、登場人物への名前付けの実験場面(以下、登場人物への名前付け課題)を設定する。特に、名前付けの絵本場面に感情喚起の要因を設定し、感情とその理由付けの質問もあわせて行なう。この方法によって、幼児自身の絵本を介した想像が絵本にどれくらい関与したものであったのかを推測し、絵本の出来事と現実の出来事の区別や揺らぎについての発達的変化を検討することを本研究の1つ目の目的とする。




4.絵本の出来事に対する理解

 また本研究では、上記の問題の検討とあわせて、幼児の絵本の出来事と現実の出来事の区別の客観的な理解についても検討する。そもそも、ここまで絵本場面における想像と現実の中心的な問題として、絵本の出来事と現実の出来事の区別が扱われてきているように、両者の区別の理解は発達的に変化するものであるとされているからである。

そこで本研究では、そうした絵本の出来事に対する理解をみるためのひとつの指標として、現実には起こりえない空想的な事象に対する幼児の理解を扱うこととする。特に現実のには起こりえないような事象であっても、それを物語の出来事として描くことができることが絵本の特徴の1つだからである。

Samuels&Taylor(1994)は、空想的な事象と現実的な事象が描かれたイラストを幼児に提示し、その事象が現実に起こりうることかどうかをたずねる空想/現実の区別課題を行っている。これによると、3歳児は空想的な事象と現実的な事象を区別していなかったのに対して、5歳児は両者を区別していたという。このようなイラストを用いた空想/現実の区別課題を用いた研究は他にもいくつかみられる(富田ら,2006など)が、おおよそ5歳児頃をはじめに、空想と現実の区別の理解がなされていくという結果で共通している。こうした区別の理解を絵本に描かれているイラストに対する理解と解釈すれば、年齢よって絵本の出来事に描かれる空想的な事象と現実的な事象に対する理解は異なると考えられる。

また、Samuels&Taylor(1994)では、イラストに感情喚起の要因である恐ろしい描写を条件として加えて、空想と現実の区別に感情喚起の要因がどのように影響するのかについても検討している。ここでは、絵本場面における絵本の出来事と現実の出来事の区別と同様、幼児の空想/現実の区別に感情喚起の要因が影響していることが示唆されている。

これらのことから本研究では、この空想/現実の区別課題を実施し、絵本の出来事と現実の出来事の区別の客観的な理解について検討することを2つ目の目的とする。




5.絵本の出来事に対する理解と絵本場面での想像・感情喚起との関連について

さらに、先に田代(1991)で述べられていたように、この絵本の出来事と現実の出来事の区別の客観的な理解が、絵本読み場面での幼児の想像や感情喚起に影響を与えていることが予想される。もし、Samuels&Taylor(1994)のように、年齢があがるにつれて空想/現実の区別の理解がされていくのであれば、実際に名前付け場面で読まれている絵本の出来事と現実の出来事の区別の客観的な理解にも差がみられることが考えられる。こうした絵本内容への理解の差が名前つけ時の幼児の想像と感情喚起に影響していると予想される。先ほど絵本の出来事への関与を想像したと思われる田代(1991)の事例の4歳児も、まだまだ空想のおばけに対して実在性の判断や感情が揺れ動いていた可能性があるだろう。この幼児は、絵本の出来事と現実の出来事の区別の客観的な理解がまだ不十分であったのかもしれない。

また先行研究において、今回と同様のイラストを用いた空想/現実の区別課題の回答の傾向によって、先ほど取り上げた空箱課題での箱へのアプローチ、想像に対する信念に違いがみられるかを検討した研究もみられる(富田,2004)。その研究では、空想/現実の区別の認識によって、箱へのアプローチや想像に対する信念に違いがみられたとされている。

そこで本研究では、絵本場面における、絵本の出来事に対する客観的な理解と、絵本を読んでいるときの幼児の想像と感情喚起との関連について、両課題の結果の関連をみることで検討することを3つ目の目的とする。




6.本研究の目的

以上のことから、本研究では絵本場面における想像と現実の問題について、大きく3つの点から検討することを目的とする。

@絵本場面での感情喚起の要因に注目し、そこから幼児の想像による絵本への関与を推測することで、
 絵本の出来事と現実の出来事の区別や揺らぎの発達的変化を検討する。
 この検討については、登場人物への名前付け課題を実施する。

A絵本の出来事と現実の出来事の区別についての理解1つの指標として、
 幼児が空想的な事象と現実的な事象の区別をどれくらい理解しているかを検討する。
 この検討については、イラストを用いた空想/現実の区別課題を実施する。

Bそうした絵本の出来事に対する客観的な理解が、絵本場面での幼児の想像と感情喚起と関連しているのかについて検討を行う。
 この検討については、空想/現実の区別課題と登場人物への名前付け課題の両結果の関連をみることとする。






要旨   方法