総合考察A


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1.自己理解と友人認識について

【A児】
個別インタビューの結果、Aの自己理解は否定的な傾向があり、それと同様に友人に対する認識も否定的であった。その結果を追認する目的で行った観察においても、Aは自己理解と友人に関するエピソードが否定的なものの方が多く、自己理解と友人への認識との関連を示唆することとなった。

観察を行った結果、Aの自己理解において、我慢できないことに対する自己否定感が強いということが推察された。その理由として考えられるのは、周囲のはたらきかけの影響とAが自制心の形成段階にあるという2点である。まず、周囲のはたらきかけの影響について述べる。

観察期間中にAは、エピソード4にみられる「がんばれ、がまんしろA」という発言や、語尾に「コノヤロー」とついてしまい自分でハッと口を押さえる行動をすることが多かった。そのことから、Aは我慢することが元から苦手であると考えられる。そうすると、保護者や教師といったAの周囲の支援者は、Aが我慢できなかったことに対して注意をすることが予想される。その注意が支援者側からみた、Aの内面を汲み取っていない一方的な注意であると、Aは「我慢すること」に対して否定的なとらえ方をすると考えられる。教員からの聞き取りにも、以前のAは「劣等感・自己否定感のかたまりのようであった」という話が出ていた。このことから、周囲からのはたらきかけがAの「我慢できない」ことに対する自己否定感に影響していると考えることができる。

次に、「自制心の形成段階にある」ということについて述べる。我慢するということは、自分の要求や感情を抑えることであり、「自制心」へとつながる。自制心とは、自らの感情や欲求、欲望を周りの状況に合わせてうまく調節していく力(楠,2005)を指し、「○○だけれど△する」という行動様式になって現れる。「我慢できない自分に否定感をもつ」ということは、Aが「我慢しなければならないのに我慢できない自分」を理解しているということである。このことは、Aが自制心を獲得している段階であり、自分で自分の要求に折り合いをつけようとしていると考えることができる。

またAの友人との関係について、Aが彼独自のスタイルで友人との関わりを求めているが、Aと友人との間に、付き合い方に対する意識のズレがあることが推察された。Aは皆と一緒に遊びたいと考えて行動を起こすが、それが友人に対して通用せずAに居心地の悪さを感じさせる原因となっている。「自分のやり方が通用しない」という居心地の悪さが、Aの孤独感へとつながり、Aの自己にも影響しているのではないだろうか。

【B児】
個別インタビューの結果、Bは自己理解・友人への認識ともに肯定的であることが示された。しかし、インタビュー結果の追認で行った観察は、自己理解において否定的なエピソードが多く、結果にズレがみられた。

Bの自己理解において、インタビューと観察の結果にズレがあった理由として次のことが考えられる。それは、Bが自分を好きだと考えているからこそ、失敗や間違いをした自分を認めることができずに否定的にとらえてしまうということである。具体的に述べると、Bはインタビューにおいて自分のことを好きだと回答しているが、どこが好きなのかは回答できていなかった。その一方で、自分の悪いところは具体的に回答していた。これらのことから、Bは自分のことが好きであるが、それは漠然とした感情であるということが考えられる。そして今回、観察においてBが否定的な自己理解を示した場面は、自分ができなかったり、注意されたりした場面であった。Bはこれまで、周りからできなかったことを指摘されることによって、「失敗をすることは悪いこと」であると思い、そのたびに自分を否定的にとらえていたのだろう。また、エピソード11・16にみられるように、しなければならないことができなかったときに、「死にたい」「養護学校行く」という激しい自己否定的な発言もしており、失敗することはBにとって相当なストレスとなっていることもうかがえる。以上のことから、Bの自己理解においてインタビューと観察の結果にズレがあったと考えられる。

また、Bがこのような激しい自己否定を行う理由として、次のことが考えられる。それは、Bが「○○の場合□□すべき」(別府,2005;Pp.55)という論理に依拠していることに加え、周囲からの影響が大きいということである。そのことが顕著にあらわれていたのが、Bの友人をつくろうとする行動であった。友人との関わりにおいて、Bは「友だちがほしい」という意思に基づいて自ら行動を起こしていた。Bの年齢は児童期後期にあたり、この時期は「ギャングエイジ」と呼ばれて友人や仲間とのつながりを強める時期である(中山,2006)。彼女の中で、「友だちがほしい」という思いが出てきたのは、他者に意識を向けることができるようになったということであり、それと同時に周りのクラスメイトが友だちと遊んでいるのに自分はいないという違いに気づいたからだと推察できる。その一方で、エピソード13・16・18中の「お母さんに〜って言われた」「友だちいらん、中学校行くのやめる」という発言にみられるように、Bにとって「母親」という存在が大きいことがわかる。「○○の場合□□すべき」という論理による考え方と、母親の存在によって、友だちを作るということが中学校へ行くことと強く結びつきすぎて、Bの抱えるしんどさとなっているのではないかと考えられた。