【問題と目的】



 青年期とはこれまでに養育された家庭を出て、新たに家庭を自ら築きあげる準備段階の時期である。
配偶者を選択し、結婚という人生の重要なイベントを経験する。未婚の青年は、来るべき将来のイメー
ジとして、家族像や結婚像というものを描いているだろう。例えば幼いころ、「大きくなったらお父さ
んみたいな人と結婚したい」や「子どもが友達に自慢できるようなお母さんになりたいな」などと思っ
たことがあるだろう。また、「将来結婚したら、こんな家族を作りたい」や「結婚するならこんな人が
いい」などと、友人や知人と話したことはないだろうか。未婚者が抱く自らの将来の結婚についての期
待・予測・考えのことを、本研究では「結婚観」と定義することにする。

 結婚観に関しては、男性と女性とで結婚観が異なることや、結婚観の違いが原因で離婚に至ることなど
がよく聞かれる。内閣府(2001)は、若年層を中心に自由で多様な結婚観を持つ傾向が目立ち、特に結
婚することや子どもを持つことを必ずしも必要と考えない傾向があることを指摘している。また、近年
では、結婚というかたちにこだわらないカップルや、入籍はしていても平日は別々に過ごし、週末だけ
一緒に過ごす「週末婚」というかたちをとっているカップルも増加している(柏木・大野・平山, 2006
)。このように、誰もが結婚観を持っているのにもかかわらず、そのかたちは様々である。では青年の
結婚観は、一体、どのような影響によって形成されているのだろうか。

 これまでの我が国における結婚観に関する研究は、大学生や高校生を対象とした意識調査や、既婚者
を対象とした結婚生活の縦断研究などが多く行われてきた。その中でも近年では、我が国の少子化問題
に焦点を当てて「未婚化・晩婚化の増加」という観点からの研究が多く報告されている。若者が結婚を
避ける要因として、学歴(小島, 2005;野崎, 2007)や労働環境(阿部, 1999; 大橋, 2000;西川, 
2001)、経済的な要因(宮本・岩上・山田, 1997;水落, 2006)が数多く挙げられてきた。しかし一方、
学歴や労働環境、経済的な要因が若者の結婚に対して関連がないことを示す研究もある(滋野・大日,
 1998;中村, 2003;筒井, 2006[竹原・本田・三砂(2008)からの引用])。伊東(1997)によれば、
未婚化の進行には社会学的要因、経済学的要因、人口学的要因、心理学的要因など、様々な要因が複雑
に絡み合っていると示している。

 このように未婚化に関わる青年の結婚観には、様々な要因があるとされているが、その知見は交錯して
いる。本研究では、青年の結婚観に影響を与える重要なものとして、母親の結婚満足度の認知を取り上
げる。その理由を以下に述べる。ただし、結婚観に関する研究は、男性よりも女性を対象としたものが
圧倒的に多いため、女性の研究に依拠して説明することとする。

 それは、女性の結婚観は、親の影響を受けることが示されている(伊東, 1997;伊藤, 1995)からであ
る。伊東(1997)は、平均年齢27.3歳の未婚の青年を対象に、結婚意思に影響を及ぼしていると考えら
れる心理学的要因と結婚意思との関係を、質問紙調査によって検討した。その結果、女性の結婚意思に
有意な影響を及ぼすのは女性自身の「結婚に対する一般的態度(結婚に対する一般的なイメージ)」で
あり、その「一般的態度」は「親の結婚の幸福度」、つまり親の結婚生活が幸福か・否か、という娘の
認知の違いが影響することが明らかになった。そして特に女性の場合、母親という結婚モデルが、その
「親の結婚の幸福度」に大きく影響を与えていると、伊東(1997)は述べている。
 
 また伊藤(1995)は、大学1〜3年の女子とその両親を対象に質問紙調査を行い、両親の性別分業意識
や性役割期待の養育態度が、娘の評価によって娘の職歴選択(専業主婦型・職業主婦型)に及ぼす影響
の差異を検討した。その際、両親の実際の態度と娘によって認知された態度の違いについても併せて
検討した。その結果、母親の伝統的役割分業や家庭第一主義の態度を娘が肯定的に認知するほど、自ら
も専業主婦型の職経歴を志向し、一方、否定的に認知するほど職業主婦型を志向することが明らかに
なった。

 さらに諸井(1997)は、女子青年を対象に、両親の家族内役割の衡平性が子ども(女子青年)の眼に
どう映っているかを検討した。その結果、女子青年は家事が母親に過重に負担されているとみており、
自分の将来への手掛かりにしていることが示唆された。ここから、娘である女子青年が、両親の家庭内
役割構造を衡平でないと認知することが、結婚への消極的な態度をもたらす背景となっていることが考
えられる。

  これらの先行研究より、青年、少なくとも女子青年の結婚観には、両親、特に母親からの影響が大
きいことが分かる。しかしこれまでの研究では、女子青年の結婚観には母親の結婚幸福度の認知や、家
族内役割の衡平性が重要であるということは述べられているが、これらと結婚観との詳細な関係につい
ては明らかにされていない。つまり、母親が結婚生活のどのような側面に幸せを感じることが、娘の結
婚観にどのように影響するのかということが明らかにされていない。母親が結婚生活に幸福を感じてい
るといっても、それは夫に対しての幸福なのか、それとも家庭の経済状況に対しての幸福なのかによっ
て、子どもである青年の結婚観に何らかの違いが出ることは容易に想像できるだろう。また一言に「結
婚生活」と言っても、その内容は、夫との夫婦関係、子どもとの親子関係、家庭の経済状況など、様々
な側面がある。本研究では、結婚生活における様々な側面に対して、母親がどの程度満足しているかを
「母親の結婚満足度」と名付けて検討していく。

 そこで本研究では、青年の結婚観と、母親の結婚満足度の認知との関連をその内容(構成因子)に立
ち入って、明らかにすることを第1の目的とする。結婚観に関して、小田切(2003)では、「結婚への
期待」、「伝統的結婚観」、「結婚生活に対する拘束感」の3因子が析出されており、妥当性のあるもの
となっている。母親の結婚満足度に関しては、夫満足、婚家満足、経済満足、住宅満足、子ども満足な
ど、母親の結婚生活における多様な満足度を測定しているという点で、朴(1994)の家庭生活満足度が
本研究で扱う内容に合っている。そこで、結婚観については小田切(2003)の尺度を、母親の結婚満足
度については朴(1994)の尺度を使用することとする。

  本研究では、青年期の代表として、大学生を取り上げる。大学生とは、未婚の結婚準備予備軍であり、
それぞれの「結婚観」を持っていると考えられるからである。さらに、大学時代には、成人役割の獲得
が進行し、卒業後の進路やキャリアプランが明確になる時期でもあると考えられるからである(中井, 
2000)。また、本研究では女子大学生だけでなく、男子大学生にも注目することとする。その理由は2
つある。1つは、これまでの青年の結婚観に関する研究(伊藤, 1995;諸井, 1997など)は、対象を女
子に限定しているものが多く、男子を対象とした研究が少ないことである。そのため、男女の比較が行
われておらず、その結果が女子青年特有のものなのか、それとも青年一般に対して共通することなのか
が示されていない。結婚とは男女両性のものであるため、男子青年も対象として検討することが重要で
あると考えられる。2つは、青年期の両親との関係に関して、大学生は母親を身近に感じ、父親を遠くに
感じている(築地, 2000)ことである。このことから、大学生の青年は男女を問わず、母親の存在が重
要であることが分かる。また、現代では「一卵性母娘(おやこ)」、「友達母娘(おやこ)」など、思
春期以降の母親と娘の相互依存が指摘されることが多く、「母―娘関係」に注目した研究が数多くみら
れる(永田,新美,松尾, 2005;斎藤, 2008など)。しかし一方、「母―息子関係」についての研究はほ
とんど見当たらない。築地(2000)が述べたように、大学生は母親を身近に感じているのならば、母―娘
関係だけではなく、母―息子関係についても明らかにすることが、大学生の青年を理解するうえで重要
だと思われる。
 以上の2点より、本研究では、男子大学生も対象とし、大学生の結婚観と母親の結婚満足度の認知との関
連を明らかにしていく。

 目的1に関する仮説は、3つある。1つは「母親が夫との関係に満足していると認知したものは、結婚へ
の期待が高くなるだろう」である。2つは「母親が子どもとの関係に満足していると認知したものは、結
婚への期待が高くなるだろう」である。3つは「母親が婚家との関係(夫の親戚との関係)に満足してい
ないと認知したものは、結婚生活に対する拘束感が高くなるだろう」である。その理由を以下に述べる。
まず、仮説1、2についてである。内閣府(2005)は、未婚者は、最も身近な実例である両親の夫婦関係や
家庭の姿から、結婚で得られる満足や幸福感などといったメリットを実感していると報告している。これ
は、未婚者が結婚のメリットを実感する際、それは最も身近な実例である両親がモデルとなっていること
を表している。また、母親にとって夫や子どもに関する満足度は、結婚生活の様々な側面の中でも非常に
重要な側面であると考えられる。これらのことから、未婚の大学生は「母親が夫や子どもとの関係に満足
している」と認知することで、結婚におけるイメージが良いものとなり、結婚への期待が高くなると考え
られる。次に、仮説3についてである。日本の伝統的な家族制度においては、妻の親よりも夫の親との関係
が優先され、中でも嫁と姑との関係が複雑になりやすいとされてきた。核家族化の増加に伴い、このよう
な家族制度は弱体化してきたといわれているが、夫の親戚関係に苦労する妻の姿は、昔からの日本のテレ
ビドラマなどでしばしば目にする光景である。母親が夫の親戚関係に苦労している様子は、子どもに、結
婚生活におけるマイナスのイメージとして映るだろう。よって、未婚の大学生が「母親が婚家との関係に
満足していない」と認知することは、結婚のマイナスイメージにつながり、結婚生活における拘束感は高
くなると考えられる。 


 また本研究では、結婚観に影響を与える重要なものの二つ目として、母親の結婚満足度の他に、職業観
を取り上げる。その理由を、まず、女性について述べる。内閣府(2003)によると、現代社会においては
、女性の雇用機会の拡大とともに就労に対する女性の意欲は増大し、実際にも共働き夫婦は増加している
と報告されている。このような現代社会の中で、働くことが当たり前であると考える女性は増加し(森永
, 1997)、女性の職業観は大きく変化している。また、中井(2000)は、職業の継続を希望することや、
職業に重要な価値を置く女性は、結婚相手から仕事への理解や協力を得られることを重視していると報告
している。逆に、「結婚したら家庭に長く関わっていたいので、5時までに終わる仕事が良い」などという
ように、家庭に重要な価値を置く女性は、時間に融通の利く仕事を求めているだろう。このことは、女性
における職業への意識が、結婚観に影響していることを示している。
次に、男性について述べる。加藤・柏木(2000)は、成人期前期の男性25人を対象に、近年の一般男性の
仕事観と結婚観はどのように変化しているのか、また彼らの仕事観と結婚観との関連をインタビューによ
って検討した。その結果、仕事中心の男性は伝統的な結婚観を持つ傾向にあること、仕事と家庭の両立に
追い詰められている男性が増加していることが明らかになった。これは、成人期前期の男性の結婚観にも
、職業観が影響していることを示している。この研究は、これまであまり注目されてこなかった男性を対
象にして、仕事観と結婚観との関連を検討した点で意義があるといえる。しかしこれには検討すべき点が
2つある。1つは、対象者の平均年齢が31.16歳であり、すべての対象者がすでに仕事をしている社会人であ
ることだ。2つは、対象者の多くが既婚者である(25人中14人が既婚者)ことだ。実際に仕事をしている社
会人とこれから職業を選択する大学生、既に結婚をして実際に結婚生活を送っている者と未婚者とでは、
仕事観や結婚観は大きく異なるだろう。本研究では、青年が時間的展望を持つ際、職業選択や結婚をどの
ように位置づけるかを検討するので、これから仕事や結婚を経験すると考えられる大学生を対象とする。

 このように、本研究では、大学生の結婚観に影響を与えるものとして、母親の結婚満足度の認知と職業
観の2つに注目する。では、大学生の結婚観には、この2つのどちらが強く影響するのだろうか。我が国
におけるこれまでの研究で、母親の結婚満足度の認知と大学生自身の職業観の両者から結婚観について
実証的に検討したものは見当たらない。そこで本研究の第2の目的は、大学生の結婚観には、母親の結婚
満足度の認知と職業観のどちらが強く影響するかを男女それぞれにおいて明らかにすることである。

 目的2に関する仮説は2つある。1つは、「女子大学生の結婚観には、職業観よりも、母親の結婚満足度の
認知の方が強く影響するだろう」である。その理由を以下に2点に挙げる。1点は、未婚者の結婚観につい
て職業観からの影響を検討した研究はほとんどないということである。これまで結婚観と職業観について
は、既婚の女性を対象として結婚年齢と職業形態との関連を検討した研究や、子育て期間中の女性を対象
として結婚・出産後の再就職を扱った研究が多くなされてきた。また未婚の女性を対象としていても、結
婚年齢と職業形態の関連のみを扱っており、結婚観について職業観からの影響を検討したものは見当たら
ない。2点は、多くの先行研究で「女性の結婚観には母親の影響が大きい」と述べられてきたことである。
伊藤(1995)や伊東(1997)では、母親の性別分業意識や結婚の幸福度の認知が、娘である女性の結婚観
に影響を与えることを明らかにしている。以上のことより、女子大学生の結婚観に与える影響は、職業観
よりも、母親の結婚満足度の認知の方が強いだろうと予想する。
2つは、「男子大学生の結婚観には、母親の結婚満足度の認知よりも、職業観の方が強く影響するだろう」
である。森永(1993)は、大学生を対象に仕事の様々な側面における価値観を検討し、男子大学生の方が
女子大学生より、キャリアに対する意欲が高いことを報告している。また大竹(2006)は、男性にとって
仕事とは、社会における存在価値を表すものであると述べている。このことから、男性は仕事を中心とし
て物事の選択・決定を行うことが多いと考えられる。よって、男子大学生では、結婚観に関しても、母親
の結婚満足度の認知よりも職業観の方が強く影響するだろうと予想する。


  最後に本研究の意義について3つ述べる。
1つは、大学生の結婚観に関する一つの資料を提供できるという点である。これまでの研究では、「女
子青年の結婚観には母親の影響が大きい」ということは報告されてきたが、その詳細な内容については
明らかにされていない。また、青年の結婚観に関する研究は、女子を対象としたものが多く、男子を対
象とした研究は少ない。さらに、大学生にとって母親の存在は重要であるのにもかかわらず、男子大学
生と母親との関連を扱った研究は、これまでほとんどなかった。本研究は、母親の結婚満足度の認知と
大学生の結婚観との詳細な関係を検討する点、さらに男子大学生も対象として検討するという点で、大
学生の結婚観に関する新しい知見を提供することができる。このことは、我が国で現在叫ばれている未
婚化・晩婚化の問題に対応するうえでも重要であると考えられる。

 2つは、親密性の形成がどのような影響で作られるのかを検討できる点である。青年期の大きな発達課
題は人間関係における親密性の形成であると言われている(郷式, 2005)。親密性の形成を示す指標の
一つである結婚観(配偶者選択)がどのような影響によって形成されるのかを明らかにすることは、発
達課題という点からも意義深いといえるだろう。

 3つは、青年期におけるキャリア教育や時間的展望への支援につながるという点である。郷式(2005)
は、青年期の模索の特に重要なものに「人生の二大選択」と題して、配偶者選択(結婚)と職業選択と
を挙げている。青年期は時間的展望の獲得期とされ、自己の人生に対して時間的な視野が広がる。その
ため、青年期において「人生の二大選択」と位置付けられる、配偶者選択(結婚)と職業選択との関連
を検討することは重要であると考えられる。




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