*問題と目的*
乳幼児期の親子遊びの現状
子育てをしている母親にとって,親子遊びは日常的な場面である。そのため,毎日の親子遊びを楽しみたいと思っている母親は多いだろう。実際に筆者がある親子教室や,親子対象の講演会に行ったときに,乳幼児期の子どもをもつ母親に話を聴いたところ,「子どもと楽しく遊ぶコツが知りたい」,「もっと子どもとの遊びを楽しみたい」という声があった。このように子育てにおける親子遊びの楽しさに関心の強い母親がいることがわかった。また,その中で,「子どもとうまくかかわれないと感じる」,「子どものかかわり方がこれでいいのか不安である」という声もあった。それは,子どもとのかかわりに対して苦手意識をもっている母親や子どもとの遊びを十分に楽しめていない母親がいる現実を表しているのではないだろうか。前原・森 (2007) は,現代の親たちが,「赤ちゃんにどうかかわったらいいかわからない」といったコミュニケーション上の困難を持っていることが多いと述べている。また,澤田・田中 (2010) の挙げる3つの社会的な背景が,母親たちのコミュニケーション上の困難さを導く原因となっていると考える。1つは,母親が子どもを産むまで赤ちゃんと接する機会がほとんどないことにより,育児に向けての準備が不足していることである。2つは,核家族化や都市化により,周囲の人々から育児のサポートを得られないことである。3つは,母子間の遊びが不足しているため,子どもの自発性と母親の心の余裕が失われていることである。これらの背景は,子育て環境として,軽視できない事実である。
このような風潮から近年では,ふれあいあそびについての育児書 (巷野・植松,2002) や「赤ちゃんと遊びたいけれど,遊ぶのは難しい」と感じる親のための遊びについての育児書 (中川,2004) なども数多く出されているのだろう。このように,乳幼児期の子育てにおける遊び場面や,遊び場面での楽しさに焦点を当てた支援が注目されてきている。そこで,本研究では,乳幼児期における遊び場面を取り上げることとする。
子育てに関する先行研究
近年,子育てに関する研究では,母親の育児ストレスや,育児不安など,母親の精神的負担に関するものが多い (藤本・小堀・鈴木・鎌倉・糸井,2003,高橋,2007) 。このような研究では,育児ストレスに関連する要因や育児不安と養育態度の関連などが明らかにされている。そして,その結果,育児ストレスや育児不安を抱える母親への支援が導かれていることも多い。それは,「自分の子育てに自信がない」,「子育てにストレスを感じる」という母親に対して,母親の精神的負担の関連要因を明らかにし,支援を考える必要性があることを示唆している。しかし,育児不安や育児ストレスがあまりに強調されて取り上げられることは,不安を抱えている母親にとって,より一層不安を強めることにもつながりかねないだろう。また,木村・西内・平野 (2006) が明らかにした育児意識には,「子どもと過ごす毎日が楽しいと思う」というような「育児の喜び」も挙げられている。このように,子育てについての充実感や満足感というポジティブな面から子育てについて考える必要もあるのではないだろうか。
加藤 (2008) は,これまでの育児不安や育児困難感などのネガティブな心理状態に陥ることを防止する研究において,ネガティブな心理状態に陥らなければ充実した育児や生活が営めるとは言い難いと述べている。そのため,ネガティブな側面に目を向けるだけでなく,ポジティブな面にも目を向ける必要もあるとしている。そして,母親の主観的幸福感には,母親に頻繁に関わる人からの情緒的なサポートが影響していることを明らかにしている。また,藤井・永井 (2008) は,自己効力感と親子関係が母親の子育てにおける満足感に影響を与えることを明らかにしている。このように,母親自身がポジティブになれるように,子育てに対する日頃の感情としてのポジティブな面へ支援をすることは,子育てにおいて意義があるといえるだろう。
そこで,本研究でも,母親のポジティブな感情に着目する。また,本研究では,乳幼児期の子どもの日常生活に多くある「遊び場面」を取り上げるため,「遊び場面」における母親のポジティブな感情として,特に「楽しさ」に注目する。本研究における「楽しさ」とは,母親が感じる“快”の感情の1つとして取り上げたものである。「楽しさ」を取り上げた理由としては,遊び場面における“快”の感情として母親が最も感じやすく,母親にとっても「楽しい」という感情は自分で認識しやすいと考えたからである。
そこで,本研究では,遊び場面で「母親が感じる楽しさ」に影響を与える要因を検討していく。では,遊び場面で「母親が感じる楽しさ」には,何が影響しているのだろうか。
遊び場面での「母親のかかわり方」と「母親が楽しさを感じる場面」の関連
遊び場面において「母親が感じる楽しさ」に影響を与える要因の1つに,「遊び場面での母親の子どもへのかかわり方」があると考える。
本研究で取り上げる「遊び場面での母親の子どもへのかかわり方」は,子育て全般における子どもへのかかわり方ではなく,遊び場面における母親の子どもに対する具体的なかかわり方のこととする。つまり,中道・中澤 (2003) の作成した親の養育態度尺度の〈応答性〉,〈統制〉というような子育て全般における子どもへのかかわり方ではなく,「遊びの中で,子どもの気持ちを代弁するような言葉をかける」というような〈受容的かかわり〉や,「子どもが一人で遊んでいるとき,子どもの姿を見守る」というような〈見守るかかわり〉のように,遊び場面における具体的なかかわりのことである。
その「遊び場面での母親のかかわり方」を取り上げる理由として,本研究における対象者の子どもの年齢が関係している。本研究では,幼稚園に就園する前の0〜3歳の乳幼児期の子どもをもつ母親を対象とする。その理由は,2つある。1つは,乳幼児期の子どもは,自発的におこなうような一人遊びもするが,身近な大人 (母親,父親,家族など) からの働きかけや,大人と一緒に遊ぶことによって心身ともに発達が促されることが多く,子どもの遊びと大人とのかかわりが重視されている時期だと考えられることである。2つは,日常生活の中で子どもと一緒にいる時間が長く,かかわり方や遊び場面で「うまくかかわることができない」,「遊びを十分に楽しめない」と感じる母親が多いと考えられることである。そのため,本研究で取り上げる遊び場面では,母親と子どものかかわりが多いと考えられる。しかし,どの母親も同じように遊び場面で積極的にかかわっているわけではないだろう。
実際に,筆者が,親子教室で親子が遊んでいる姿を見学したとき,ある母親は子どもに自ら積極的にかかわっていき,子どもが自分に反応することを楽しんでいる様子がうかがえた。またある母親は,子どもが楽しそうにしているのを少し離れたところから見ており,子どもの姿を見ることを楽しんでいる様子がうかがえた。このことから,「母親のかかわり方」は様々あり,その「かかわり方」によって,「子どもとやりとりをする楽しさ」や「子どもの姿を見る楽しさ」のように「母親が楽しさを感じる場面」が異なると予想される。そのため,この「楽しさを感じる場面」は,「母親のかかわり方」の違いが影響していると考えられる。
よって,本研究では,「遊び場面での母親の子どもへのかかわり方」を「母親が楽しさを感じる場面」に影響する要因として取り上げる。その意義は,「遊び場面での母親のかかわり方」の違いによって,「母親が楽しさを感じる場面」にも違いがみられることを明らかにできると考えるからである。また,それを示すことにより,自分のかかわり方に自信のない母親たちにとって,それまでの自分の「かかわり方」によって感じてきた楽しさに改めて気づくことや,今までしてこなかった「かかわり方」を通した楽しさを知ることにつなげていくきっかけになるのではないかと考えるからである。
しかし,単に母親に「子どもにとって楽しく遊ぶことは大切だ」,「たくさんかかわってあげてください」ということを伝えるだけでは,親子遊びを楽しめていない母親にとって,具体的にどうすれば良いかわからず,追い詰められてしまうことになるのではないか。そこで,「遊び場面での母親の子どもへのかかわり方」に影響を与える要因を検討する必要があると考える。では,この「遊び場面での母親のかかわり方」の違いは何に起因しているのだろうか。
母親のもつ「遊び観」と「遊び場面での母親のかかわり方」の関連
「母親の子どもへのかかわり方」は,これまでの先行研究の中では,母親の「養育態度」の話に近いと考えられる。そこで,養育態度に関する先行研究について検討する。母親の養育態度に関する先行研究では,母親の育児ストレスなどの養育感情と子どもとのやりとりに関する研究 (大河内,2001) や母親の養育態度に影響を及ぼす要因を検討した研究 (田淵,1993) などがある。これらの研究から,育児ストレスや子育ての環境要因,母親のパーソナリティなどの要因が母親の養育態度に影響していることが明らかにされている。また,三ツ元・藤原 (2005) は,母親が育児サポートを受けられることにより,育児不安の低減や子ども観のポジティブな方向づけにつながり,さらに養育態度にもプラスの影響を与えることを明らかにしている。しかし,育児サポートなどの環境要因や母親のパーソナリティを母親が自ら変えることは難しいことだろう。
そこで,母親の「子育て観」に着目する。戸田 (2004) は,母親自身の子育て観や子どもの気質,パーソナリティ,家族観などが,母親の養育態度に影響していると述べている。このことから,子育てに対する考えである「子育て観」と「母親の養育態度」が関係していると考えられる。また,陳・森・望月・相原・安藤・大月 (2006) は,0〜6歳の子どもの母親の子育て観尺度を作成し,子育て観は,親となること,子育てをすること,子どもの数や親と子どもの年齢などの属性,いわゆる子育てなどの経験によって変化していくことを述べている。したがって,「子育て観」は,子育てをしていく中での経験を通して豊かにしていくことができるものだといえるだろう。そのため,支援を視野に入れるという意味で,要因として取り上げることに適していると考える。
しかし,本研究は,子育て全般ではなく,「遊び場面」に限定して取り上げるため,「子育て観」では,領域が広すぎてしまうと考える。 そこで,子育ての中でも「遊び」に焦点を絞り,母親のもつ「遊び観」を取り上げる。「遊び観」とは,母親が子どもの遊びに対してどのようなイメージをもっているかというものである。狩谷・中原 (1990) は,子どもの遊びに対して母親が抱くイメージを母親の幼児に対する態度の一面として位置づけることを示唆している。また,戸田 (2004) は,子どもとの遊びを義務的ではなく自分自身も楽しんでやりとりをしている母親が,子どもの行動にも積極的に反応していることを示唆している。このことから,遊びをどのように捉えているかという「遊び観」は,「母親の子どもへのかかわり方」に影響していると考えられる。
しかし,これまでの「遊び観」に関する研究は,1970年代後半の現在とは時代背景が異なるもの (森ら,1979) や,3歳以上の幼児や児童を対象としたもの (中原,1978) ,遊びの好意性に焦点を当てたもの (中原,1984) ,など,本研究の主旨と合致するものが見つからない。そこで,乳幼児期の子どもをもつ母親の「遊び観」尺度を作成することを試みる。そして,その「遊び観」を明らかにし,母親がもっている遊びのイメージ (遊び観) の違いにより,「かかわり方」にどのような違いがあるかを明らかにすることができると考える。
目的
@乳幼児期の子どもをもつ母親の「遊び観」が「遊び場面での母親のかかわり方」にどのように影響するかを明らかにすることである。
A母親の「遊び観」と「遊び場面での母親のかかわり方」が,遊び場面における「母親が楽しさを感じる場面」にどのように影響するかを明らかにすることである。
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