2.先延ばし行動と楽観性との関連
受動的先延ばし行動傾向および積極的先延ばし行動傾向と楽観性との関連を検討するために、相関係数および重回帰分析を用いて検討を行った。重回帰分析においては、受動的先延ばし行動傾向および積極的先延ばし行動傾向の下位尺度を従属変数、楽観性の下位尺度を独立変数とした。
まず、受動的先延ばし行動傾向と楽観性との関連について、相関係数を用いた検討では、受動的先延ばし行動傾向は楽観性の下位尺度すべてにおいて無相関であった。しかし、重回帰分析を用い、楽観性が受動的先延ばし行動傾向に与える影響を検討したところ、楽観性側面の「肯定的期待」が「課題先延ばし」と有意な負の関連を示した。この結果は、重回帰分析によって、他の変数による影響を統制したことで、相関係数では見られなかった関連が明らかになったと考えられる。重回帰分析によって見出された、楽観性側面の「肯定的期待」が受動的先延ばし行動傾向の「課題先延ばし」へ負の関連があるという結果は、すなわち、将来への肯定的な結果の期待が低い場合、学業場面における不適応な先延ばし行動をしやすいと捉えることができる。小平ら(2003)で明らかにされているように、楽観性側面の「肯定的期待」は評価不安と負の関連が示されている。このことから推測できることとして、楽観性側面の「肯定的期待」が低い者は、「評価不安」が高く、先延ばし行動の要因のひとつである「失敗への恐れ(Solomon & Rothblum,1984)」から受動的先延ばし行動をしやすいと考えられる。
次に、積極的先延ばし行動傾向と楽観性の関連について、相関係数を用いた検討では、「プレッシャー管理能力」について、楽観性側面の「割り切りやすさ」、「肯定的期待」、「運の強さ」との間にそれぞれ有意な正の関連、「締め切りに間に合わせる能力」について、「割り切りやすさ」と「肯定的期待」との間にそれぞれ有意な正の関連、「意図的な意志決定」について、「割り切りやすさ」との間に有意な正の関連がみられた。一方で、重回帰分析を用いた検討では、相関係数と同様の結果が得られた部分もあったが、「割り切りやすさ」と「締め切りに間に合わせる能力」との正の関連、「肯定的期待」および「運の強さ」と「プレッシャー管理能力」との正の関連において、有意な結果はみられなかった。この結果は、楽観性側面の下位尺度同士が相互に有意な正の関連を示していることが関係していると考えられる。重回帰分析において、「割り切りやすさ」と「締め切りに間に合わせる能力」に有意な結果がみられなかった理由としては、「肯定的期待」による「締め切りに間に合わせる能力」への影響が強いために、相関係数では表面的に有意な結果がみられたと考えられる。同様に、「肯定的期待」および「運の強さ」と「プレッシャー管理能力」においても、「割り切りやすさ」による「プレッシャー管理能力」への影響が強いために、相関係数では表面的に有意な結果がみられたと考えられる。
相関係数および重回帰分析によって見出されたそれぞれの結果について考察をしていく。まず、「割り切りやすさ」と「プレッシャー管理能力」および「意図的な意志決定」との正の関連については、安藤・川上(2002)が先延ばし行動と類似している“遅れ”と多面的楽観性について研究した際に、楽観性の下位尺度の中でも「割り切りやすさ」が遅れと高い相関を示していると報告しているように、本研究においても、それと対応しており、おおむね妥当な結果であると考えられる。楽観性側面の「割り切りやすさ」が高いということは、過ぎ去った出来事に対して楽観的な評価を行う傾向があり、すなわち、たとえ先延ばし行動をしたことで失敗をしたとしても失敗にとらわれず、肯定的にとらえることが可能である。Solomon & Rothblum(1984)によって、大学生が述べる先延ばしの理由の大部分が、学習・遂行達成への不安、完全主義、自信の欠如などのような「失敗への恐れ」と関係しているという指摘を踏まえて考えると、否定的な出来事を否定的にとらえない「割り切りやすさ」の楽観性側面が積極的先延ばし行動傾向のみに有意な正の関連がみられるという結果は、「割り切りやすさ」の楽観性側面が高い場合、先延ばし行動をするとき「失敗への恐れ」へ結びつかないため、自ら積極的に先延ばすことができるのではないだろうか。
次に、「肯定的期待」と「締め切りに間に合わせる能力」との正の関連については、将来の肯定的な結果を期待する傾向が高い場合、締め切りに間に合わせる能力が高いと捉えることができる。締め切りに間に合わせる能力とは、設定された期限内に課題をやり遂げる能力であり、締め切りに間に合わせるためには、限られた時間をどのように使うかを考えたり、限られた時間内で課題を遂行したりする必要があるだろう。「締め切りに間に合わせる能力」と類似したものとして時間管理能力が考えられる。松田ら(2003)は、時間管理能力には実日数、時数差、後悔予期の3つの側面があると示唆している。実日数とは、早くから課題にとりかかる、時数差とは、はじめに予定した時間をできるだけ下回らないように時間をかける、後悔予期とは、時間が十分にとれないのではないかと最初から思うことのないようにするという時間管理能力の側面である。また、この3側面は自己効力感との有意な関連、時数差と後悔予期はメタ認知能力とも有意な関連があると報告されている。さらに、Chu & Choi(2005)において、積極的先延ばし行動傾向と時間管理能力は正の関連が示唆されている。これらのことから推測できることとして、楽観性側面の「肯定的期待」は、時間管理能力の側面の中でも、後悔予期の側面に影響を与えていると考えられる。楽観性側面の「肯定的期待」が高いということは、すなわち、将来の肯定的な結果を期待する傾向が高く、締め切りまでの限られた時間に対するメタ認知が高いために、時間を効率よく使用することができるので、締め切りに間に合わすことができると考えられる。
そして、本研究の結果は、先延ばし行動と楽観性との関連について、ある特徴を見出した。その特徴とは、楽観性側面の中でも、「割り切りやすさ」や「肯定的期待」といったような、肯定的な信念をもつ傾向である楽観性側面が先延ばし行動に関連しているということである。消極的な信念である「困難の不生起」や運に関する信念である「運の強さ」といった楽観性側面は、先延ばし行動にはほとんど寄与しない側面であることが示唆され、楽観性のすべての側面が先延ばし行動と関連しているわけではないということが明らかになった。
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