【問題と目的】


(5)スキンシップと社会的能力の関連
これまでのスキンシップの研究は乳幼児期を対象としたものが多く、乳児期のスキンシップの重要性はしばしば指摘されている。しかし、幼児期以降の発達段階においては、乳児期ほどスキンシップが重要視されておらず、児童期の子どもを対象とした研究も多くはない。 児童期においてスキンシップは重要視されておらず、子どもの社会化にともなってスキンシップは希薄化する傾向にあるととらえられてきた。 富原・坂野(2001)は子どもの「社会化」の観点から研究を行っている。母子「スキンシップ」と仲間入り行動の発達はちょうどtrade offの関係にあり、適切に社会化している子どもでは、むしろ母子の「スキンシップ」は希薄化する傾向にあると考えられ、母子関係はそれまでの極端な密着型から適度な分離型へと変化すると述べている。ここでの社会化とは、それまで母親にだけ向かっていた相互作用の指向性がそこから離れることを意味している。その一方で、母子分離を強引に進めれば子どもの社会化が促進されるとは単純に言えず、並行的に出現する2つの側面と捉えた方が適切であるとも述べており、子どもの社会化とスキンシップの関係については明らかになっていない。 親の養育態度について、戸ヶ崎・坂野(1997)は、母親の拒否的な養育態度が、子どものソーシャルスキルの獲得を低くすることを報告している。さらに、母親の養育態度が小学生の社会的スキルと学校適応に及ぼす影響については母親の養育態度→家庭における社会的スキル→学校における社会的スキル→クラス内地位というモデルが探索的に支持されたという報告もある(戸ヶ崎ら, 1997)。スキンシップは養育行動の重要な要素の一つであり、養育感の持ち方によってスキンシップに大きな差が生まれると言われている(東・柏木・ヘス, 1981)。つまり、母親の養育感や養育態度を通して、スキンシップが子どもの家庭や学校場面での社会的スキルに影響していることが考えられる。 しかし、親と子どものスキンシップが子どもの社会的スキルに与える影響について、直接的に検討した研究はまだ見られない。

(6)愛着と社会的能力の関連
乳児は、愛着者との基本的な信頼感を心の拠りどころとし、徐々に身近な人に働きかけ、歩行の開始などとともに行動範囲を広げていく(文部科学省, 2009)。そして、幼児、学童になると子どもたちは社会性を獲得し自立し、社会生活に入り、除々に生活の場が拡大していく。その中で基盤となる人間関係が「母と子のきずな」である(小林・河合・小此木・岡・杉田・江幡, 1983)。 文部科学省(2005)によると、愛着は情動、さらには他人とのコミュニケーションや対人的適応能力を発達させるための機能的準備系になる。その理由として、保育者との愛着によって、子どもの対人関係能力や言語能力が伸長することから、乳幼児期からの親子関係をはじめとした人間関係が重要であるとしている。また、虐待体験のある子どもでは、心的外傷後ストレス障害(PTSD)やその他の神経症性障害などの他、集団逸脱行動・非行・犯罪などの社会的行動の問題が見られやすいことからも、愛着形成が適切な対人行動・社会性の発達に重要なことが理解されると述べている(文部科学省, 2005)。 酒井・菅原・眞榮城・菅原・北村(2002)は、中学生とその親を対象に子どもの親への信頼関係と学校適応の関係について調査を行い、その結果として親への愛着が学校適応感に影響を与えることを報告している。ただし、ここでの学校適応感は学校生活全般についての適応感のことであり、具体的な場面や社会的能力については検討されていない。 姜・河内(2010)は、小学校高学年を対象に親への愛着と学校適応の研究を行い、学校適応の全ての各因子と親への愛着との間に有意な相関関係がみられたことを明らかにしている。また、重回帰分析の結果では外的帰属安心は集団場面での適応との間に有意な影響は見出されなかったものの、内的帰属安心は集団場面での適応との間に有意な影響が見出されたことが報告されている。つまり、自分が原因で起こってしまった失敗または困ったことに対して、親からの援助が期待できる場合、子どもは集団場面において積極的に物事に取り組めることを示した。また、内的帰属安心は、学校適応尺度全てに、親密・表出は集団適応と学習適応においてのみ正の影響を及ぼしていた。つまり、さびしい時や友達とうまくいかなくて困った時に自ら親に接近できたり、気持ちを表したりすることも重要であるが、それ以上に親は援助をしてくれるという期待や安心感を持つことで、子どもはよりよい学校生活を送ることができることを示唆している。 こうしたように、親への愛着と子どもの学校適応との関連の研究は多く行われている。しかし、愛着が直接的に子どもの社会的能力に与える影響についてはまだ検討されていない。 学校生活を適応的に過ごすためには、友人や教師と適切な関係を築くことが必要である。そのための能力として、「他者とうまく関わる、遊びの仲間入りをするといった対人関係を円滑に進める具体的行動」である社会的スキル(中澤ら, 2011)が考えられる。 本研究では社会的スキルの中でも社会的能力(小泉, 2005)に着目する。小泉(2005)は、米国で成果を上げている社会的能力を育成し、児童生徒の不適応行動もより改善できることの期待できるSEL(社会性と情動の学習:Social and Emotional Learning, 以下SELと呼ぶ)プログラムの導入と展開を提唱し、対人関係に関するスキルは学齢期のみならず、一生続く学習過程であると述べている。この小泉(2005)のSELプログラムに基づいて、田中・真井・津田・田中(2011)は社会的能力を以下の8つで構成されているととらえている。8つの社会的能力は、自己への気づき、他者への気づき、自己のコントロール、対人関係、責任ある意思決定という5つの「基礎的な社会的能力」と生活上の問題防止のスキル、人生の重要事態に対処する能力、積極的・貢献的な奉仕活動の3つの「応用的な社会的能力」の2つに分けられており、5つの基本的な社会的能力らに支えられる形で、3つの応用的な社会的能力が形成される。つまり、社会的能力は自己の生活の社会性と情動の様々な側面を理解し、統制し、表現する能力のことで、この能力によって学習、対人関係づくり、日々の問題解決、成長や発達に伴う複雑な要求への適応といった生活上の課題にうまく対処できるようになるとされている(香川・田中, 2006)。





←BACK HOME NEXT→