【問題と目的】
5.既読無視と過剰適応傾向
本研究では,メッセージの受信者が既読表示をつけたまま返信をしていない場面に着目し,その時の感情と過剰適応傾向との関連性について検討していく。
人は,もらったメッセージについては,それに応えるべくリアクション(返信行動)を起こすわけであるが,これをいつするかということが気になる人が多い。この状況は,LINE上でのコミュニケーションに必要以上に意識が向いてしまうということから来るものであり(必ずしもスマートフォンがオンになっているときにLINEをやっているわけではないが),ある種の強迫的な行為と捉えることができる。すぐに返信をしなければ相手に嫌われてしまうとか,不信感をもたれてしまうといったネガティブな意識を持つために「返信しなければ」という,強迫的な観念が起きてしまう。
これらの強迫的な傾向について,「返報性」と「過剰適応」の観点から考えようと思う。
Burgoon,Stern,&Dillman(1995)によると,対人コミュニケーションにおいては,相手のコミュニケーションに対して同じまたは類似した行動で反応する返報性(reciprocity)が重要な要素であるとされている。
返報性は,人が相手の行動に対して反応する際の適応的形態を指しており(小川,2003),これは,他者から与えられたコミュニケーションに対し,同じもしくは類似した行動で反応するという「期待」,すなわち,「返報性の期待」を共有しているためだとされている(Burgoon et al,1995)。このことから,対人コミュニケーションの一つであるLINEでの会話にもまた返報性の期待が関係しており,受信者がメッセージを開いて既読表示をつけた時,同時に送信者からの返報性の期待を感じ取っているのではないかと考えられる。
さらに,Gouldner(1960)は,返報することは義務であると考える「返報性の規範」を,返報性が生じる理由として挙げている。これより,メッセージの受信者は,「返信をしなければならない」という義務感もまた,感じていると考えられる。
このような意識は,メッセージの内容の重要度や,誰からのメッセージなのか(コミュニケーションの相手)ということによって,様々に影響されるだろう。松浦(1992)は,援助行動における返報行動を検討し,誰から助けられたか,どのような援助事態であったかということと,返報行為までの時間との関係を明らかにしているが,LINE上でのメッセージの交換行為においても同様のメカニズムが働いていると考えられる。
本研究では,LINE上での返信までの時間については検討は行わないが,「既読」の表示をつけることで,意識上では,「できるだけ早く返信をしなければならない」,あるいはそれに近い感情を持ちながら返信行為までの時間を過ごしていると考えられることから,この時間の中での感情状態について検討を行う。
本来,メッセージの返報行動は,必ずしもすぐにしなければならないというものではない。日常のコミュニケーション上のやりとりの多くは,緊急を要するものばかりではないからである。頃合いを見計らって,自分にとって都合の良い時に返報(返信)が行われれば良いものである。それにも関わらず,前述したような,一種の強迫的な意識を抱いてしまう原因として,その利用者が過剰適応状態になっていることが考えられる。
過剰適応は「外的適応の過剰さ」と「内的適応の低下」という二要因からなるが(石津・安保,2008),その階層性について「外的適応の過剰によって内的適応が低下する」ことが先行研究で示されている(桑山,2003;益子,2013)。メッセージの受信者が「外的適応の過剰」状態にあるとき,メッセージの送信者が実際にどれだけの「返報性の期待」を抱いているかに関わらず,その期待を強迫的に受け止めてしまっていることが考えられる。
加えて,その期待にこたえようと自身の都合をないがしろにしてでも返信行為に移ることが,「内的適応の低下」につながっていることが推測される。
ところで,LINEでのコミュニケーションにおいては,一人の利用者がメッセージの送信者から受信者,受信者から送信者へと立場を入れ替えながら会話が進んでいく。そのため,メッセージの受信者となった時の感情と,送信者となった時の感情との間にも結びつきがあるのではないかと考えられる。
返信が来ないのは,気持ちの良いものではない。返報性の規範に基づけば,こちらが先に資源提供したものが成果として戻ってこない事態であり,相手が履行しなければならない行為が完遂されないことによるじれったさや不安感を経験することになると考えられる。待っていればそのうち返信が来るわけであり,気持ちの余裕があれば,否定的な感情を経験しなくて済むことに対しても,相手はメッセージを受け取っているのになぜ返信がないのか,ということをつい考えてしまうことになる。これも,ここに意識が集中することになり,人によっては強迫的な意識構造に陥っていると考えられる。
このことから,本研究では,送信者の立場にも着目し,自分の送ったメッセージに既読表示がついたまま返信が来ない時の感情と過剰適応傾向との関連性についても検討する。