総合考察


1.自己表現の変容プロセス

  本田ら(2015)・織部(2016)を参考に本研究で想定した子どもの自己表現の発達のプロセスについて検討していく。

  A児はT期,U期と通して自分の感情を願望や欲求にまかせて発散しているものの適切な自己表現ができていると言える状態ではなかった。また,自己理解も不足しており「自分はどのようなことができるのか」ということが理解できていないために,自己に対して過度な期待や自信をもってしまい,現実の自分の能力とのギャップに苛立ちを感じていたと考えられる。これは,本研究で想定した第一段階である「自己表現」,「強みの自己理解」が低い段階と一致していると考えられる。
  V期では,他者との関わりが減少し,自己世界に没入していることから「対人積極性」が低いと言える。一方,A児はこの頃から失敗を回避するようになり「自己肯定感」は低下傾向にあるのではないかと考えられる。本田ら(2015),織部(2016)の研究では援助要請行動に着目していたため,「自己肯定感」が高いことで他者に助けを求めるという「対人積極性」が低いという結果となっていた。しかし本研究ではよって,自分の感情や意思表現を含む自己表現全般に着目しているため失敗を回避するというような「自己肯定感」の低さが他者と関わろうとしない「対人積極性」の低さにつながっていったのだと考えられる。
  W期になると,A児は他児らとも遊ぶ機会が増えたり,他児に対しても自分の言葉で自分の願望・欲求を伝えたりすることができ,他者との交流が増加した。これらの行動からA児は「対人積極性」が高い状態であると言えるだろう。一方A児は自分の能力に対する理解は十分とは言えず,W期においても依然として「強みの自己理解」は低いと言える。そのため,活動を行う際にA児が「やりたいこと」と「できること」との間に齟齬が生じ,周囲の他児との間にもトラブルが生じやすい状況ではあったが,他者のA児への理解が進み,手を差し伸べてくれるようになったことが,A児の対人積極性を支えていたと考えられる。

  樋口(2004)は発達障害を持つ子どもの自己への気づきは,対人関係の課題を抱きやすい小学校中学年から始まっていくことを指摘している。しかし,そこでの自己への気づきは他者との違いがわかっているが,具体的にどのようなところが違うのかという理解には結びつかず,自己への洞察には困難が伴うことを保護者へのインタビュー調査から明らかにしている。このことから,発達障害を持つ子どもが自身の力で自己理解を深めていくことは困難さが伴うことが示唆され,周囲が自己理解を促進する支援を行っていくことが重要であると言える。A児に対して支援者が,「こういうことは得意だと思うよ」,「先生と一緒ならこれはできるんじゃないかな」と声をかけたり,苦手な課題に取り組んでいるときに声をかけたりすることが,十分ではないがA児の「強みの自己理解」の支援につながっていったのではないかと考えられる。

  これらのことから,第三段階は「対人積極性」が高く,「強みの自己理解」の困難さを周囲が援助することが重要となる段階であることが示唆された。
  A児の自己表現の変容プロセスから,A児のように思い通りにいかないことがあった時に不適切な自己表現をとる発達障害をもつ子どもの自己表現の発達段階は次のようになると考える。

第一段階:「自己表現」,「強みの自己理解」が低い段階
第二段階:「自己肯定感」,「対人積極性」が低い段階
第三段階:「対人積極性」が高く,「他者からの自己理解への支援」が重要となる段階

  



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