総合考察
3.自己表現と仲間関係の関連について
A児の自己表現の変化とA児の周囲の児童との仲間関係の関連について検討する。本研究で重要となった関係性は二つある。一つは同じ特別支援学級在籍しているB児との身近で対等な関係性であり,もう一つはクラスの他児から受容される関係性である。
A児とB児は日頃から活動を共にすることが多く,お互いが素直に物事を言い合える関係であった。二人の間では,「どうする?」「こうしよう」と相談するなどのやりとりが見られたり,間違ったことや思ったことを指摘しあえたりする場面がみられた。文部科学省(2009)では,9歳以降の小学校高学年の時期には,物事を対象化して認識することができるようになることが言われており,発達の個人差も顕著になると言われている。そのため,自己肯定感が低下しやすく,自尊感情の低下から劣等感を持ちやすい時期である。また酒井(2012)は,小学校中学年という時期について,様々な不安を感じやすいが,一方で周囲が困っているサインを感じにくいという問題があることを実践から報告している。佐久間(2008)は,仲間関係が形成されてくると,集団内で地位の差が生じるとし,仲間から拒否されやすい子どもの特徴として,攻撃性が高い,引っ込み思案などを挙げている。このような特徴は,対人関係において問題を抱える子どもにも見られる特徴であり,自己表現やコミュニケーションに問題を抱えていると,仲間関係が円滑にすすみにくいことが窺われる。クラスの他児らと対等な関係性を維持しにくくなっていた時期にB児との対等で競い合える関係性が常に保証されていたことが,他児との交流が減少した時期を乗り越え,他児との交流増加につながっていったのではないかと考えられる。
一方クラスの他児との関係性については,観察を始めた当初,A児が自分の思い通りにならない感情や願望・欲求に対して攻撃的で一方的な感情表現を身体的に表現すると,他児らはA児に対してマイナスな言葉がけをしたり,A児の言動を否定的にとらえたりしていた(Figure1)。
そのような仲間からの反応を受け,A児と他児との交流は減少していき,A児は自己世界に没入していくようになった。不適切な自己表現を受容される機会がなく,否定的な評価を受け続けたことで自己表現の機会やきっかけが減少していったのではないかと考えられる。しかし,次第に他児らのA児への理解が進んでくると,A児に対して受容的な態度をとる児童や励ましの声をかける児童が見られるようになっいった。すると観察終盤では,A児にも自分から友達を遊びに誘う,自分の要求を言葉にして伝える,というような行動の変化が見られるようになった。それを受けて他児らもさらにA児を受け入れるようになりA児が他児と一緒に活動する場面が増えていった。このようにA児と他児らの関係は相互作用的に変化していったと考えられる(Figure2)。
発達障害を持つ子どもにとって,対等な関係性と受容的な関係性がそれぞれ重要であり,対等な関係性の中では素直に自分を出せる安心感が自己表現を育て,受容的な関係性の中では頼れる相手との関わりの中で生まれる自己肯定感が自己表現を育てることになるのではないだろうか。
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