結果と考察


1.SCAT

  5月〜12月にかけて収集したep.の中から「対友人」での「自己表現」場面を抽出し,SCATを用いて分析した。ep.は,1〜20まである。ep.を分類する期は,A児の自己表現の変容や仲間との関わり合いの変化をもとに分類した。期分けについては,以下の通りである。
  T期はep.1〜7(5月〜6月),U期はep.8〜10(7月〜8月),V期はep.11〜15(10月〜11月),W期はep.16〜20(11月〜12月)となっており,T期を「トラブル多発期」,U期を「表現対象移行期」,V期は「自己世界没入・孤立期」,W期は「周囲受容・感情コントロール期」と命名した。T期は,A児の攻撃的で身体的な感情表現と自己への過度な期待により,他児らに対して一方的な関わりをし,友人との対立やトラブルが多かったことが特徴であった。U期では,T期に引き続き身体的な感情表現と過度な期待により,友人とのトラブルが絶えないが,ボランティアに対して願望や欲求の表出をするようになったことが特徴であった。V期では,A児が自己世界へ没入し始め,他児との交わりが減少し始めた。他児らに対する感情表現が減少する一方で,ボランティアに対して願望・欲求をはじめとする感情表現をしていた。W期では,他児らの本児への理解が進み受容的な態度が見られ始めた。一方で,A児自身も怒りの感情表出をコントロールすることが可能となり,また,他児らに対しても願望・欲求の表出をする場面が見られるなど,自己表現の場の増加がみられた。このように,仲間関係が変容し,他児らとA児の交流が増加し始めたことが特徴であった。
  次に各ep.のSCATを挙げる。また,各期ごとの自己理解・自己表現・自己肯定感・仲間関係との関連を期ごとに検討する。
  ep.1では,A児の自己理解の不足,短期記憶や器用さなどの課題があり,自分の願望・欲求と現実との間にギャップが生じ,他児らからの否定的な声掛けにより,活動に対して無気力になった場面であった。A児自身はできる自信があったため,他児らからの指摘が理解できず,何も言えないままであり,無気力的になっているのを見かねた担任からの介入により,強制的に活動に参加していた。A児と他児の間には認識の差があることが窺われ,他児らも本児の感情変化に戸惑いを感じていると考えられた。
  ep.2では,A児自身は自己に対して自信をもっているものの,他児らから低評価を受け,自己主張することができずにいた。ボランティアからの声掛けにより自己主張するものの,攻撃的で過度な自己主張を身体的に表現していた。それに対し,他児らから指摘を受け,自己に対する過度な期待・過大評価と現実との間にギャップが生じてしまった。それにより,一時的に自己に対する自信喪失があるが,自己への過大な評価は変わらずあるため,他児らに対して一方的なかかわり合いとなった。
  ep.3では,A児は当番活動にも積極性があり,この日は自ら進んで片づけをしていた。しかし,手が汚れてしまうことを回避しようとし,片付けがおろそかになってしまった。それを見ていた他児から非難を受け,さらにやる気が減少していった。ボランティアから当番活動をできたことへの受容や賞賛を受け,片付けなおすことができた。それをさらにボランティアから賞賛・感謝されると,喜びの感情を抱いているという場面であった。
  ep.4は,体育における鉄棒の練習場面での出来事であった。鉄棒では,できる技が増えると昇級できるルールになっており,A児は昇級した願望が先行しできていないのにできたことにしてしまっていた。その虚偽がボランティアに対して露呈し,気まずさを感じている時に他児から批判を受け,不快感情が生じた。その不快感情から他児に攻撃的な自己主張をし,自分から遠ざけようとしていた。気を取り直してボランティアと練習を再開するが,合格になった技はなく,自己に対する過度な期待や昇級したい願望と合格にならなかった現実との間にギャップが生じ,思い通りにならなかった苛立ちを地団駄を踏むなどの身体的な表現で表している場面であった。
  ep.5は,給食の当番活動に意欲的でかつうまくできる自信のあったA児が,他児にうまくできないから違う当番活動をするように言われて腹を立てている場面であった。A児は当番活動への参加が不可能であるにもかかわらず他児からそのような発言をされたことに腹が立っている様子であった。怒りの感情を頭を掻きむしるなど身体的表現で表し,他児の机を押しのけるなど嫌がらせ行為をした。ボランティアが介入するも,気持ちは収まらず他児と言い合いをしているが,給食が始まると,他児は呆れの気持ちと諦めの感情からA児を無視しはじめた。無視されると,A児は廊下に一人で出て行き,ひとしきり泣いたことでクールダウンができたようで,教室に戻ってくると何事もなかったかのように給食を食べ始めた。
  この場面のように,興奮状態ではボランティアからの介入があっても落ち着かず,気持ちが済むまで感情を表現した後,自然と気持ちが落ち着いていく姿が多く見られた。
  ep.6は,A児とボランティアのみが参加可能な世界が展開しており,それを他児に阻害されたことに苛立ち,身体的に感情を表現している場面であった。日ごろから自分の世界を持ち,そこで一人で楽しんでいる場面が見られることもあり,自分の世界を邪魔されたことに不快感を抱き,他児の手を払いのけるなど攻撃的な自己主張をする。ボランティアの介入により和解し,一緒に遊び始めるが,他児が主導権を握っており,A児自身はつまらなさを感じているため,他の遊びへ移行していった。
  このように,遊びを選択する際には,誰と遊ぶのか一人遊びをするのかではなく,自分の楽しさ重視で遊んでいる姿が見られた。
  ep.7では,欲しかった自由研究の教材が載っているチラシがあり,A児はそれを昼休みに取りに行くことを楽しみにしていた。しかし,昼休みにはすでになくなっており,G児が不必要にチラシを保持していることを知り,怒りを抱いている場面であった。チラシを力ずくで奪おうとしたり,G児を叩いたりするなど攻撃的な自己主張をした。ボランティアが介入し,特支担任にチラシを探してもらえるように言いに行くことができるが,それでも諦めきれず,同じくチラシを探していた他児を見つけて,「奪いに行こう」と誘い付きまとっていた。他児が嫌がっていることにも気づかず誘い続けるなど,他者の感情に鈍感なところが窺われた。
  このように,感情に鈍感なところがあり,自己の感情へも他者の感情へも理解が不足しているところがあった。
  T期ではA児は自己の能力や感情など自分に対する理解が不足しており,自分の能力以上に自分はできると考えているなど自己に対して過度な期待を持っていたり,過度な評価をしていたりするところがあるなど自己理解が不足していた。そのため,自己の能力とそのような自分の意思との間にはギャップが生じており,思い通りにいかないことが多くあった。A児は,自己に対してイライラや怒りの感情,不快感が芽生え,その感情を地団駄を踏んで表す,他児を押し飛ばすというように身体的・攻撃的な感情表現をしたり,「自分がやりたい」と一方的に主張したりするなどの自己表現をしていた。これらの行動は,A児の自己の感情に対する理解や他者の感情に対する理解が乏しいことが関連しているのではないかと考えられる。このようなA児の態度は,他児らから否定的に受け取られ,「できないから無理だよ」「なんでちゃんとできないの」などというような否定的評価を受け,さらに苛立ちは増し身体的で攻撃的な感情表現をする,ということを繰り返していた。その流れを繰り返し続けていくと,一時的ではあるがA児の有能感の喪失や自信の喪失へとつながっていった。これらのことから,T期での仲間関係は他児との拒否的な関係の中でA児の一方的なかかわりあいになってしまっていたことが窺われる。
  ep.8は,「らくがき絵本」という教材の「水をかきましょう」というお題を実施した時の場面であった。らくがき絵本という初見の活動に興味を示し,自己世界の創造を膨らませていた。ボランティアからA児とB児が交代で描いて絵を完成させるというルールが示されるが,A児はB児に交代せず自分だけで描き進めていった。ボランティアからの声かけでルールを理解するが,B児が絵を描いている間も自己の世界をボランティアに語り続け,B児の行為に注意を向けるということが続かなかった。A児自身には,一緒に一つの絵を完成させる共同的描写の意識や相手の絵を受けて,それに応えるような呼応的描写の意識は見られない一方で,B児の描いた絵への対抗心から真似をして絵を描くなどの場面は見られた。
  この時点でこのように他者を意識することができるのは,自己の世界の範疇を出ることはなく,限られた場面でのみと考えられた。
  ep.9は,体育館にて夏休み前のお楽しみ会の場面であった。A児は「進化ゲーム」を楽しみにしているが,じゃんけんが苦手なために勝ち進めず,思い通りにいかない自己への苛立ちが募っていった。また,自分が負ける予期がなかったため,負けたことを容認できないでいた。その結果,もう一度最初からやり直したいという一方的な願望を叫ぶという形で過度に表現していた。自己の苛立ちを他者へ転換し,他児らがずるをしたとして非難した。ボランティアと話をするが,納得できず一方的に自己の感情を表現し続けていた。一度その場を離れ,気持ちを落ち着かせにいくが,再び体育館へ戻ると,進化ゲームをしており苛立ちが再燃した。担任からの介入があり,A児の発言の不当性を指摘された。A児は本音と現実の不一致によりなかなか納得できずにおり,また負けることへの回避感情があるため,もう一度お楽しみ会に参加することに踏み切れないでいた。しばらくして担任と参加の約束をするが,ボランティアのところへ来て,行き場のない願望・欲求をや不安を吐露していた。
  この場面で見られるように,A児は自分の思い通りにいかないと感情的になり,過度な表現をする姿が見られた。また,願望・欲求をボランティアに対してのみ発言するなど,相手を見て表現することを変えている姿が見られた。
  ep.10は,「らくがき絵本」の「おばけをかきましょう」という題材に取り組んでいる場面であった。ボランティアからの「二人で二匹のお化けを完成させましょう」という共同作業の指示をした後,A児とB児が交代で描くというルールを再確認し,活動を始める。A児には前回見られなかった共同作業の意識が見られ,自分が描き終わるとB児に自ら紙を差し出し,B児が描いている間はB児の行為に注目し,静かに見ていた。回数を重ねたことで,B児とともに描くというルールの定着化が進んだと考えられた。また,B児が描いている絵を真似して描くなど,B児という他者を意識した描写をする姿が見られた。
  しかし,B児から「紫色じゃない色にして」と提案を受けるが,A児は無視して自分の思うように描き進めていく場面も見られるなど,まだ自己の感情を優先させるところがあった。
  U期ではT期と変わらずイライラや怒りの感情,不快感などの感情がある。自己理解の不足により,それらの自分の感情や他児の感情に対する鈍感さがあった。また,自己への過信により遊びや授業の中で負けたことを容認できない場面や自己の感情を優先させて「もう一回やり直す」と一方的に自己主張し譲ることができない場面が見られた。自己の願望や欲求が満たされないと叫ぶなどの過度な自己表現や「みんながズルをしている」と悪口を言うなど攻撃的な表現,地団駄を踏んだり頭を掻きむしったりするというような身体的な感情表現をしている姿が見られた。一方,A児がそのような自己表現方法を取り続け,他児は手助けしようとしても素直にA児が応じないことで,A児の感情変化や行動に対して不愉快な感情をもつようになっていった。この時期A児は他児と一緒の場面にいるが一人でのごっこ遊びや本を読むなど自己世界の中で遊ぶことに楽しさを感じ始めている時期である。次第に他児とA児との間に距離が生まれていったことが窺われる。また,同特別支援学級に在籍しているB児に対して,「自分の方がもっと大きく描ける」と対抗して絵を描く場面が見られた。B児に対してはA児自ら意欲的に関わっていったり,対抗心を抱き競い合ったりする場面が見られるなど,A児は他児らとは異なる対等的な関係性をB児に対して抱いているのではないかと考えられる。またT期とU期の自己表現において異なる点は,ボランティアに対して願望・欲求の表出を行うようになった点である。学級担任から注意を受け,自分の願望・欲求が通らなかった時などボランティアに対して「もっとこうしたかった」「本当はこうしたかったのに」と本音をもらすようになった。
  ep.11は,A児が階段の下で遊んでいた他児を見つけて,かくれんぼをしていると思い見つけた喜びから他児に体当たりをしていってしまった場面であった。他児は突然体当たりされたことで戸惑いを感じているが,それに気づかず再び体当たりして喜びを身体的に表現していた。ボランティアから,言葉で喜びを伝えるという代替の表現を提示されるが,A児は言語的表現を選択せず,何も表現しないことを選択した。
  この場面からも窺えるように,まだ自己の感情へも他者の感情へも理解が不足しており,自分の感情を言語で伝えることや他者の感情を推測することに課題がみられた。
  ep.12は,V期ごろから多くみられるようになったB児との単調なやりとりを捉えた場面であった。A児がモノマネをして自己の願望・欲求などを表現をしたり,B児に促されてA児が行動をするなど,二人でいる場面での枠組みのある単調なやりとりが多く観察された。
  ep.13は,ボランティアが用意した運動会でのA児とB児の写真を収めたアルバムを用い,写真に吹き出しを付け,その時の気持ちを書いていくという活動の場面であった。ページには,A児の写真とB児の写真が貼ってあり,自分の気持ちと他者の気持ちのそれぞれを思い出したり想像したりしながら描いていくという課題であった。A児は課題に対して意欲的であり興味を持って取り組んでいるものの,なかなか感情を想起することができずにいた。ボランティアがB児に運動会でどう思ったかを尋ね,B児が「走れ走れって思ってた」と答えると,A児は「走れ走れ」と吹き出しに書くことができていた。一方,自分の感情についてボランティアから尋ねられるがなかなか答えられないでいた。ボランティアから気持ちを表す言葉をいくつか挙げられると,その中から「いけいけ!」という言葉を選ぶことができた。活動終了後,A児は「どうしていけいけ!と思ったのか」とボランティアから尋ねられると「負けそうで大変だったから」「ずっとA児のチームが勝ってたのに負けそうで大変だった」と言葉を選択した理由を述べることもできていた。
  このように,A児は感情を想像したり,想起したりすることを苦手としており,他者の言葉を借りて表現することはできるものの,自分の言葉では表現できないことが窺われた。
  ep.14は,体育においてタグラグビーの練習をしている場面であった。A児がいるチームの他児らは,A児が同じチームであることに不満を感じているが,それを直接A児に伝えることはなかった。活動が始まると,A児は理解してないものの他児らの話し合いに合わせて相槌を打つなどの同調行動をしたり,他児らに促されるまま練習に参加したりする姿が見られた。後ろにパスする練習に活動が切り替わると,ルールが複雑で説明も複雑なため,A児は集中することができなくなってきた。練習が始まるが,ルールを理解できていないため,ルールとは異なる行動をしてしまい,他児から苛立ちを含んだ口調で指摘を受けた。A児はパニックになっており,もう一度ボランティアとルールを確認して再挑戦するものの,やはりルールを理解できずパニックになってしまった。他児らはできないA児を置いて仕方なく自分たちだけで活動を進めていった。A児は困惑している感情をボランティアに表現し,自分の思い通りにならなさを他児らのせいにして他児らが悪いと非難的発言をした。他児らはA児に対して諦念感を抱いており,A児に対して責めるなど,直接文句を言うことはなかった。
  この場面でも,不満や文句を言うのはボランティアに対してのみであり,他児らに不満や文句を言うことはなく,言ってもいい相手や言ってもいい言葉を選んで発言していると考えられた。
  ep.15は,A児が自己世界に没入していることが表れている場面であった。クラスのほぼ全員が参加し,A児が好きな遊びの一つでもある鬼ごっこにB児から誘われるが,それを断り一人で校舎を走り回り,自分の世界を楽しんでいる姿が見られる。ボランティアやB児など親しい相手とすれ違っても気づかないほど夢中で走り回っていた。ある時ボランティアに気づいたA児は「今追いかけられて逃げている」と言って一人で走り去っていった。
  このような場面はこのep.以外の場面でも見られ,自己世界の中で自分の好きなように楽しむことに没入していることが窺われた。
  V期ごろになるとA児は「失敗したくないからやりたくない」「失敗しそうだから怖い」など失敗を回避しようとする行動が多く見られるようになった。A児がこれまでもっていた自己への自信が失敗経験を重ねてきたことで減少してきたことが窺われる。またこれまで他児らに対して表現していた攻撃的で一方的な自己主張が減少し,「自分がする」「こうしないと嫌だ」と自分自身を誇張する表現も減少していった。他児らも何度伝えても内容を理解してくれないA児に対して諦めに近い感情を抱いたり,非難めいた発言をするようになった。同時にA児は以前から好きだった一人遊びに夢中になりだした。これらの要因が重なり,周囲の仲間との交流が減少していったと考えられる。他児との関わりが減少する一方で身近な他者との関係性は深まりつつあった。A児は何か困ったことがあると「どうしたらいい?」「パニック,パニック」と混乱やパニックをボランティアに表出し助けを求めに来る,他児との間で何か不満なことがあったり,自分の思い通りにいかない願望や欲求があったりする時などは他児に対してその気持ちをぶつけてしまうのではなく,ボランティアに対してのみそれを表現するようになった。このことから,A児は自分の感情を表出してもいい相手,自分の願望や欲求を言ってもいい相手を選択して表現するようになったことが窺われる。また以前から対等な関係性にあったB児との交流も増加していった。A児はB児と「魚になっちゃった」とモノマネをしたり,B児が「A児早く行くよ」「A児これするよ」とA児に対して行動を促したりと決まったパターンの中でのやりとりが増えていった。A児はモノマネをしながら「勉強したくない」「眠たい」と自己表現をする場面も見られた。身近な存在であるB児とは決まったやりとりのパターンがあり,その中で安定して過ごすことができていた。これらのことからボランティアやB児のような受容的な関係や対等な関係の中ではA児は安心して自己表現できることが窺われる。
  ep.16は,この頃A児の周囲でドッキリが流行しており,A児もドッキリをしかけて楽しんでいる場面であった。まずA児は信用している他者である特別支援担任に対してB児とともにドッキリを仕掛けていた。その後,クラスの児童の横に立ち,相手に「ドッキリ大成功」と言われると,A児が「じゃねーよ!」と答えるという決まったパターンでのやりとりを数人と繰り返し楽しんでいる様子がみられた。
  この場面のように,決まったパターンやかかわりの枠組みがあると他児らと交流しやすい場面が多く観察されるようになっていった。
  ep.17では,A児は他児らと自然発生的にかいじゅうごっこを始め,ごっこ遊びという枠組みの中で他児らとトラブルになることなく遊ぶことができた。相手から攻撃を受けても遊びの中の行為として受け入れることができており,嫌な時は「やめて」というとやめてもらえる安心感もあることで,落ち着いて遊ぶことができていた。
  枠組みがあったり,許容範囲のルールがあったりすると安心することができ,他児らと遊びを楽しむことができていると考えられた。
  ep.18は,この頃A児に多く見られるようになってきた,やっている振りをしている場面である。この場面では,初めは張り切って掃除をしていたものの集中力が切れるとぼーっとし始め,ボランティアから促されると「ちょっと待って,今忙しいから」「ちょっと待って今無理なの」と掃除をしている振りをして言い逃れをしようとしている場面であった。掃除が一段落し,他の掃除活動場面に切り替わっても「今ね。ゴミ探してるの」「こっちにもあるかも」とうろうろしながらゴミを拾わず,掃除をしている振りをしていた。
  この場面から,相手から自分がどう見えているのかを意識して行動していることが考えられた。相手から見た自分を意識して,自分の行動を変えていることが窺われる。
  ep.19は,A児が怒りの感情をコントロールすることができるようになってきたことが窺える場面であった。A児とB児は特別支援担任とノートを書くなど,授業参加ができたらごほうびシールをもらえるという約束をしていた。しかし,この日は集中力がなくノートや教科書も自分の好きなページを開いていた。ボランティアから声をかけられるが,「今はちょっと無理」と言い訳をしていた。ボランティアが教科書の正しいページを開くと,A児は自分のペースを乱されたことで苛立ち感情を抱くが,小さな声で文句を言う,「うー」とうなるなど,これまでにはあまり見られてこなかった怒りの感情表出の強さを自分でコントロールしている姿が見られた。その後,ボランティアが離れている時にB児から注意をされているが,B児に対してもうなるという形で苛立ちを表現するにとどまっていた。
  この場面のようにW期に入ると,自分の怒りの感情をどのように表現するか,相手や場所,感情表出の強さを自分なりにコントロールしている姿が多くみられるようになった。
  ep.20は,体育で縄跳びと大縄跳びの練習をしている場面であった。縄跳びの個人練習はB児とペアで取り組み,B児と交代で跳ぶ回数を数えるなど落ち着いて参加していた。しばらくすると,B児が練習しているのを待ちきれず,自分も練習したいイライラを頭を掻きむしるなど身体的な表現で表すこともあったが,それ以上パニックになることはなく,感情をコントロールすることができていた。しかし,大縄跳びの練習が始まると,A児は大縄跳びへの苦手意識や,参加したくない願望をボランティアに伝え,参加を拒否した。A児が跳ぶ番が回ってくるが,なかなか跳べずにいると,クラスメイトらが「がんばれ!」「失敗しても大丈夫」と声をかけ励ます姿が見られた。それでもA児が跳べずにいると,背中を押しにやってくる児童もいるなど,クラスの他児らの受容的な姿勢が見られた。一方A児は,他児に対しても「怖いから跳びたくない」「失敗したくないから跳びたくない」など願望や欲求を伝えることができていた。
  この場面のように,W期ごろから他児らのA児に対する受容的な姿勢が多くの場面で見られるようになり,A児もそれに対して自分の願望や欲求を表現できる姿も見られるようになってきた。これらのことから仲間関係にも変化が起きてきたと考えられた。
  W期では仲間関係が大きく変化していった。他児らはA児への理解が進み,A児が上手くできない時や失敗を嫌がり活動に参加できない時など「がんばれ」「失敗しても大丈夫」と励ましの言葉をかけたり,「一緒にやろう」「このタイミングで大縄に入るんだよ」とアドバイスをするなど受容的な態度を取ったりするようになった。このように周囲が受容的に接してくれるようになったことで,A児はV期ではボランティアにしか表出しなかった願望・欲求を「本当は○○したかった」「怖いからできない」と他児に対しても表出するようになった。またこれまでは怒りの感情がこみあげてくると攻撃的な自己表現をしたり身体的に表現をしたりしていたが,この時期になると「うー」とうなるだけでとどめる,小さい声で「○○したかったのに」と独り言を言う,など怒りの感情の表出をコントロールしている場面が見られるようになった。A児は自己の願望や意思を優先させて自己中心的に振る舞ってしまうこともあるが,ごっこ遊びを複数の友達と楽しんだり自分の好きな本を友達と一緒に読んだりするようになった。ルールのある安定した関係性の中や共有できる好きなものを囲んで一緒に楽しむというような気持ちが落ち着ける場面では,安心して友達と遊びを楽しめるようになった。加えてB児とのやりとりもV期から引き続き増加傾向にあり,安定した関係性を保つことができていた。このように,周囲がA児に対して受容的に接するようになったこと,A児自身が怒りの感情をコントロールしたり,他児に対しても願望・欲求を表出できるようになったことで,身近な他者であるB児やボランティアなどとの関係性を基盤に周囲との仲間関係が深まっていったのではないかと考えられる。

  そして,これらの期分けに基づき,A児の「自己理解」,「自己表現」,「自己肯定感」,「仲間関係」がどのように変化していったのかについて,SCATの構成概念を整理し,表にまとめた(Table22)。

  「自己理解」について,A児は自分の強みや弱みなど自己の特徴や能力への理解不足,またイライラ,怒り,不快感,など態度ではうかがえるものの,自分自身の感情を理解できていない感情への鈍感さ,T期〜W期にかけて継続してみられることが窺われた。
  「自己表現」について,T期では,ボランティアに対して自己表現をすることはなく,他児に対して押したり叩いたりなど攻撃的,一方的,過度な表現をし,身体的に表現する姿が見られた。それがU期に入ると,ボランティアに対して願望や欲求の表出をするようになった。V期に入ると,ボランティアに対する願望・欲求表出が増える一方で,他児へ自己を誇示するような表現は減少し,パターンやルールが明確でないなど枠組みのない場では,混乱しパニックを起こす姿が見られた。W期に入ると,他児へも願望・欲求表出が見られるようになり,怒り感情をコントロールすることができるなど,不適切な自己表現が減少した。
  「自己肯定感」については,T期では自己に対する過度な期待や過大評価をしていた。自分がやりたいことや行動が受け入れられないと,一時的な有能感喪失につながることはあったが,U期でも自己への過信は変わらずあった。V期に入ると自信が減少し,「失敗したくないからやりたくない」と失敗を回避する行動を取り始めた。
  「仲間関係」は,T期では,A児の一方的なかかわりあいとなっており,他児から否定的評価を受ける場面が見られた。U期では,それが他児の困惑や不愉快感情につながっていった。また,A児自身は,自分の好きなことを一方的に語るなど自己世界の楽しさを感じ始めていた。V期に入ると,他児から遊びに誘われても参加しようとせず,自分一人の遊びを楽しみ,自己世界に没入し始めた。そのため他者との関わりが減少していくが,一方でA児と対等な関係性にあるB児との交流は増え始めた。他児らは,A児に対して非難はするものの,「しかたない」と諦めに近い感情を抱いて,それ以上の関わりが生まれない時期であった。W期に入ると,他児らのA児理解が進み,励ましや受容的態度をとるようになった。それにより,他児との交流も増加していった。また,B児との交流も増加していった。



  



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