2.意思決定(選択)について


2−1.意思決定とは  

意思決定とは,ある複数の選択肢から,1つあるいはいくつかの選択肢を採択することである(竹村,1996)。
 また,意思決定には様々なものがある。意思決定を,意思決定者をとりまく環境についてその意思決定者がどれだけ知っているかという意思決定環境の知識の性質から分類すると,以下の3つに大別できる(竹村,2005)。
 1つ目は,確実性下の意思決定である。例えば,5000円分の商品券と6000円分の商品券をもらうのとどちらが良いかを決めるような状況は,選択肢を選んだ結果が確実に決まって来るような状況での意思決定であるため,確実性下での意思決定になる。
 2つ目は,リスク下の意思決定である。これは,選択肢を選んだことによる結果の確率が分かっている状況である。例えば,天気予報を見て傘を持って行くか行かないかの意思決定について考えると,もし予報が雨であれば,傘を持っていくことの価値は高いが,予報が晴れであれば傘は邪魔なだけである。このように,選択したことによる結果は天候などの状態に依存する。
 3つ目は,不確実性下の意思決定である。ここでいう不確実性とは,選択肢を選んだことによる結果の確率が分かっていない状況をいう。さらに,この意思決定は2つに下位分類することができる。それは,曖昧性の下での意思決定と,無知下での意思決定である。前者は,どのような状況や結果になるか分かっているが,その状態や結果の出現確率は分かっていない状況をいう。後者は,選んだ選択肢によってどのような状況や結果になるか可能性すらも分からない状況である。
 本研究では,質問紙上の写真から最も好むものを一つ選ぶというだけの場面であるため,選択したからといってその結果何かが起きるわけではない。しかし「選ぶことで自分がそれを好きだということが分かる」ことを結果であると考えると,今回扱う場面は確実性下での意思決定にあたると考える。  

2−2.意思決定と選択肢の数 

 近年,インターネットやスマートフォンの普及により,人々は自分の知りたいことに関する情報を簡単に大量に手に入れることが出来るようになり,欲しい情報があればすぐに検索して調べたり集めたりすることも多いのではないか。これに伴って人々が選択行動をとる際に,選択肢が多様になり便利になったと考えられる。しかし,その便利さの一方で,逆に情報量が増加しすぎて決定を困難にするという可能性も報告されている(Iyenger & Lepper, 2000)。
今までは一般的には,様々な場面で選択肢が多いことは好ましいことだと考えられてきただろう。バリーシュワルツ(2004)は一般に選択肢が多い方が良いと考えられてきたことについて,選択できる事と生活充足感とをつなげて説明している。彼によると,私たちの生活充足感は,最も根本的なところで,環境を管理する能力を持つかどうか,そう自覚できるかどうかにかかっていると言っても過言ではない。つまり,ある状況で何かを選択できるなら,それは状況を管理できることになるため生活充足感は上昇し,反対に選択肢が全くない状況では無力感に陥ってしまう。私たちは,選択を「手段」として使い欲しいものを手に入れ,「表現」として自分はどんな人間か世間に表している。このように,私たちは選択を通して前向きかつ効果的に世の中と関わっていくことができるし,この働きは心理的に大きな利点を伴うのだと述べられている。こういった考えのもとに,今まで世間では「選択肢を増やす」ことが重要視され,選択肢は多い方が良いのだと思われてきたのではないだろうか。確かに,Iyenger & Lepper(2000)などでも,選択肢の多さは従来の一般信念の通り,選択行動に対する魅力度を高めることに効果的な面があることが報告されている。しかし,それと共に多すぎる選択肢は選択行動に対する動機づけや選択結果の満足度を低下させる可能性もあることが示唆されており,この現象は,「選択のオーバーロード(情報過負荷)」と呼ばれている。

 ここまで述べたように,何かを意思決定する際の判断材料となる情報や選択肢が容易にたくさん手に入ることは良い事ことであると一般に信じられている一方で,選択行動へのマイナス面の影響があることも報告されている。
ただし,選択肢の数については,多い方が少ない時に比べて「選択中の魅力度(楽しさ,嬉しさなど)が高い」という実験結果は報告されている(八木,2014)。そこで,本研究においても,「選択肢の数」を取り上げることにする。そして,選択肢が多い条件の方が選択肢が少ない条件よりも「選択中の選択肢の魅力度は高い」と予測する。(仮説1)

2−3.意思決定と情報

選択する際には選択肢の数ももちろん重要な要素であるが,同様に重要となるのが,その選択肢に関する情報であるだろう。また,一口に情報といっても,「情報の提示の仕方」,「情報の量」など様々である。
情報の提示の仕方に着目すれば,フレーミング効果などがあげられる。これは,同じ商品・サービスであっても,異なる表現で消費者に提示すると消費者選好が変化してしまうものである。例えば,あなたが何か手術を受けると仮定したときに,「これは100回のうち10回失敗する確率のある手術です」と言われたときと,「成功確率は90%の手術です」と言われたときとではその手術に対するイメージや感じ方が大きく違うだろう。このように,同じことを言い表していてもどう言葉にするかでその答えが変わってしまう現象のことを「フレーミング効果」という。一方,情報の量に着目するとJacoby et al(1974)は選択肢数とその情報数を操作した実験報告の中で,「情報量の増加に伴って消費者の知覚する満足度が高まる」と報告している。このように情報の提示の仕方による消費者の選好や満足度に関する先行研究は多く見られる。しかし,単に選択肢に関する情報の有無を扱った先行研究はあまり見られない。 そこで,本研究では,選択肢に関する情報数を操作するのではなく「選択肢に関する情報の有無」についても扱うこととする。また,Sicilia & Ruiz(2010)の選択肢数と属性情報数とを操作した実験において,選択肢・情報数の増加により情報過負荷に陥った実験参加者が,「情報処理速度は鈍化するが態度は好意性を保った」と報告している。本研究では各選択肢についていくつかの情報を添えた条件と,情報はまったく添えない条件で調査を行った。つまり,選択肢数が増えればそれと同時に情報数も増えることになる。
 したがって,選択肢や情報数が増えると情報過負荷に陥る可能性は有りながらも,それに対しての態度は好意的を保つことが予想される。よって,情報無しのときよりも,情報有りのときの方が,選択中の魅力度(楽しさ・嬉しさなど)が高くなるのではないかと予測する(仮説2)。

2−4.意思決定と選択時間

複数の選択肢の中から何かを選択をするときには,時間が十分にあるときもあれば,無いときもあるだろう。時間を制限された中での選択に関する先行研究の中で,時間を制限することは心理学やマーケティングの分野で「時間圧力」または「時間の制約」と呼ばれている。Ordonez & Benson(1997)は時間圧力を「時間の制約によって人間の心理的ストレスが高まり,そこから時間の制限に対処する必要が心理的に生じること」であると定義している。同じく,「時間の制約」を「まるで少ない時間でタスクを完結できるかのように,時間の制限が設定されていること」と定義している。さらに,鈴木(2004)で,「時間が人間行動を制限するのは,人が処理できる情報量を時間が制限するからである」と主張されていることから考えると,時間制限によって心理的ストレスが生じると共に,人がもともと処理できるはずの処理可能量までもが制限されてしまうということだと考えられる。
 本研究ではすでに,「選択肢に関する情報」を扱うこととしている。そのため,加えて「時間圧力」を扱えば,実験参加者が情報過負荷を生起させる可能性がとても高くなるだろう。そのため,実験において実験参加者に「時間圧力」をかけることはしないこととする。その代り,各選択肢数の条件,情報有無の条件ごとに毎回,実験参加者が選択に要した時間を測定する。そして,選択肢数と情報の有無の違いで,「選択所要時間」に違いがみられるかを検討する。
 これに関して,Sicilia & Ruiz(2010)の選択肢数と属性情報数とを操作した実験において,選択肢・情報数の増加により情報過負荷に陥った実験参加者が,「情報処理速度は鈍化するが態度は好意性を保った」と報告されていることから,選択肢が多い条件の方が選択肢の少ない条件よりも選択に要する時間が長くなると予測する(仮説3)。また,選択肢に関する情報有りのときの方が,情報無しのときよりも選択に要する時間が長くなると予測する(仮説4)。



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