4. 自己意識


 自己意識(self-consciousness)とは,Fenigstein, Scheir & Buss(1975)によると,自動的・受動的に生じる自己への焦点づけを行う特性を指す。自己意識は,自分の服装や髪型,他者に対する言動など,他者が観察できる自己の側面に注意を向ける傾向を公的自己意識(public self-consciousness), 自己の内面や感情,気分など,他者からは直接観察されない自己の側面に注意を向ける傾向を私的自己意識(private self-consciousness)の2つに大きく分けられる。辻(1993)は,注意は同時に複数の焦点を持ち得ないという単一焦点仮説において,自己に焦点を当てた注意は自然と公的か私的のいずれかの側面に向けることになるため,自己意識の状態も公的自己意識と私的自己意識のいずれかに分かれることを示唆している。本研究でも公的自己意識と私的自己意識を区別し,各々の特性からロールレタリングに及ぼす効果について検討していく。

 菅原(1984)は,自己意識の対人行動に及ぼす影響の肯定的側面・否定的側面について明らかとするために,自己意識と対人不安意識,及び自己顕示性との関連を検討した。その結果,公的自己意識は対人不安意識と自己顕示性の両者との間に正の相関を持つことを示している。これより,公的自己意識の高い者は他者の視線に対して緊張感や不安などの否定的な反応をする傾向にあると同時に,他者から注目されることに喜びを感じ,積極的に自己呈示する傾向も持つことが考えられる。菅原(1986)は対人場面における行動コントロールと自己意識との関連について明らかにするために,2つの矛盾する対人態度を方向づけるものとして,賞賛されたい欲求と拒否されたくない欲求を想定し,自己意識との関連を検討した。その結果,公的自己意識が高い者は賞賛されたい欲求と拒否されたくない欲求が強い傾向にあることを示している。ロールレタリング実践では,他者からの視線を浴びることなく,肯定的受容を享受することが出来るため,双方の欲求を満たし,肯定的感情の促進と否定的感情が低減されることが推測される。

 高野・丹野(2009)は,私的自己意識を,自己への脅威や喪失,不正により動機づけられた自己注意の特性である反芻と知的好奇心で動機づけられた自己注意の特性である省察の2側面に分け,私的自己意識の2側面と抑うつとの関連を検討した。反芻の側面が強い者は,ストレスフルな体験を経験した後,抑うつを維持・増強しやすいこと,省察の側面が強い者は,否定的感情を制御しやすいことを示唆しており,自己の非論理的・不合理的な認知の枠組みがないときに省察が適応的となることを示唆している。ロールレタリングには,自己の非論理的・不合理的な思考に気づく作用がある為,作業を通して抑うつ的反芻から適応的省察に移行し,肯定的感情の促進と否定的感情の低減の効果が高まることが推測される。



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