5.自己内省


 自己内省とは,自己を振り返り,自己を見つめることである(佐藤・落合, 1995)。また,自己内省は,知的好奇心や自己探究心によって自己の経験を多面的に捉え直そうとする傾向とされているもの(中島・服部・丹野, 2015)であり,知的好奇心によって動機づけられた,自己へ注意を向けやすい特性(高野・坂本・丹野, 2012)である。このことから,自己内省は,自分についてより深く知るために,自己のあらゆる側面や経験を見つめ直し,多面的に捉えようとする態度であると考える。

 水間(2003)は,自己嫌悪感という否定的感情が,いかに自己形成につながるのかを明らかにするために,否定的な自己の変容を積極的に志向する態度を変容志向とし,それと自己内省を含む他の変数との関連について検討した。その結果,内省頻度が多くなるに従い,変容志向も高くなることを示している。普段から内省を行う者は,否定的な自分を変えたいという欲求が強く,ロールレタリングでは否定的な自己の改善する手立てを真剣に考えた上で返信を記入することが予想されるため,ロールレタリングを通して精神的健康を促進することが期待される。また,水間(2003)は,自己を内省する水準が高いほど,自分の嫌な点や自分が置かれている状況を改善したいと変容を志向する傾向にあることも示唆している。内省をする際に,より深く自分を見つめることができる者は,ロールレタリングにおいても自己を深く見つめ直すことができ,ロールレタリングの中で否定的側面が明確になっても,それを意欲的に改善に努めようとするため,精神的健康が促進されることが期待できる。

 佐藤・落合(1995)は自己の否定的側面について内省を深めるか,拒絶するのかという違いを問題として取り上げ,自己内省が「内省頻度」「内省水準」「否定的側面直視への抵抗」の3側面で捉えられることを踏まえ,大学生を対象に内省機会の多さと否定的側面に対する関わり方を中心に自己内省と自己嫌悪感との関連を検討した。その結果,自己の否定的側面を直視することに抵抗がある者ほど,より自己嫌悪感を感じていることが示された。坂(2009)は,否定的感情を低減させるために,自己の否定的側面から目を逸らすことは即時的な対処方略としては有効な場合もあるが,人格発達の観点から見ると,青年期の人格発達において有用とは言えないことを指摘し,内省への取り組み方と劣等感との関連について検討した結果,自己の否定性直視に抵抗を強く示す者は劣等感が強いことを明らかにしている。安部(2016)はただ自己を見つめるだけでは自己の否定的側面の認知にとらわれやすく,直視に抵抗を感じてしまうため,自己の見つめ方を工夫し,否定的側面を認知しても距離をおいて客観的に見つめられることが必要だと述べている。森(2002)は,構成的グループエンカウンターとロールレタリングを比較した結果,自由記述の感想内容を元に評価しているため,量的な分析が必要という課題はあるが,自己開示抵抗感の高い女子専門学校生に対してはロールレタリングの方が効果的であるという知見を得ている。ロールレタリングは一人二役で文通を行う技法であるため,筆記した内容を客観視しやすい。その為,自己の否定的側面を直視することに抵抗がある者でもロールレタリング実践ならば否定的感情が低減することが期待される。



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