3.ロールレタリング
3−5.ロールレタリングの記述
筆記療法において,King(2001)は,被験者を人生で最もトラウマな出来事を筆記する群と人生の目標を筆記する群,どちらも筆記する群,統制群の4群に分け,筆記前後の気分について検討した。その結果,人生の目標について筆記した群はトラウマを筆記した群よりもネガティブな気分が低下し,筆記5ヶ月後においては,トラウマ筆記群と人生の目標筆記群,両者筆記群において,気分の悪さが減少したことを報告している。人生の目標のように今後の自分はどのような行動に移るべきかについて再認識させてくれる内容を筆記することで精神的健康の促進等の効用につながることが考えられる。よって,自身が抱えている問題に向き合う作業であるロールレタリングの返信において,問題に対する具体的な方略を記入する者は,今の自分がやるべきことを再認識し,これまで抱えていた問題の解決を志向する傾向にあると考えられるため,ロールレタリング実施後に精神的健康が促進されることが予想される。
これまでのロールレタリング研究において,往診・返信での記述内容は事例研究の中で多く取り上げられ細井・犬塚(2002)は,ロールレタリングを導入した集団指導のプログラム開発・実践を行い,ロールレタリングの効果について検証した。その後,より詳細に心の変容を調査するために,2名の生徒を抽出し,往信・返信の記述内容を用いて事例研究を行った。その結果,ロールレタリングを通して,自身の問題への気づき,他者の受容といった能力を養成する効果を明らかにしていた。事例研究の中で往信・返信での記述内容を取り上げることで,往信時と返信時による認知の変容を分析する上で用いられている。
しかし,往信・返信の記述内容とロールレタリングの効果との関連についてはこれまで検討されていない。往信・返信の記述内容とロールレタリングの効果との関連について検討することで,ロールレタリングがより効果的に使用されるための教示や手紙のテーマ設定等を明確にすることができるだろう。
春口(1995)は,文章量や文章の上手下手よりも,自身の気持ちを率直に書くことを重視し,文法的解釈よりも文面に表出される気持ちの意図を理解することに努めるべきであることを述べており,記述量がロールレタリングの効果に反映されないことを示唆している。しかし,この主張はロールレタリング実践の経験に基づいたものであり,実証的研究の結果に基づいたものではない。また,ロールレタリングにおける往信・返信の記述量とロールレタリングの効果との関連についてはこれまで検討されていない。筆記療法の研究において,Lepore & Smyth(2002)は,感情経験を自ら言語化することが困難な特性であるアレキシサイミアの傾向が高い者は,筆記療法による効果は見られないことを示唆している。つまり,筆記療法の1つであるロールレタリングにおいても,感情体験を十分に記述することで,ロールレタリングの効果をより獲得しやすい可能性が考えられる。
本研究では,ロールレタリングの往信・返信の記述の質によって,肯定的感情・否定的感情に及ぼす効果がどのように影響をするのかについて検討する。
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