3.ロールレタリング


3−3. ロールレタリングの実践

 金子・高木・松岡(2012)によると,ロールレタリングは開発当初,矯正施設の指導技法として試行され,セラピストが手紙のテーマや受取手を指定して1対1で行い,往信と返信を繰り返し行う形で実施されてきたが,近年において,学校教育場面における集団による実践報告の増加が示唆されている。

 宇津野(2007)は,社会の急激な変化の中,中学校は生徒の心の問題や様々な課題に明確な指導,対応をとることが迫られているという問題を提示し,中学校の心の教育の主要な手立てとしてロールレタリングを位置づけ,ロールレタリングを導入した道徳の授業実践を行った。その結果,生徒の自己表現力の向上,自己をコントロールする心の形成といった成果を報告している。細井・犬塚(2002)は,中学生の本音を引き出し,自らの力で問題を解決できるようにすることを目標にロールレタリングの集団指導のプログラム開発と実験授業を行った。成果として,人間関係を構築する能力の養成,自分の問題に自ら気づく力,他者を受け入れる能力の養成が報告されている。

 ロールレタリングは実践報告のみならず,実証的研究も実施されてきており,ロールレタリングの効果に関する知見も蓄積されつつある。福島・高橋(2003)は,ロールレタリングの効果が優しい理解者を想定受取人とした効果であるか,筆記作業を通して自己を振り返った効果であるのかを明確にすることを目的として,ロールレタリングが参加者の感情に与える影響を量的に取り上げて検討した。その結果,優しい理解者を想定受取人としたロールレタリングによって,行動への動機となる動的感情と,肯定的感情が促進され,否定的感情が低減したことを報告している。川村・山中(2007)は,相手を想定し往信と返信の両方を書く群と,相手を想定し往信のみ書く群,相手を想定せず自分について書く群の3群を設定し,各群の効果を比較することでロールレタリングがどのような心理的変容をもたらすのかを検討した。その結果,往信と返信を書いた群は自己受容が高まり,緊張・不安といった否定的な感情が低減したことを報告している。

 ところで,ロールレタリングがどのような対象者に有効なのだろうか。これまでの報告では,学習能力や作文能力の差によって効果が変わってくること(宇津野, 2007)や,対人緊張の強い者には他者への自己開示よりも個人的な筆記の方がより積極的に活用される可能性がある(福島・阿部, 1995)という指摘がされているが,これらの指摘は経験や推論などに基づくものであり,事例研究や調査研究の結果に基づいたものではない。佐瀬(2015)は,ロールレタリングが大学生にもたらす心理的効果の個人差について検討し,往信時に自己を表現するだけでなく自己の感情や悩みを整理できるかが効果の違いを生むことを指摘している。しかし,この研究では内省報告の分析・考察を中心に行っており,心理測定尺度を用いて個人特性と心理的効果の関連は検討されていない。

 本研究ではロールレタリングが有効である対象者について検討するために,心理測定尺度を用いて個人特性と心理的効果を測定し,尺度による得点から両者の関連に着目する。



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