3.ロールレタリング
3−2. ロールレタリングの効果
春口(1995)は,ロールレタリングの作用として,「文章による感情の明確化」「自己カウンセリング」「カタルシス効果」「対決と受容」「自己と他者の双方からの視点の獲得」「これまでの誤った自己のイメージの改善」「自己の非合理的・不合理的思考の気づき」という7つの作用を挙げている。
文章による感情の明確化,カタルシス効果とは,筆記療法全般において共通する作用である。ロールレタリングを含む筆記療法では,自分の思考を上手く記述できたと感じるとき,自分の不明確な感情や考え方にはじめて気付くことができる。また,相手の眼に触れることなく,反論もないことで,自身の感情や考えを思う存分さらけ出せる。Pennebaker(1986)によると,書くことは拡散したエネルギーをコントロールし,最終的には自我状態の境界を強化することに役立つと述べている。つまり,筆記を通して,思考・感情の明確化・焦点化を促すことができることを示唆している。Lepore & Smyth(2002)は,筆記は社会的な規制や移動の障害,個人的な抑制といったストレスフルな体験を他者に語る上での障害を多く取り除き,他者からの反論を受けずにあらゆる場所でそれまで抑えていた感情を表現しやすいことを述べている。ロールレタリングを含む筆記療法の実施時,書いた文章は他者が見ることはなく,自分の思うことを素直に書けば良いと教示するため,それまで抑えていた感情を思い切り紙面に訴えやすい。
自己カウンセリング,対決と受容,自己と他者の双方からの視点の獲得,これまでの誤った自己のイメージの改善,自己の非論理的・不合理的思考の気づきは,ロールレタリング特有の作用であり,役割をもって往信・返信を書く作業により起こり得る作用である。通常の筆記療法では,自身のストレスフルな体験について筆記するという自己の視点のみでストレスフルな体験や体験時に想起した否定的感情と向き合う作業が行われる。これに対し,ロールレタリングでは返信という作業が加わることで,自己の視点に加え想起した他者の視点から体験や否定的感情を見つめ直すこととなる。福島・高橋(2003)は,開示されずに反芻されていたストレスフルな体験に関連した思考や感情をロールレタリングの手続きを通して開示し,返信による相手の応答を受けて自己と対面し,ストレスフルな出来事に対する否定的感情が低減することを示唆している。つまり,ロールレタリングの返信という作業によって,自然と見方が客観的となり,自己洞察をしやすくなる。
これまでの先行研究において,ロールレタリングはデメリットの報告が非常に少なく,実践後にポジティブな影響を与える場合がほとんどであった。金子(2006)は,重要な他者に焦点を当てたロールレタリングは,自己洞察の促進,感情移入的理解・共感性の向上,自己・他者の複数の視点の獲得,受容,積極性・意欲性の向上といった効果が生起することを示している。Leary, Take, Adams, Allen & Hancock(2007)は,自己を思いやる人が否定的な人生経験を扱うとき,どのような認知・感情のプロセスが働いているのかを調査する研究の1つとして,実験参加者を自己への思いやりを記述する群と,ストレスフルな出来事に対して自身を正当化する内容を記述する群,ストレスフルな出来事のみを記入する群の3群に分け,否定的な体験をテーマとした筆記作業を行った。その結果,自己への思いやりを記述した群は他の群よりも筆記後にネガティブな影響が少なかったことを報告している。ロールレタリングでは,返信の作業は自己への思いやりを書く作業に近いため,通常の筆記療法で生じるリスクを最小限に抑えた上で,精神的健康・身体的健康を促進する機能があると考えられる。
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