【問題と目的】
3.「価値の明確化」
3−1.「価値の明確化」とは
授業における多様な価値観の育成に関して,L.E.Raths,M.Harmin,S.B.Simon(1978)が提唱した「価値の明確化」(Values Clarification)という理論がある。西村(2012)によると,「価値の明確化」はプロセス主義を原理の一つとして構築された理論である。つまり,行為の結果ではなく,考え議論する過程そのものに目を向け,その過程を重視するプロセスモデルから構成されているという。西村(2012)はこの点について,「コンテントモデル」(内容モデル)と比較し,コンテントモデルは「道徳授業のねらいの欄に道徳的価値内容を記し,その内面化を図ることを目的とする」ものであるが,「価値の明確化」(プロセスモデル)は「子どもの成長の論理をベースに据えた人間中心の道徳教育の理論」であると述べている。
「価値の明確化」は,アメリカの主な道徳教育理論である人格教育や,モラルジレンマに並ぶ理論であるが,西村(2012)によると,その源泉は東洋的な思想にある。「価値の明確化」はアメリカ西海岸を中心に「人間性回復運動」の影響で発足し,人間性心理学の中でも,特にロジャーズの思想に強く影響を受けている。西村(2012)は,このロジャーズの思想について,中国の老荘思想と共通するものがあると述べる。老荘思想は人間を絶えず変化する「プロセスの中にある」存在としてみなしており,ロジャーズの心理学も類似した立場をとっている。よって,ロジャーズ影響を受けた「価値の明確化」は東洋的な思想が見受けられるため,日本人にとって受け入れやすい理論であると主張している。
また,「価値の明確化」の特徴としては,価値選択の結果よりも,複数の価値の中から,その価値を選んだ過程を重視することが挙げられる(中野,2013;西村,2012)。
西村(2012)は,「価値の明確化」を発展させたKirshenbumを取り上げ,「親や教師や社会から押しつけられた『外的な価値基準』に従うのではなく,子どもが自分自身のうちからわき出た思考や感情に従って価値判断できるようになること」を授業の目標としたと述べている。
これらのことから,「価値の明確化」は,文部科学省(2016)が提唱する「特定の価値観を押し付けたり,主体性をもたず言われるままに行動するよう指導したり」することから脱却し「多様な価値観の,時に対立がある場合を含めて,誠実にそれらの価値に向き合い,道徳としての問題を考え続ける」道徳教育の新たな方向性に合致するものであり,今後の道徳教育の実践を検討するために注目すべき視点であると考えられる。
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