第三章 事例2 伊勢神宮で働いている人の事例


インタビュー対象者(Bさん)
 年齢:22歳 性別:男性
 居住地:三重県伊勢市
 出身地:三重県伊勢市
 職業:楽生
 参拝回数:16〜20回(プライベート)
 参拝頻度:一年に一回

主な質問項目
 @伊勢神宮で働くことになったきっかけについて、いつからそう思ったり志したりしたのか、またどうして伊勢神宮なのか。
 A伊勢神宮で働いていることは自分自身の心に何か影響をもたらしているか。
 B伊勢神宮に来る参拝者はどう思って参拝していると思うか。
 C伊勢神宮のことをどのように感じているか、また伊勢神宮は自分自身にとってどのような存在か。
 D伊勢神宮以外で、定期的に行く神社はあるか、あるとすればその神社は伊勢神宮と比べてどのような違いがあるか。
 E天照大神及びそれぞれの神様との関係をどのように思っているか。

 本来は直接対面での面談を予定していたが、2018年12月先方の都合により、電話とメールでのインタビューを行った。以下には、全ての逐語録ではなく、本研究の趣旨に関連する発話を選んで、被面接者から語られた言葉(語り)を編集して記述する。それを踏まえながら考察を進めることとする。したがって、必ずしも当人の発話そのままの記録ではない箇所もある。その場合は発話上のニュアンス等が変わらないように留意して記述する。


 質問項目@の「伊勢神宮で働くことになったきっかけについて、いつからそう思ったり志したりしたのか、またどうして伊勢神宮なのか」では、経歴を教えてもらうような形となった。
 Bさんが現在の楽生(がくせい:律令制時代に雅楽寮で唐楽や高麗楽、百済楽を学んだ学生のこと)を志したきっかけとなったのは、小学生の時に地元の神社で雅楽をした経験からであり、少しでも経験を生かしたいと思い、高校卒業時にこの就職先を選んだ。
 Bさんの住んでいる地区では、小学校四年生になる年から三年間、一年に三回ある地域の神社の祭典に参加する。男子は、雅楽を、女子は、男子が演奏するのに合わせて踊る、というものである。Bさんは、そこで、竜笛と呼ばれる横笛を担当した。就職に当たっては、その経験を活かしたいとの思いが強かったとのことである。


 質問項目Aの「伊勢神宮で働いていることは自分自身の心に何か影響をもたらしているか」では以下のように語られた。

日本の神様の頂点である天照大神の一番近くで毎日奉仕させていただいていることに誇りを感じます。基本自由人で身勝手な自分だけど、神に仕えている身だと思うと身が引き締まる思いです。

 仕事をさせていただいているという、認識ではなく、奉仕させていただいているという認識であることが分かる。また、Bさんは、これまで神様の存在を信じていたわけではないそうだが、神に仕えている身だと思うと身が引き締まる思い、とあり、少しばかりは神様を意識していることが読み取れる。


 質問項目Bの「伊勢神宮に来る参拝者はどう思って参拝していると思いますか」に対して以下のように語られた。

ご奉仕させていただいて思うことは、本当に様々な思いを持って人々が参拝に来ていると思います。その中で、日頃の感謝を伝えに来る人がほとんどだと思うけれど、実際、中には病気平癒や厄払いなど神頼みで来ている人もいます。

 Bさん自身の思いというよりは、実情を語っていただいた形ではあるが、ここでもやはり、いろんな人が来るということが分かる。「感謝を伝えに来る人がほとんど」と言っているところを見ると、Bさん自身も、「感謝を伝えに行くことがほとんど」であると推測できる。


 質問項目Cの「伊勢神宮のことをどのように感じていますか」に対して以下のように語られた。

勤めてからは仕事場という存在だが、本来の感謝を伝える場所というのは忘れず勤めていきたい。

 Bさん自身の、抱負のような発話である。やはり、自身の仕事場という印象が強いようである。しかし、その中でも、「感謝を伝える場所ということを忘れない」との発言があることから、伊勢神宮に対して少しばかりコミットしている部分があるのではないだろうか。感謝を伝えるということは、過去の自分を振り返り、そして、過去の何かの出来事に対してしか感謝することは出来ないだろう。そう考えてみると、Bさんにとって自分を客観視する場ともなっているのかもしれない。


 質問項目Dの「伊勢神宮以外で、定期的に行く神社はありますか あるとすればその神社は伊勢神宮と比べてどのような違いがありますか」に対して以下のように語られた。

特には無いが、神社関係の仕事についたことで、旅行先で神社を見つけると参拝してしまう。比べるとやはり、伊勢神宮は、何か感じるものが桁違いというか、比べられないほどすごい。他の面でいうと奉仕している者の対応とかを比べてしまう。伊勢神宮は本当に全国各地から参拝に来られていて、その人たちの神宮への思いとか期待を裏切らないように自分自身仕えていきたいと思う。

 伊勢は何か感じるものが桁違い、比べられない、と言うほど人を魅了させるものがあるのだろう。もちろん、奉仕している訳で、そこで肌で伊勢神宮のすごさを感じているからこのように感じることもあるだろうが、「比べられない」言ったのはBさんが初めてで、伊勢神宮は別格の存在であることが、明らかである。「全国各地から来る参拝者の方の伊勢神宮への思い、期待を裏切らないように仕えていきたい」とも述べており、ここでは仕事に対する心構えが見える。日頃、仕えている中で肌で感じている伊勢神宮のすごさ、偉大さを維持していきたいと言っているようにも、それだけの偉大さに劣らないように自分自身も生きていこうというか日々を堂々と過ごしていこうと言っているようにも推測できる。


 質問項目Eの「天照大神及びそれぞれの神様との関係をどのように思っていますか」に対しては以下のように語られた。

神様なんて本当にいるわけない、と伊勢神宮に就くまで思っていたけど、伊勢神宮に神宮として就職してから、これは何か神様に助けられているな、と思うことは増えました。神様は目に見えない存在ですが確実に存在するものです。だから見守られている?見張られている?と思うし、時に精神的なことで、はめをはずしてしまいそうになる時も、神に仕えている、天照大神に見られているって思うと制御できる? そんな感じです。やりすぎてしまうであろうことを止めてくれるというか、なんかそんな感じです。

 神様の存在を信じてはいなかったBさんであるが、その後、伊勢神宮で働いたことで、神様の存在を意識することとなった。その理由としてBさんは、「神様は目に見えない存在ですが確実に存在するものです。」と述べているからである。また、Bさんとしては、神様の前では悪いことは出来ないといった認識なのであろうか。全問でも、「全国各地から来る参拝者の方の伊勢神宮への思い、期待を裏切らないように仕えていきたい」との発言にもあるように、神様の前では、誠実で、真剣で、素直に、というような認識であると考えられる。これらのことから、Bさんにとっての神様は、自分を制御してくれる存在であることが分かる。常には思っていなくても、Bさんの心のどこかにいて、Bさんの生活を守っているのかもしれない。


 以下、テキストマイニングの手法を用いて、分析を行った。分析は、樋口耕一氏のKH Coderを用いた。Bさんのインタビューでの回答について、「感動詞」を除外した抽出語について、共起ネットワークを作成した。
 事例1と同様に、本研究の趣旨と関連のありそうな部分のみコメントしておく。





 緑にぬられた部分に注目すると、「伊勢神宮」と「自分」との部分に比較的強い共起関係があることが分かる。ここから、「伊勢神宮」とBさんとの距離感が近いということが見て取れる。また、紫色に塗られた部分に注目すると、「神様」、「神」、「天照大神」という言葉から「仕える」という言葉に共起関係が見られる。神様に対しては「仕える」という認識をしており、そういう立場であることの認識が強いことが推測できる。



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