2.時間的展望
2−1. 青年期における時間的展望
人は,「過去の出来事があったから今の自分がある」「未来の目標のために現在努力をしている」などと時間の流れと関連づけた認知や見通しを持っている。このような,過去・現在・未来に関する意識や態度,時間的な見通しのことを時間的展望という。Lewin(1951 猪股訳 1979)は,時間的展望とは,「ある一定の時点における個人の心理学的過去および心理学的未来についての見解の総体である」と述べている。また,「時間的展望の発達は,遠い未来と過去の事象が,徐々に現在の行動に影響を及ぼすようになると同時に,願望と実在との間の区別がよくできるようになること」とも述べており,時間的展望は生まれたときから獲得されているものではなく,発達の過程の中で獲得されていくものであると言える。
時間的展望の確立においては,青年期が重要な時期であるとされ,これまでの時間的展望研究でも青年期に対する研究が数多く行われている。青年期が重要な時期である理由として,奥田(2013)は,青年期は特に時間的展望の拡がりが見られる時期であること,また,青年期は進路選択や就職などといった,人生の中でも特に,自分の過去や未来への見通しをもって行動しなければいけない場面が多く表れることを述べている。Erikson(1959 小此木訳 1973)も青年期の課題である「アイデンティティの確立」の構成要因として,「時間的展望の確立」をあげている。このように青年期には自分の将来について深く考え,未来に対して理想や幻想を抱くだけではなく,自分の過去の経験を踏まえながら現実的な視点を持ち合わせなければならない。そのため,時間的展望を確立することは青年期の重要な課題であると言えるだろう。よって,本研究では大学生を対象に調査を行っていくこととする。
2−2. これまでの時間的展望研究
これまでの時間的展望研究では,青年期には未来展望が重要である点が強調されてきた。その理由として,姜・下田(2002)は,青年期の後期にあたる大学生は学生から社会人への移行期であり,就職や進学についてなど自分の将来について考える機会が多いことを挙げている。このように自分の将来について考えることによって未来展望が広がり,またそうした未来展望がアイデンティティの確立等の青年期発達にとって重要であるとされてきた。一方で,これまでの時間的展望研究は未来に多く関心を向けており,研究対象が未来に偏っていること,過去に関する研究が少ないことが指摘されている (石川, 2014)。
また,石川(2014)は,これまでの時間的展望研究では,過去のとらえ方は「過去への態度」または「過去受容」といったような下位尺度でしか測られてこなかったことを指摘している。「過去への態度」は,過去を肯定的にとらえているか・否定的にとらえているか,「過去受容」は,過去を受け入れているか・受け入れていないかといった一側面だけを見たものとなっていた。これらは過去のとらえ方を多様な側面から測定できているとは言い難く,石川(2013)は,過去のとらえ方を複数の側面から把握できる尺度を作成した。その結果,青年が「過去を自分の成長や現在,未来につながるものとして」捉えていること,「過去に対してどのようにとらえようとしているかという態度」を持っていること,「自分の過去をポジティブかネガティブかという一次元で認識している側面」を持っていることを明らかにした。本研究では,過去のとらえ方を複数の側面から把握できる尺度である,石川(2013)が作成した過去のとらえ方尺度を用いて,大学生の過去のとらえ方を見ていくこととする。
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