3. 他者志向的動機


3-1.他者志向的動機の定義

 集団に属すると,必ずメンバーの入れ替わりや増減,世代交代などのグループにとって大きな変化の場面に遭遇する。そうした際に不安に感じる人もいれば,集団に対して希望を抱いたりやる気を出す人もいる。こうした中で,誰かのために頑張りたい,誰かに恩返しがしたいという気持ちを持ち,物事に取り組む人も多い。伊藤(2004a)の挙げる例として,マラソン選手の高橋尚子選手は,アテネ五輪への代表選考に落選した直後の会見で「やっぱり私が目標を持って全力でやることが監督への恩返しになると思います」と監督のためにという気持ちを含んだコメントを述べている。また,同じくマラソン選手の有森裕子選手は,「アトランタ五輪で周囲が納得する結果を出せば,注目される,もしかしたら状況は変わるかもしれない」と述べている。両者とも,監督という他者のために頑張ることや,周囲が納得するようにと他者の存在がなんらかの影響を与えているというように,行動の動機に他者を含むことが示唆されるコメントを述べている。こうした他者のためにや,他者の影響を含んだ動機を“他者志向的動機”という。伊藤(2008)によると,他者志向的動機とは,「自分を支えてくれる家族や仲間のために」や「応援してくれる周りの人の期待に応えるために」という動機であり,自分のために頑張るというよりも,他者の期待に応えることが目的となっているものであるといえる。これらのことを踏まえて本研究では,“他者志向的動機”を「他者のためを優先として物事に取り組む動機」と定義することとする。また,この他者志向的動機は,「自分自身のため」に頑張る自己志向的動機と対比されるものである。

3-2.他者志向的動機から自己志向的動機,自己志向的動機から他者志向的動機へ

 さて,近頃注目されるマスコミによる報道において,このようなものがあった。ジャニーズ事務所に所属していた関ジャニ∞の渋谷すばるは,「いつも応援してくれるファンがいるから頑張れる」のような言葉を述べていながら,「やはり自分のしたいことがあるから,今の仕事を辞めて自分の道を進む」とアイドルの仕事を辞め,現在は一人海外で音楽について勉強している。このように,これまで「ファンのために…」と他者に向けていた動機も,なにかをきっかけに自分自身のために変化している。こうした話からも分かるように他者に向けた動機が自己に向けた動機へと変化することもある。伊藤(2008)は,自己志向的動機から他者志向的動機への移行と,他者志向的動機から自己志向的動機への移行の双方が起こりうることを実証的に示している。この結果から,元々個人が持つ他者志向的動機・自己志向的動機のそれぞれの動機の度合いは異なっていても,一方の動機が低い人はもう一方の動機で補完しながら,物事に取り組んでいることが考えられる。

 このように,元々その人物が持つ動機の高低は動機の変化の仕方に影響しているということが予想される。伊藤(2008)が他者志向的動機と自己志向的動機の2つの動機を統合することによって,一方で動機づけが上がらないときにもう一方で補完することが可能となるかもしれないと述べているように,それぞれの動機を自身でコントロールしながら達成に向けて課題に取り組んでいると考えられる。こうした,動機の高低の変化には,他者の存在も深く関わっていることがわかっている。



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