5.障害受容過程における研究の課題


5-1.障害受容過程における要因

子どもの障害を人生に肯定的に意味づけることのできる母親がいる一方で,子どもの障害を通した経験から何か得るものを見出しながらも,やはり決して望むことのできない経験として意識している母親もいる(山根,2012)。障害のある子どもの母親が,子どもの障害受容をしていく上で,苦悩や困難を乗り越えるためには,何が必要となるのだろうか。

坂本・一門(2011)は,複数の自閉性障害児をもつ母親を対象に,障害告知を受けた時の心理を中心にその思いについて検討をすることを目的として調査を行った。自閉性障害児を複数にもつ母親10名にインタビューを行い,複数の障害のある子どもをもつ母親の苦悩の一部を捉えた。さらには,障害受容過程における研究の課題として,母親と同様に苦悩の日々を乗り越えてきたであろう父親の心理の把握や,母親たちを支えてきた要因の分析などを課題として挙げている。桑田・神尾(2004)は,母親のネガティブな心理的反応に焦点を当てるだけでなく,ポジティブな反応にも注目し,何が母親の心理的反応をポジティブに導くかを明らかにすることの重要性を指摘している。

よって,本研究においても障害受容過程の要因を明らかにし,障害のある子どもの母親のまわりを取り囲む人々も視野に入れながら,障害のある子どもの母親の心理的反応をポジティブにするものについて検討する必要があると考える。


5-2. 障害種の限定

障害受容過程の研究においては,子どもの障害の独自性を考慮し,障害の種類を限定した上で,母親の受容過程をみていく必要がある(桑田・神尾,2004)。よって本研究では,障害種を限定して検討を行うこととする。これまでの先行研究では,低出生体重児や発達障害児の母親など,様々な母親を調査対象とした研究をみてきたが,高齢出産に伴い増加傾向にあるダウン症候群の子どもの母親を対象とし,本研究を行う。


5-3.ダウン症候群

MSDマニュアルプロフェッショナル版(2016)では,ダウン症候群(以下ダウン症)は,21番染色体の異常であり,知的障害,小頭症,低身長,および特徴的顔貌を引き起こすと定められている。

関(2010)は,誕生間もない時期に確定診断が告げられるダウン症に焦点を当てて,障害をめぐる母親の感情・認識の変容プロセスを明らかにすることを目的として,4~6才のダウン症児の母親8名にインタビューを行った。誕生後間もなく診断が確定することから,早期療育の必要性と共に,診断を受けた後の母親の感情体験と心理的な支援の必要性に関する研究が進められてきたことを述べており,ダウン症の子どもを持つ母親の主観的経験は,合併症の有無によってそのプロセスに相違があることを明らかにした。

ダウン症は,特徴的な顔貌を有することによる周囲からの偏見も存在すると推察される。片田ら(2016)は,ダウン症児の母親は,わが子が周りからどのように見られているのかと周囲の目を気にする体験をしていると述べている。さらに,わが子がダウン症児であることによって生じる不安や苦悩,医療者による支援不足に伴う育児困難感や孤立感が追加され,不安や苦悩が増強することを示している。

 近年では,医療の進歩により“出生前診断”が普及している。NIPT コンソーシアムは,母体血を用いた新しい出生前遺伝学的検査(Non-Invasive Prenatal Genetic Testing: NIPT)を国内に導入するにあたり,コンセンサス形成の主体となっている。関沢・左合(2014)は,NIPT コンソーシアムの調査結果によれば,2013年に受診した7,740 人のうち最終的に先天異常が認められた142 名の97%が中絶を選択したことを報告している。この点から,ダウン症児の母親を調査対象とするにあたって,出生前診断についての視点も必要であると考える。



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